ヒトの腸内で樹状細胞が異物を感知する仕組みを解明
腸内細菌がつくるピルビン酸が免疫を活性化する
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院医学系研究科の猪頭英里特任研究員(常勤)、村上真理助教、竹田潔教授(免疫学フロンティアセンター兼任)らの研究グループは、ヒトの腸管で樹状細胞が腸管管腔内の異物を認識するメカニズムを解明しました(図1)。
樹状細胞は腸管へ侵入した異物を最前線で感知する重要な働きを担っています。研究グループは過去にマウスにおいて、腸内細菌代謝物であるピルビン酸とGタンパク質共役型受容体のGPR31が異物の感知に重要な役割を持つことを報告していました。しかし、ヒトにおいてどのように樹状細胞が管腔内の異物を感知しているのかはこれまでに明らかになっていませんでした。
今回、研究グループは1細胞トランスクリプトーム解析によりGPR31がヒト腸管の通常型1型樹状細胞に特異的に発現していることを同定しました。さらに、iPS細胞と腸管オルガノイドの技術を用いた共培養システムを構築することにより、ピルビン酸がGPR31を介して通常型1型樹状細胞を活性化し、これにより樹状突起を腸管の管腔内まで伸ばすことで異物の取り込みが促進することを解明しました。
本研究成果は、ヒト腸管樹状細胞が管腔内へ樹状突起を伸展させるメカニズムの解明という基礎研究のみならず、腸管の免疫を活性化することで腸管感染症の予防や粘膜ワクチンの有効性向上の臨床応用に貢献することが期待されます。
この成果は、Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(オンライン)に2024年 10月 22日(火)午前4時(日本時間)に掲載されました。
図1. 本研究の概念図
ヒトの腸内細菌が作り出したピルビン酸が受容体GPR31を介して腸管の通常型1型樹状細胞を活性化する。その結果、樹状突起が腸管内部に伸びて細菌など異物を感知するようになる。
研究の背景
腸管の上皮層よりもさらに組織の内側に存在する樹状細胞やマクロファージは、腸管管腔内の異物を認識するために上皮の間を通り腸管管腔内まで突き出る長い樹状突起(上皮間樹状突起)を形成することが知られています。研究グループはこれまでにマウスにおいてピルビン酸とGPR31を介したメカニズムが上皮間樹状突起の形成に重要な役割を持つことを報告していました(Morita et al., Nature, 2019)。しかし、これまではヒト細胞を用いた実験手法の確立が困難であったことから、ヒトにおける腸管内の異物を感知するメカニズムは十分に解明されていませんでした。
研究の内容
本研究では、1細胞トランスクリプトーム解析、iPS細胞、腸管オルガノイドなどの新しいヒト細胞解析技術を用いることで、ヒト腸管における上皮間樹状突起形成のメカニズムの解明を行いました。
研究グループは、ヒト小腸の粘膜固有層から樹状細胞やマクロファージからなる単核食細胞を単離し、1細胞トランスクリプトーム解析を行いました。これによりGPR31がヒト通常型1型樹状細胞に特異的に発現していることが明らかになりました。また、GPR31を発現している通常型1型樹状細胞は、GPR31を発現していない通常型1型樹状細胞と比べて、抗原処理や抗原提示に関連する遺伝子の発現が高いことが分かりました。さらに、ヒト腸管の通常型1型樹状細胞は、ピルビン酸で活性化されると樹状突起の伸展が誘導されることが明らかになりました(図2)。
図2. ヒト腸管通常型1型樹状細胞はピルビン酸により樹状突起が伸展する
A ヒト小腸単核食細胞の1細胞トランスクリプトーム解析。GPR31は通常型1型樹状細胞に特異的に発現する。
B ヒト腸管通常型1型樹状細胞のピルビン酸刺激時の樹状突起伸展細胞の割合。*P < 0.05
次に、ピルビン酸による樹状突起伸展におけるGPR31の役割を解明するために、ヒトiPS細胞とテトラサイクリン応答型制御システム(Tet-Onシステム)を用いることで、薬剤誘導性にGPR31を発現することができるヒト通常型1型樹状細胞を樹立することに成功しました。この細胞をピルビン酸で刺激すると、GPR31が発現している時にのみピルビン酸による樹状突起伸展が誘導されました。このことから、ピルビン酸がGPR31を活性化することでヒト通常型1型樹状細胞の樹状突起伸展を誘導することが明らかになりました。
腸管の上皮細胞は隣り合う細胞と密接に結合することで細菌やウイルスの侵入を防いでいます。上皮層よりもさらに組織の内側に存在する樹状細胞が管腔内の抗原を認識するためには、密接に結合した上皮層の間を通り管腔内まで樹状突起を伸展させる必要があります。研究グループはヒトにおけるこのメカニズムを解明するために、ヒト腸管オルガノイド由来の上皮細胞を単層化培養することで上皮層バリアを再現しました。さらに3D培養によりこの単層化上皮細胞とヒト通常型1型樹状細胞を共培養する手法を確立しました。この共培養システムを用いると、ピルビン酸存在時かつGPR31発現時において、ヒト通常型1型樹状細胞の上皮間への樹状突起伸展が増加していることが明らかになりました(図3)。さらに、上皮間への樹状突起伸展が増加することにより、通常型1型樹状細胞への管腔内抗原の取り込みが増加し、この通常型1型樹状細胞は最終的に細胞障害性T細胞をより強力に活性化しました。
これらの一連の研究成果を統合すると、腸内細菌由来のピルビン酸はGPR31を介してヒト通常型1型樹状細胞を活性化し、その結果、通常型1型樹状細胞は上皮間に樹状突起を伸展して管腔内抗原を効率よく認識していることが明らかになりました。
図3. ヒト腸管通常型1型樹状細胞はピルビン酸・GPR31を介して上皮間に樹状突起を伸展する
A ヒト腸管通常型1型樹状細胞とヒト腸管オルガノイド由来の単層化腸管上皮細胞の3D共培養モデル。ピルビン酸刺激時に通常型1型樹状細胞は上皮間に樹状突起を伸展する。
B GPR31発現通常型1型樹状細胞はピルビン酸存在時に上皮の外側にある大腸菌(抗原)を取り込む。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究では、ヒトにおいて腸管の樹状細胞が腸管内の異物を認識するメカニズムの一端を明らかにすることができました。本研究で得られた知見が、腸管感染症の予防や粘膜ワクチンの有効性向上の新たな治療戦略につながることが期待されます。
特記事項
【掲載誌】 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (オンライン) 2024年 10月 22日(火)午前4時(日本時間)に掲載
【タイトル】 “Pyruvate–GPR31 axis promotes transepithelial dendrite formation in human intestinal dendritic cells”
【著者名】 Eri Oguro-Igashira1 2 3, Mari Murakami1 2, Ryota Mori4, Ryuichi Kuwahara5, Takako Kihara6, Masaharu Kohara7, Makoto Fujiwara8, Daisuke Motooka2 9 10, Daisuke Okuzaki2 9 10 11 12, Mitsuru Arase1 2, Hironobu Toyota1, Siyun Peng1 2, Takayuki Ogino4, Yasuji Kitabatake8, Eiichi Morii7, Seiichi Hirota6, Hiroki Ikeuchi5, Eiji Umemoto13, Atsushi Kumanogoh3 10 11 12 14, Kiyoshi Takeda1 2 10 11* (*責任著者)
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2318767121
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 免疫制御学
2. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC)
3. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
5. 兵庫医科大学 消化器外科学講座 炎症性腸疾患外科
6. 兵庫医科大学 病理学病理診断部門
7. 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学
8. 大阪大学 大学院医学系研究科 小児科学
9. 大阪大学 微生物病研究所(RIMD) ゲノム解析室
10. 大阪大学 先導的学際研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門
11. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
12. 大阪大学 ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)
13. 静岡県立大学 薬学部 免疫微生物学
14. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構革新的先端研究開発支援事業(AMED―CREST)「腸内微生叢の宿主共生と宿主相互作用の解明」、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究S「糖鎖による腸管恒常性維持機構の解析」、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究C「炎症性腸疾患における免疫細胞の分化可塑性の機序と病態の解明」、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラムより支援を受けて実施されました。
用語説明
- 通常型1型樹状細胞
通常型樹状細胞のサブセットの1つで、MHCクラスI(主要組織適合遺伝子複合体クラスI)を介して外来抗原を提示し、細胞傷害性T細胞を活性化する。
- 樹状突起
神経細胞や樹状細胞などの細胞で見られる樹の枝のように伸びた突起。樹状細胞やマクロファージなどの免疫細胞は樹状突起によって異物を捕捉し、内部に取り込んで分解する。
- Gタンパク質共役型受容体
生体に存在する受容体の一群であり、数百種類のメンバーからなる。細胞外のペプチドや脂質、低分子物質など様々な分子に結合する受容体として機能する。
- 1細胞トランスクリプトーム解析
遺伝子発現を1細胞レベルで網羅的に解析する手法。
- オルガノイド
幹細胞を特定の条件下で培養することにより増殖・分化を進め、臓器の組織構造や機能の一部を再現した細胞構造体。
- テトラサイクリン応答型制御システム(Tet-Onシステム)
テトラサイクリン応答性プロモーターに組み込まれた遺伝子発現を制御するシステム。このシステムが導入された細胞にドキシサイクリンを投与することで、任意のタイミングで目的遺伝子を強制発現させることができる。