希少がんである肝内胆管がんの新たな発症機序を解明

希少がんである肝内胆管がんの新たな発症機序を解明

治療標的の同定により新規薬剤開発に期待

2022-1-13生命科学・医学系
医学系研究科助教小玉尚宏

研究成果のポイント

  • 動物個体内で網羅的にがん遺伝子を探索出来る技術により、原発性肝がんの一種である肝内胆管がんの新たながん抑制遺伝子としてTRAF3(トラフスリー)を同定
  • 肝細胞におけるTRAF3の機能低下によりNIK(ニック)の活性化が生じ、肝細胞が高い増殖性を持つ胆管細胞へと分化転換し、肝内胆管がんの発生に至ることを解明
  • 希少がんである肝内胆管がんに対するNIKを標的とした新規治療の臨床応用に期待

概要

大阪大学医学部附属病院の塩出悠登医員、大学院医学系研究科の小玉尚宏助教、竹原徹郎教授(消化器内科学)、米国MDアンダーソンがんセンターのニール・コープランド(Neal Copeland)教授らの研究グループは、動物個体内で網羅的にがん遺伝子を探索出来る技術を用いてスクリーニングを行い、原発性肝がんの一種である肝内胆管がんの発症にTRAF3が重要な役割を果たすことを発見しました。また、TRAF3のシグナル伝達経路の下流に存在するNIKが肝内胆管がんの新たな治療標的となることを証明しました(図1)。

肝内胆管がんは肝内に発生する原発性肝がんの一種ですが、その発症頻度は低く希少がんの一つと考えられています。非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を含む慢性肝疾患がそのリスク因子として知られていますが、発症機序には不明な点が多く、有効な治療方法も限られているため、予後の悪い疾患として知られています。

今回研究グループは、トランスポゾンという「動く遺伝子」がランダムに次々と遺伝子変異を生じさせる技術を用いることで、肝内胆管がんのがん抑制遺伝子としてTRAF3遺伝子を新たに同定しました。また、TRAF3遺伝子の機能が低下することにより、肝細胞が高い増殖性を有する胆管細胞へと分化転換し、肝内胆管がん発症に至るという新たな発症機序を解明しました。さらに、その制御分子としてTRAF3のシグナル伝達経路の下流に存在するNIK遺伝子を同定し、NIK遺伝子の抑制により肝内胆管がんの増殖・腫瘍形成が阻害されることを発見しました。また、TRAF3/NIK経路の分子異常が生じている肝内胆管がん患者はその生命予後が極めて不良であることを見出しました。本研究によりTRAF3/NIK経路が、原発性肝がんの中でも特に予後不良な希少がんである肝内胆管がん治療の新規標的となることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「HEPATOLOGY」に、1月7日(金)に公開されました。

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図1. TRAF3/NIKの制御異常による肝細胞の分化転換を介した肝内胆管がん発症機構

研究の背景

肝内胆管がんは肝内に発生する原発性肝がんの一種ですが、その発症頻度は低く希少がんの一つと考えられています。NASHを含む慢性肝疾患がそのリスク因子として知られていますが、発症機序には不明な点が多く、有効な治療方法も限られているため、予後の悪い疾患として知られています。これまで肝内胆管がんの治療標的を探索するために、臨床検体を用いたがんゲノムシークエンス解析が行われてきましたが、同定された遺伝子異常の多くは創薬化が困難な状況であり、有効な治療方法は未だ多くありません。したがって、肝内胆管がんの発症機序の解明や治療標的の探索は重要な課題とされています。

小玉助教らの研究グループはこれまで、動物個体内で網羅的にがん遺伝子を探索出来る技術を用いて様々ながん種においてがん遺伝子を同定してきました。この技術は、変異原となるべく遺伝子改変されたトランスポゾンという「動く遺伝子」がゲノム上を多数ランダムに飛び回るマウスを用いて行います。このマウスでは、トランスポゾンの挿入先の様々な遺伝子に変異が生じ、その結果がん化が促進されます。発症したがん細胞におけるゲノム上のトランスポゾン挿入部位を次世代シークエンサーで網羅的に解読することで、がん化に寄与した遺伝子変異をスクリーニングすることが可能となります。

研究の成果

本研究グループは、NASHから肝内胆管がんを自然発症する肝特異的PTEN(ピーテン)遺伝子欠損マウスに対して、トランスポゾンによる遺伝子変異誘発技術を適応しました。その結果、遺伝子変異の誘発により肝内胆管がんの発症が有意に促進し、中でもTRAF3遺伝子に最も高頻度に機能欠失型の変異が入っていることを見出しました。そこで肝細胞もしくは胆管細胞特異的にPTEN遺伝子とTRAF3遺伝子を欠損するマウスを作成した結果、肝細胞において欠損したマウスにおいてのみ肝全体に広がる肝内胆管の腫瘍性増殖が生じ、その後肝内胆管がんを発症することを同定しました(図2)。また、シングルセル遺伝子発現解析の結果、両遺伝子を欠損した肝細胞が増殖胆管細胞へと分化転換している可能性を見出し(図3A)、肝がん細胞株を用いた検討の結果、PTEN・TRAF3遺伝子の抑制により肝細胞から胆管細胞への分化転換が生じることを証明しました(図3B)。さらに、その責任分子としてTRAF3遺伝子のシグナル伝達経路の下流に存在するNIK遺伝子を同定し、NIKを阻害することで、肝内胆管がんの腫瘍増殖を強く抑制できることを証明しました(図4)。また、肝内胆管がん患者のがん部におけるTRAF3とNIK発現を検討し、TRAF3の発現低値例並びにNIK発現高値例は有意に予後不良となることを明らかにしました(図5)。

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図2. 肝細胞もしくは胆管細胞特異的にPTEN/TRAF3両遺伝子を欠損させた結果、肝細胞において欠損したマウスにおいてのみ、肝全体に広がる肝内胆管の腫瘍性増殖が生じ、肝内胆管がんを発症した

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図3. (A)肝細胞特異的PTEN/TRAF3欠損マウスの肝臓におけるシングルセル遺伝子発現解析の結果、両遺伝子を欠損した肝細胞が増殖胆管細胞へと分化転換が生じている(B)肝がん細胞株においてPTEN/TRAF3を抑制すると胆管細胞への分化転換が誘導される

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図4. NIK阻害剤投与により、肝内胆管がん細胞株の細胞増殖能は有意に低下し(A)、ゼノグラフトにおける腫瘍増殖も有意に抑制される(B)

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図5. 肝内胆管がん患者においてがん部でのTRAF3発現低値例並びにNIK発現高値例は有意に予後不良となる

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、原発性肝がんの中でも希少がんである肝内胆管がんの新たな発症機構が明らかとなったことで、その高リスク群であるNASH等の慢性肝疾患患者において、肝内胆管がんの早期診断や適切なサーベイランスの確立に繋がることが期待されます。また、本研究により同定されたNIKの働きを抑える治療薬の臨床応用が進むことで、特に予後不良である肝内胆管がん患者の生命予後改善に寄与することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年1月7日(金)に米国科学誌「HEPATOLOGY」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Traf3 inactivation promotes the development of intrahepatic cholangiocarcinoma via NIK-mediated hepatocyte transdifferentiation”
【著者名】 Yuto Shiode1,#, Takahiro Kodama1,#, Satoshi Shigeno1, Kazuhiro Murai1, Satoshi Tanaka2, Justin Y. Newberg3, Jumpei Kondo4, Shogo Kobayashi5, Ryoko Yamada1, Hayato Hikita1, Ryotaro Sakamori1, Hiroshi Suemizu6, Tomohide Tatsumi1, Hidetoshi Eguchi5, Nancy A. Jenkins3,7, Neal G. Copeland3,7, and Tetsuo Takehara1,* (#共同筆頭著者、*責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
2. 独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター 消化器内科
3. ヒューストンメソジスト研究所 がん研究プログラム
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 分子生化学
5. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
6. 公益財団法人 実験動物中央研究所
7. テキサス大学 MDアンダーソンがんセンター 遺伝学
【DOI】 https://doi.org/10.1002/hep.32317

なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業「NASH及び非B非C型肝癌の病態解明と治療標的探索」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。

用語説明

TRAF3(トラフスリー)

TNF receptor-associated factor 3遺伝子。アダプタータンパク質として様々なタンパクに結合し、細胞内シグナル伝達に関わる。

NIK(ニック)

NF-κB inducing kinase遺伝子。免疫や炎症を制御するNF-κB経路に関わるリン酸化酵素の一つ。

トランスポゾン

細胞内でゲノム上の位置を移動する塩基配列であり、動く遺伝子とも呼ばれる。

次世代シークエンサー

遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置。

PTEN(ピーテン)遺伝子

細胞の増殖や生存に重要な役割を果たす細胞内シグナル伝達経路であるホスファチジルイノシトール3−キナーゼ(PI3K)経路を負に制御する脱リン酸化酵素であり、がん抑制遺伝子として知られている。

ゼノグラフト

ヒト由来のがん細胞を免疫不全マウスに移植し、生体内でのがん細胞の動態を再現するモデルのこと。