
肝細胞がんの新規バイオマーカー「FOLR1」を発見
身体への負担が少ない診断・予後予測への活用に期待
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院医学系研究科の竹原徹郎教授(研究当時)、小玉尚宏講師、塩出悠登さん(現:米国国立がん研究センター)(消化器内科学)らの研究グループは、肝細胞がんの新たな診断および予後マーカーとして「FOLR1」を同定しました。
肝細胞がんは世界的に高い罹患率と死亡率を示すがんです。中でも、がんの形成・成長、転移・再発に深く関与する「がん幹細胞性」を持つ肝細胞がんは悪性度が高く、生存率向上のためには早期診断が極めて重要です。がん幹細胞性を持つ肝細胞がんは、KRT19、EPCAM、PROM1といった幹細胞マーカーを高発現し、これらが悪性度や予後不良と密接に関連しています。しかし、これらのマーカーを測定するには侵襲的な腫瘍生検が必要であり、非侵襲的なバイオマーカーが求められていました。
本研究では、がん幹細胞マーカーと強く相関し、かつ分泌型タンパク質として血中に存在する分子を探索した結果、Folate receptor 1(FOLR1)が有望であることを明らかにしました。具体的には、FOLR1は腫瘍内においてがん幹細胞マーカー(KRT19、EPCAM、PROM1)と強く相関し、血清FOLR1レベルが腫瘍内FOLR1発現と強く相関していること、血清FOLR1濃度は、慢性肝疾患患者や大腸ポリープ患者と比較して肝細胞がん患者で有意に上昇していること、肝細胞がんの腫瘍マーカーであるAFPと血清FOLR1を組み合わせて測定することで肝細胞がんを高い精度で診断できることが明らかになりました。さらに、FOLR1とGALADスコアを組み合わせることで、患者のリスク層別化がより精確に行えることも示されました。
以上から、FOLR1は肝細胞がん、特にがん幹細胞性を持つ肝細胞がんの診断や予後予測に有用なバイオマーカーであることが明らかになりました。今後、FOLR1を用いた診断法が実現すれば、肝細胞がんの早期発見およびリスク層別化が非侵襲的に可能となり、患者の生存率向上が期待されます。特に、がん幹細胞性HCCに特異的に発現するマーカーとしての意義は大きく、個別化治療や再発リスク管理において重要な役割を果たすことが見込まれます。
本研究成果は、米国科学誌「Biomarker Research」に、3月4日(火)にオンライン公開されました。
研究の背景
肝細胞がんは原発性肝がんの約80%を占め、慢性肝炎や肝硬変を背景に発症します。肝細胞がんの5年生存率は依然として低く、特に進行期では予後が極めて不良であり、患者の生存率を向上させるためには早期発見が不可欠です。肝細胞がんの診断は主に画像診断と腫瘍マーカー血液検査(AFPなど)で行いますが、AFPはすべての肝細胞がん患者で上昇するわけではなく、特にAFP陰性肝細胞がんの診断が困難なことが課題となっています。
近年の分子分類研究により、肝細胞がんには複数の分子サブタイプが存在することが明らかになっています。その中でも特に、がん幹細胞性を持つサブタイプは悪性度が高く、再発や治療抵抗性を示すことが多いため、予後が不良です。これらのサブタイプは、KRT19、EPCAM、PROM1といったマーカーを高発現していることが特徴ですが、これらのマーカーを正確に測定するためには侵襲的な腫瘍生検が必要であり、患者負担が大きいという問題がありました。したがって、非侵襲的に診断できる新規バイオマーカーの同定が強く求められていました。
研究の内容
本研究では、肝細胞がんの幹細胞性質を持つ腫瘍サブタイプにおいて特異的に発現する分泌タンパク質を同定し、新規バイオマーカーとしての可能性を評価しました。
肝細胞がんの分子分類に基づく解析を行った結果、Folate Receptor 1(FOLR1)が幹細胞マーカー(KRT19、EPCAM、PROM1)と強く相関し、幹細胞性の強い肝細胞がんサブタイプで顕著に発現していることを確認しました。
また、2つの独立した肝細胞がんコホートのRNAシークエンスデータを解析し、FOLR1の高発現がp53、DNA修復、MYC、E2F、PI3K/AKT/mTOR経路の活性化と関連し、腫瘍の進行や悪性度と密接に結びついていることを明らかにしました(図1)。
図1. FOLR1発現は幹細胞マーカー、幹細胞性の強い肝細胞がんサブタイプと優位に相関する。
さらに、50名の大腸ポリープ患者さん、238名の慢性肝疾患患者さんおよび247名の肝細胞がん患者さんの血清サンプルを解析した結果、肝細胞がん患者さんにおける血清FOLR1濃度が有意に上昇していることを確認しました(図2)。
また、血清FOLR1濃度が従来の腫瘍マーカーAFP(αフェトプロテイン)と同等の診断精度を示すことを発見しました(図3)。さらにAFPとFOLR1を組み合わせることで、肝細胞がん診断精度が有意に向上することを確認しました(図3)。
図2. 疾患別血清FOLR1濃度
図3. 血清FOLR1、AFP、およびFOLR1/AFP併用の肝細胞がん診断性能を評価するROC曲線下面積
また、血清FOLR1濃度と肝細胞がん患者の予後の関連を検討した結果、高FOLR1発現群は低FOLR1発現群と比較して有意に短い生存期間を示し(図4)、特に早期肝細胞がん(ステージI/II)において顕著であることが判明しました。多変量解析の結果、血清FOLR1濃度とGALADスコア(Gender, Age, AFP-L3, AFP, Des-gamma-carboxy prothrombin)は独立した予後不良因子であり、両者を組み合わせることで患者のリスク層別化が可能であることが示されました(図5)。
図4. 血清FOLR1発現別肝細胞がん患者の生存曲線
図5. 血清FOLR1とGALADスコアの組み合わせによる肝細胞がん患者の生存曲線
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究の成果により、FOLR1が肝細胞がんの診断および予後予測において有望なバイオマーカーであることが明らかになりました。FOLR1を用いた診断法が実現すれば、肝細胞がんの早期発見およびリスク層別化が非侵襲的に可能となり、患者の生存率向上が期待されます。特に、がん幹細胞性HCCに特異的に発現するマーカーとしての意義は大きく、個別化治療や再発リスク管理において重要な役割を果たすことが見込まれます。
特記事項
本研究成果は、2025年3月4日(火)に米国科学誌「Biomarker Research」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “Folate receptor 1 is a stemness trait-associated diagnostic and prognostic marker for hepatocellular carcinoma”
【著者名】 Yuto Shiode# 1,2, Takahiro Kodama# 1, Yu Sato 1, Ryo Takahashi 1, Takayuki Matsumae 1, Kumiko Shirai 1, Akira Doi 1, Yuki Tahata 1, Hayato Hikita 1, Tomohide Tatsumi 1, Moto Fukai 3, Akinobu Taketomi 3, Mathuros Ruchirawat 4,5, Xin Wei Wang 2,6, Tetsuo Takehara 2,* (#共同筆頭著者、*責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
2. 米国国立がん研究所(NCI) ヒト発がん研究室
3. 北海道大学 大学院医学系研究科 消化器外科学第一講座
4. チュラボーン研究所 化学発がん研究室
5. 環境健康・毒性学卓越センター(EHT)、OPS、MHESI、バンコク、タイ
6. 米国国立がん研究所(NCI) 肝がんプログラム
【DOI】 https://doi.org/10.1186/s40364-025-00752-8
なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業「NAFLD/NASHおよび非ウイルス性肝がんの病態解明と治療法開発」、「肝炎ウイルスによる病原性発現機構解析による新規治療法の開発」、次世代がん医療加速化研究事業「革新的な腫瘍不均一性モデル動物と多施設共同臨床研究による肝癌複合免疫療法効果予測バイオマーカー探索」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。
用語説明
- FOLR1
Folate Receptor 1(フォレイトレセプター1、葉酸受容体1)遺伝子。葉酸の細胞内取り込みに関与し、細胞の増殖や分化を調節する。多くのがん種で過剰発現が報告されており、腫瘍の進行や幹細胞性維持に寄与する可能性がある。
- AFP
αフェトプロテイン、肝細胞がんの診断に用いられる腫瘍マーカーの一つ。胎児期に肝臓で産生されるタンパク質であり、肝細胞がん患者で上昇することが多い。
- GALADスコア
Gender, Age, AFP-L3, AFP, Des-gamma-carboxy prothrombinの5つの因子を組み合わせた肝細胞がん診断および予後予測のためのスコア。非侵襲的な血液バイオマーカーとして有用。
- RNAシークエンス
RNA-seq、次世代シークエンサーを用いて細胞や組織に発現するRNAの配列を網羅的に解析する技術。遺伝子発現の変動を詳細に解析することが可能。
- PI3K/AKT/mTOR経路
細胞増殖や生存に関与するシグナル伝達経路であり、がんの進行や薬剤耐性に重要な役割を果たす。FOLR1高発現肝細胞がんでこの経路の活性化が報告されている。