がんが脂肪を使って免疫から逃れる仕組みを解明

がんが脂肪を使って免疫から逃れる仕組みを解明

MRI検査による肝細胞がん複合免疫療法の効果予測に期待

2022-5-16生命科学・医学系
医学系研究科助教小玉尚宏

研究成果のポイント

  • がん細胞内の脂肪滴貯留という特徴を有する脂肪含有肝細胞がんが免疫チェックポイント阻害剤の効果を得られやすい免疫疲弊の状態にあることを発見
  • 脂肪含有肝細胞がんで増加したパルミチン酸が免疫疲弊を誘導する仕組みを解明
  • MRI画像を用いた腫瘍内脂肪蓄積の定量化により、免疫チェックポイント阻害剤を含んだ複合免疫療法の治療効果が予測できる可能性

概要

大阪大学医学部附属病院の村井大毅医員、大学院医学系研究科の小玉尚宏助教、竹原徹郎教授(消化器内科学)らの研究グループは、脂肪滴を蓄えた脂肪含有肝細胞がんが免疫疲弊を誘導し、抗腫瘍免疫から逃れることを見出しました。その仕組みとして、飽和脂肪酸であるパルミチン酸が、がん細胞自身のPD-L1発現を増強させることに加えて、M2マクロファージがん関連線維芽細胞の抗腫瘍免疫抑制効果を増強させることで細胞傷害性T細胞に疲弊を誘導する可能性を示しました。また、この脂肪含有肝細胞がんが免疫チェックポイント阻害剤を含んだ複合免疫療法に高い感受性を示すことから、MRI画像を用いた腫瘍内脂肪蓄積の定量化により、複合免疫療法の治療効果が予測できる可能性を示しました(図1)。

 肝細胞がんは再発率が高く世界的に予後不良ながんとして知られています。進行した肝細胞がんに対しては抗PD-L1抗体/抗VEGF抗体の複合免疫療法(アテゾリズマブ・ベバシズマブ併用療法)を中心に様々な薬物療法が実施されますが、その効果は限定的です。そこで各薬剤の治療効果を予測できるバイオマーカーが求められていますが、これまでに肝細胞がんにおける複合免疫療法の治療効果を予測できるマーカーは存在しませんでした。

今回研究グループは、100例を超える非B非C型肝細胞がん患者の切除検体を用いてマルチオミックス解析を実施し、予後や腫瘍内の免疫動態に基づいて肝細胞がんを層別化することに成功しました。さらに、がん細胞内の脂肪滴貯留という特徴を有する脂肪含有肝細胞がんが免疫チェックポイント阻害剤の効果を得られやすい免疫疲弊の状態にあることを見出し、MRI画像により腫瘍内脂肪蓄積を認めた患者は、アテゾリズマブ・ベバシズマブ併用療法の効果が良好となることを示しました。本研究により、非侵襲的なMRI検査が肝細胞がん複合免疫療法の効果予測に有用なイメージングバイオマーカーとなることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「HEPATOLOGY」に、5月14日(土)に公開されました。

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図1. MRI画像を用いた腫瘍内脂肪蓄積の定量化による、肝細胞がん複合免疫療法の治療効果予測

  • 脂肪含有肝細胞がんは、がん細胞自身のPD-L1発現増強に加えて、各種液性因子を分泌しマクロファージのM2分化やがん関連線維芽細胞の抗腫瘍免疫抑制効果を増強させることで、細胞傷害性T細胞に免疫疲弊を誘導する
  • 脂肪含有肝細胞がんはこのため複合免疫療法に高い感受性を示す
  • 侵襲的な腫瘍生検を行わず、MRI画像を用いて腫瘍内脂肪蓄積を定量化することで、複合免疫療法の治療効果が予測できる可能性

研究の背景

肝がんはWHOの統計では死亡数が3位(約83万人)のがんです。日本国内においても年間死亡数は2万5千人に達し、5年生存率が35.8%と報告され、肝がんの90%以上を占める肝細胞がんは5年再発率が70-80%に達する難治性がんであることが知られています。進行した症例に対しては薬物療法が行われますが、近年様々な薬剤が開発され、第一選択の抗PD-L1抗体/抗VEGF抗体の複合免疫療法(アテゾリズマブ・ベバシズマブ併用療法)を中心に、その他マルチチロシンキナーゼ阻害剤など計6種類の治療選択肢が存在します。一方で、いずれの治療薬も腫瘍の消失/縮小効果が得られる患者は3割未満と低いことが問題です。また、多くは肝硬変を背景に発症するため、肝予備能の低下によりこれらの薬剤を全て使い切れる患者も多くありません。そこで、生命予後の改善には、患者毎に最適な薬剤を選択する“個別化医療”が重要であり、その実現には各薬剤の治療効果予測バイオマーカーの開発が喫緊の課題でありました。

研究の内容

本研究グループは、近年急速に増加している非B非C型肝細胞がんに注目し、外科的切除を受けた113例の切除がん組織を用いてトランスクリプトーム解析とゲノム解析を実施しました。これらの情報に基づいてがん免疫微小環境を解析し、臨床病理学的因子との関連を検討した結果、がん細胞に脂肪滴貯留を認める脂肪含有肝細胞がんにおいては、腫瘍内に強い免疫細胞浸潤を認める一方、浸潤した免疫細胞に疲弊が生じていることを発見しました(図2)。また、空間的トランスクリプトーム解析により、脂肪含有肝細胞がんではM2マクロファージやがん関連線維芽細胞などが疲弊細胞傷害性T細胞の近傍に存在し、腫瘍促進的な免疫微小環境を形成していることを見出しました。続いて、リピドミクス解析により脂肪含有肝細胞がんでは飽和脂肪酸の一種であるパルミチン酸が増加していることを同定しました(図3)。更に、肝がん細胞株を使用した実験でパルミチン酸が肝がん細胞の膜表面におけるPD-L1分子の発現を増加させ、またパルミチン酸を添加した肝がん細胞が共培養した線維芽細胞やマクロファージを腫瘍促進的な形質に変化させることを明らかにしました(図3)。最後に、脂肪含有肝細胞がんはMRI画像により同定が可能であり、MRIで脂肪含有肝細胞がんと診断された患者は、アテゾリズマブ・ベバシズマブ併用療法の効果が良好となることを示しました(図4)。

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図2. (A)脂肪含有肝細胞がん組織のHE染色像、(B)脂肪含有肝細胞がんにおいては免疫細胞浸潤が強い、(C)脂肪含有肝細胞がんでは浸潤した細胞には強い免疫疲弊が生じており、腫瘍促進的ながん免疫微小環境が形成されている

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図3.(A)リピドミクス解析の結果、脂肪含有肝細胞がんではパルミチン酸(C16:0)が増加している、(B-C)肝細胞がん株にパルミチン酸(PA)を添加することにより脂肪滴が蓄積し(B)、フローサイトメトリーで評価した膜表面のPD-L1発現が増加する(C)、(D-E)PAを添加した肝細胞がん株との共培養により、マクロファージのM2分化(CD206発現上昇)が促進し(D)、肝星細胞のTGF-β発現が亢進する(E)

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図4.(A-B)脂肪含有肝細胞がん(矢印)のMRI画像(A1; 同位相T1強調グラジエントエコー画像で明瞭な高輝度腫瘤を認める。A2; A1に対応する逆相T1強調グラジエントエコー画像では、腫瘍の信号強度の低下を認める)とHE染色像(B)、(C)脂肪含有肝細胞がんではアテゾリズマブ・ベバシズマブ併用療法において無増悪生存期間が有意に延長する

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

複合免疫療法の治療効果を事前に予測することで、様々な薬物療法の選択肢の中からより最適な薬剤選択を行うことが可能となり、進行肝細胞がん患者の生命予後改善に寄与することが期待されます。また、MRI検査は肝細胞がんの診断目的に実施されることから、一度の検査で非侵襲的に複合免疫療法の治療効果を予測できる点で、患者に優しいバイオマーカーとなることが期待されます。さらに、本研究からパルミチン酸を介した肝がんの免疫逃避機構を標的とした治療薬開発に繋がることも期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年5月14日(土)に米国科学誌「HEPATOLOGY」(オンライン)に、公開されました。

【タイトル】 “Multiomics identifies the link between intratumor steatosis and the exhausted tumor immune microenvironment in hepatocellular carcinoma”
【著者名】 Hiroki Murai1,#, Takahiro Kodama1,#, Kazuki Maesaka1, Shoichiro Tange2, Daisuke Motooka3, Yutaka Suzuki4, Yasuyuki Shigematsu5, Kentaro Inamura5, Yoshihiro Mise6, Akio Saiura6, Yoshihiro Ono7, Yu Takahashi7, Yota Kawasaki8, Satoshi Iino9, Shogo Kobayashi10, Masashi Idogawa2, Takashi Tokino2, Tomomi Hashidate-Yoshida11, Hideo Shindou11,12, Masanori Miyazaki13, Yasuharu Imai14, Satoshi Tanaka15, Eiji Mita15, Kazuyoshi Ohkawa16, Hayato Hikita1, Ryotaro Sakamori1, Tomohide Tatsumi1, Hidetoshi Eguchi10, Eiichi Morii17, and Tetsuo Takehara1* (#共同筆頭著者、*責任著者)
DOI: 10.1002/hep.32573
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
2. 札幌医科大学医学部 附属フロンティア医学研究所 ゲノム医科学部門
3. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝情報実験センター ゲノム解析室
4. 東京大学 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
5. 公益財団法人 がん研究会 がん研究所 病理部
6. 順天堂大学医学部附属順天堂医院 肝・胆・膵外科
7. がん研有明病院 肝胆膵外科
8. 鹿児島大学 大学院腫瘍学講座 消化器・乳腺甲状腺外科学
9. 鹿児島市立病院 消化器外科
10. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
11. 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター研究所 脂質シグナリングプロジェクト
12. 東京大学大学院医学系研究科 分子細胞生物学専攻 脂質医科学
13. 大阪警察病院 消化器内科
14. 市立池田病院 消化器内科
15. 独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター 消化器内科
16. 大阪国際がんセンター 肝胆膵内科
17. 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学

なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業「NASH及び非B非C型肝癌の病態解明と治療標的探索」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。

用語説明

免疫チェックポイント阻害剤

免疫チェックポイント分子もしくはそのリガンドに結合して免疫抑制シグナルの伝達を阻害する薬剤であり、免疫チェックポイント分子の発現によるT細胞の疲弊(免疫疲弊)を解除する。抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体などがある。

免疫疲弊

T細胞などが免疫チェックポイント分子などの発現により機能が低下すること。

パルミチン酸

飽和脂肪酸の一種であり、非アルコール性脂肪性肝疾患において肝細胞障害の原因の一つとして知られる。

PD-L1(ピーディーエルワン)

がん細胞などの細胞表面に発現する免疫チェックポイント分子であり、T細胞上のprogrammed death-1(PD-1)に結合することで免疫疲弊を誘導する膜貫通型タンパク質。

M2マクロファージ

マクロファージは機能や活性化の違いにより幾つかのサブタイプに分類される。M2マクロファージは炎症の制御や炎症後の組織修復などに関与することが知られており、腫瘍に対しては血管新生促進や免疫抑制の方向に作用し、結果として腫瘍増殖に促進的に作用する。これに対して、M1マクロファージは、炎症性サイトカインや活性酸素種を産生し、抗菌及び抗ウイルス活性、抗腫瘍効果を発揮する。

がん関連線維芽細胞

がん微小環境に存在する線維芽細胞であり、がん細胞の増殖促進や抗腫瘍免疫の抑制など腫瘍促進的な作用を有することが報告されている。

細胞傷害性T細胞

細胞表面にCD8という分子を持つT細胞で、宿主にとって異物になる細胞(がん細胞、ウイルス感染細胞など)を認識して破壊する細胞。

VEGF(ブイイージーエフ)

血管内皮増殖因子であり、血管内皮細胞を増殖させ、血管の形成を促す糖タンパク質。

非B非C型肝細胞がん

B型肝炎やC型肝炎によるウイルス肝炎に加えて、アルコール性肝疾患や非アルコール性脂肪性肝疾患などの慢性肝疾患は、進行すると肝硬変に至り肝細胞がんを合併する。これらの肝細胞がんの中で、背景肝疾患としてウイルス肝炎を有していないがんを非B非C型肝細胞がんと呼ぶ。

マルチオミックス解析

網羅的な遺伝子解析(ゲノミクス)・RNA解析(トランスクリプトミクス)・タンパク質解析(プロテオミクス)・脂質解析(リピドミクス)等を一括して分析する手法。

マルチチロシンキナーゼ阻害剤

がん細胞が増殖する際のシグナル伝達に必要な複数のチロシンキナーゼ(酵素)を同時に阻害し、抗腫瘍作用を発揮する薬剤。現在、肝細胞がんにおいてはレンバチニブ・ソラフェニブ・レゴラフェニブ・カボザンチニブの4種類が使用可能である。

がん免疫微小環境

がん組織内においてがん細胞と共に免疫系細胞、血管系細胞、線維芽細胞などの様々な細胞が作り出す複雑な環境のこと。

空間的トランスクリプトーム解析

組織における細胞の位置情報を保存した状態で、各細胞(一定空間)ごとの網羅的な遺伝子発現情報を得る技術。