
健康な肝臓で細胞死を促すタンパク質の働きを解明
肝臓病の新規治療薬開発に期待
研究成果のポイント
- BH3-onlyタンパク質の中で、BidとBim に加えてPumaとNoxaが健康な肝臓で肝細胞アポトーシス誘導することを発見。
- 肝細胞アポトーシスを誘導するBH3-onlyタンパク質は合計8個存在し、健康な肝臓においてはBidとBimがBak/Baxを常に活性化させていることが知られていたが、その他のBH3-onlyタンパク質の関与は不明であった。
- BH3-onlyタンパク質であるPumaやNoxaを標的とした新たな肝疾患治療薬の開発が期待される。
概要
大阪大学大学院医学系研究科 工藤慎之輔さん(研究当時:博士課程、現在:大阪大学医学部附属病院医員)、齋藤義修 助教、疋田隼人 講師、竹原徹郎 教授(消化器内科学)らの研究グループは、BH3-onlyタンパク質であるPumaとNoxaが健康な肝臓で、肝細胞のアポトーシス(細胞の計画的な死)を誘導する役割を持っていることを、マウスを使った実験で明らかにしました。
BH3-onlyタンパク質はBak/Baxというタンパク質を活性化させて肝細胞のアポトーシスを引き起こすことが知られています。この活性化は、肝細胞アポトーシスが過剰に進む状態を引き起こし、様々な慢性肝疾患の原因となることが報告されています。BH3onlyタンパク質にはBid、Bim、Puma、Noxa、Bad、Bmf、Bik、Hrkの8種類があり、研究グループではこれまでに健康な肝臓においてもBidとBimがBak/Baxを介して肝細胞のアポトーシスを誘導することを明らかにしてきました。しかし、残りのBH3onlyタンパク質が健康な肝臓でどのような役割を果たすのかは不明でした。
今回、研究グループはマウスモデルを使って、残りのBH3-onlyタンパク質の健康な肝臓での役割を調べました。その結果、これまで報告されていたBidやBimに加えて、PumaとNoxaもBak/Baxを活性化していることを明らかにしました。一方で、BadとBmfに関してはこの機構には関与しておらず、BikとHrkに関してはマウスの肝臓では発現していないことも明らかになりました(図1)。
BH3-onlyタンパク質の活性化は様々な慢性肝疾患の原因となるため、今回新たに同定されたPumaとNoxaを標的とした新しい治療薬の開発が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Cell Death and Differentiation」に、2月24日(月)に公開されました。
図1. BH3-only蛋白のマウス肝臓における役割
研究の背景
ヒトやマウスの肝臓では、老化した細胞やダメージを受けた細胞が、制御された細胞死(アポトーシス)を起こして自ら消失し、新しい細胞へと置き換わります。
肝臓の恒常性は、アポトーシスを抑制するBcl-2ファミリータンパク質(Bcl-xL、Mcl-1)と、アポトーシスを促進するBcl-2ファミリータンパク質(Bak/Bax)のバランスによって維持されています。さらに、Bcl-2ファミリーの一種であるBH3-onlyタンパク質はBak/Baxを活性化する役割を持ち、Bid、Bim、Puma、Noxa、Bad、Bmf、Bik、Hrkの計8種類が存在します。これらの各BH3-onlyタンパク質の機能は細胞実験では詳細に解析されています。また、一部のBH3-onlyタンパク質は、肝臓においてもウイルス性肝炎をはじめとする慢性肝疾患の病態に関与していることが知られています。一方で、健康な肝臓においてBH3-onlyタンパク質がどのように機能しているかは十分に解明されていませんでした。
これまでに竹原教授らの研究グループは、BidとBimが肝臓でBak/Baxを常に活性化させており、アポトーシス抑制タンパク質(Bcl-xL、Mcl-1)の働きと均衡を保つことによって肝臓の恒常性が保たれていることを明らかにしてきました(Hepatology. 2009 Oct;50(4):1217-26, J Biol Chem. 2013 Oct 18;288(42):30009-30018)。しかし、それ以外のBH3-onlyタンパク質が、健康な肝臓にどのように関与しているのかは不明でした。
研究の内容
研究グループは、アポトーシスを抑制するBcl-xLとMcl-1を肝細胞特異的に欠損させた「肝細胞特異的Mcl-1欠損マウス」および「肝細胞特異的Bcl-xL欠損マウス」を用いて研究を行いました。これらのマウスではBak/Baxの活性化が優位となり、肝細胞アポトーシスが持続的に亢進します。
まず、このマウスからさらにBH3-onlyタンパク質の一つであるPumaを欠損させたマウスを作製し、解析を行いました。その結果、肝細胞特異的Mcl-1欠損マウスやBcl-xL欠損マウスで見られた肝細胞アポトーシスの亢進は、Pumaを欠損させることで抑えられることがわかりました(図2)。このことから、これまで報告されていたBidやBimに加えて、Pumaも生理的な肝臓でBak/Baxを活性化していることが明らかになりました。
図2. Pumaを欠損させるとアポトーシスが抑制される
次に、Bid、Bim、Puma以外のBH3-onlyタンパク質がBak/Baxの活性化に関与しているかを検討しました。Bcl-xLとMcl-1を両方欠損させたマウスは肝臓の発達が不十分であり、生後間もなく死亡してしまいます。そこで、タモキシフェンという薬剤を投与することで、成体のマウスにおいてBcl-xLとMcl-1の発現を肝細胞特異的に欠損させるモデルを作製しました。このモデルを用いて、さらにBid、Bim、Pumaをすべて欠損させたマウスを作製し、解析を行いました。その結果、このマウスでもBak/Baxの活性化による肝細胞アポトーシスの亢進が認められました(図3)。このことから、Bid、Bim、Puma以外にも生理的な肝臓でBak/Baxの活性化に関与するBH3-onlyタンパク質が存在する可能性が示されました。
図3. Bid、Bim、Pumaを欠損させてもアポトーシスが誘導される
そこで、Bid、Bim、Pumaを欠損させたマウスの初代培養肝細胞を用いた細胞実験を行い、他のBH3-onlyタンパク質(Noxa、Bad、Bmf、Bik、Hrk)の関与を検討しました。その結果、Noxaを抑制すると、Bcl-xLとMcl-1の欠損によるBak/Baxの活性化を介した肝細胞アポトーシスが抑制されることがわかりました。次に、タモキシフェンを投与することでBcl-xLとMcl-1の発現を欠損させるマウスを用い、さらにBid、Bim、Puma、Noxaの4種類を欠損させたマウスを作製し、解析を行いました。その結果、Bid、Bim、Puma、Noxaを欠損させたマウスでは、Bid、Bim、Pumaを欠損させたマウスと比較してBak/Baxの活性化が減弱し、肝細胞アポトーシスが抑制されることがわかりました(図4)。
さらに、Bid、Bim、Puma、Noxaを欠損させたマウスの初代培養肝細胞を用いた細胞実験を行い、残りのBH3-onlyタンパク質(Bad、Bmf、Bik、Hrk)の関与を検討しました。その結果、BikおよびHrkはマウスの肝細胞では発現しておらず、BadおよびBmfを抑制しても、Bcl-xLとMcl-1の欠損による細胞アポトーシスは抑制されませんでした(図1)。
これらの結果から、生理的なマウスの肝臓でBak/Bax依存的な肝細胞アポトーシスに関与するBH3-onlyタンパク質は、これまでに報告されていたBid、Bimに加えてPuma、Noxaの4種類であることが明らかになりました。これまでの竹原教授らの研究グループの研究成果を合わせることで、生理的な肝臓におけるBcl-2ファミリータンパク質の役割が明確になり、その全容を解明することができました(図5)。
図4. Noxaを追加で欠損させるとアポトーシスは抑制される
図5. 生理的な肝臓で働くBcl-2ファミリータンパク質
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
BH3-onlyタンパク質は、肝臓を健康な状態に保つ上で重要な役割を担っており、その過剰な活性化はさまざまな肝疾患に関与すると考えられています。本研究により、これまでに報告されていたBid、Bimに加えてPuma、Noxaが生理的な肝臓において重要な機能を果たしていることが明らかになりました。特にNoxaは、生理的な状態だけでなく、肝疾患における役割もほとんど報告されておらず、今後の研究によってさまざまな肝疾患の病態との関連性が明らかになることが期待されます。また、Noxaを標的とした新たな肝疾患治療薬の開発につながる可能性もあり、本研究の成果は肝疾患の新規治療法の基盤となる重要な知見を提供するものと考えられます。
特記事項
本研究成果は、2025年2月24日(月)(日本時間)に英国科学誌「Cell Death and Differentiation」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Collaborative orchestration of BH3-only proteins governs Bak/Bax-dependent hepatocyte apoptosis under antiapoptotic protein-deficiency in mice”
著者名:Shinnosuke Kudo1, Hayato Hikita1, Yoshinobu Saito1, Kazuhiro Murai1, Takahiro Kodama1, Tomohide Tatsumi1 and Tetsuo Takehara1 *
(*責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
DOI:https://doi.org/ 10.1038/s41418-025-01458-y
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業(JP23fk0210121)、B型肝炎創薬実用化等研究事業(JP23fk0310512)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP21H02903、JP23H02894)の一環として行われました。
参考URL
用語説明
- BH3-onlyタンパク質
アポトーシスの制御に関わるタンパク群の一種で、BakおよびBaxを活性化させて、アポトーシスを誘導する作用を持つ。Bid、Bim、Puma、Noxa、Bad、Bmf、Bik、Hrkの計8種類が存在する。
- アポトーシス
細胞がダメージを受けた際などに自ら死に至る、制御された細胞死のこと。
- Bak/Bax
アポトーシスを促進するBcl-2ファミリータンパク質である2個のタンパク質。これらのタンパク質が活性化すると、ミトコンドリア外膜で重合化し、アポトーシスを引き起こす最終的な引き金となる。
- Bcl-2ファミリータンパク質
Bcl-2ファミリータンパク質は、共通する構造を一部に持つ進化的に保存されたタンパク質群であり、アポトーシスの制御に関与している。Bcl-2ファミリータンパク質は以下の3つに大別される。①アポトーシスを抑制するBcl-2ファミリータンパク質 ②アポトーシスを促進するBcl-2ファミリータンパク質 ③BH3-onlyタンパク質。アポトーシスを抑制するBcl-2ファミリータンパク質としては、Bcl-2、Bcl-xL、Mcl-1、Bcl-w、BFL-1の5種類が知られており、これらはBak/Baxの活性化を抑制することで、アポトーシスの誘導を防ぐ役割を持つ。これまでの研究グループの研究成果として、特に肝細胞では、Bcl-xLとMcl-1が重要なアポトーシス抑制因子として機能することを明らかにしている(Gastroenterology. 2004 Oct;127(4):1189-97, Hepatology. 2009 Oct;50(4):1217-26)。
- 初代培養肝細胞
生体マウスの肝臓から分離した肝実質細胞を人工的に培養した細胞。