国際共同研究で非アルコール性脂肪性肝疾患のバイオマーカーを同定

国際共同研究で非アルコール性脂肪性肝疾患のバイオマーカーを同定

肝臓を傷つけない“血液”での診断・予後予測を目指して

2021-6-11生命科学・医学系
医学系研究科助教小玉尚宏

研究成果のポイント

非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)患者の臨床検体を用いたトランスクリプトーム解析により、病態の進行する非アルコール性脂肪肝炎(NASH)や生命予後に直結する肝線維化高度進展例において肝臓内で産生増加する分泌タンパク質を網羅的に探索

日本とヨーロッパの500名を超えるNAFLD患者の解析から、トロンボスポンジン2の肝内遺伝子発現量や血清タンパク質量により、NASH・肝線維化高度進展例の診断、肝硬変に伴う合併症や肝がん症の予測が可能となることを証明

血清トロンボスポンジン2のNAFLDにおける非侵襲的診断・予後予測バイオマーカーとしての臨床応用に期待

概要

大阪大学医学部附属病院の木積一浩医員、大学院医学系研究科の小玉尚宏助教、竹原徹郎教授(消化器内科学)らの研究グループは、ニューキャッスル大学のQuentin M. Anstee(クエンティン・アンスティ)教授らの研究グループとの国際共同プロジェクトにより、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)におけるバイオマーカーの網羅的探索を行い、トロンボスポンジン2が有用な診断・予後予測の非侵襲的バイオマーカーとなることを証明しました(図1)。

NAFLDは、飲酒量が少ないにも関わらず肝臓に過剰な脂肪蓄積を認める疾患です。全世界人口の約25%、日本国内でも1千万人以上と考えられているNAFLD患者の中から、肝硬変や肝がんに進行する可能性があるNASH並びに生命予後に直結する肝線維化高度進展例を同定することは極めて重要な課題です。しかし、その診断には侵襲を伴う肝生検が必要であることから、信頼性の高い非侵襲的な診断法の開発が求められています。

今回研究グループは、日本人・欧州人のNAFLD患者の肝組織を用いたトランスクリプトーム解析により、病態進行に沿って肝内で産生増加する分泌タンパク質を網羅的に探索しました。そして、500名を超えるNAFLD患者の解析により、トロンボスポンジン2の肝内遺伝子発現量や血清タンパク質量を用いることで、NASH・肝線維化高度進展例の診断、肝硬変に伴う合併症や肝がん発症の予測が可能となることを証明しました。本研究により、NAFLDにおける新たな非侵襲的診断・予後予測バイオマーカーとして、血清トロンボスポンジン2の臨床応用が期待されます。

本研究成果は、米国肝臓学会誌「HEPATOLOGY」に、6月9日(水)に公開されました。

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図1. NAFLD患者の新たなバイオマーカーとしてのトロンボスポンジン2

研究の背景

NAFLDは、飲酒量が少ないにも関わらず肝臓に過剰な脂肪蓄積を認める疾患であり、肥満人口の増加を背景に近年急増しています。全世界での有病率は20-30%にも及び、最も罹患者数の多い肝疾患です。NAFLDの中で、約10%を占めるNASHは病態が進行性で肝硬変への進展や肝がんの発生母地になることから、その適切な診断は極めて重要です。また近年、肝線維化がNAFLDの生命予後に最も強く関連することが報告され、肝線維化高度進展例を同定することは治療介入や予後予測の点からも非常に重要です。NASHの診断や肝線維化の程度を把握できる最も信頼性の高い検査は、肝臓の一部を針で採取して病理診断を行う経皮的肝生検ですが、侵襲性が高いことから血液検査や画像検査など非侵襲的な診断法の開発が求められています。

近年、次世代シーケンサー装置などを用いて生体内の分子を網羅的に調べることで、疾患や病態との関係を明らかにしていくオミックス解析技術が様々な疾患で用いられています。中でもトランスクリプトーム解析と呼ばれる遺伝子転写産物を網羅的に解析する技術を用いたバイオマーカーの探索は広く行われていますが、NAFLDにおいてはいまだ十分に活用されていません。

本研究の成果

本研究グループは、98名の日本人NAFLD患者並びに206名の欧州人NAFLD患者の肝組織を用いてトランスクリプトーム解析を行い、NASHまたは肝線維化が進行した症例において肝臓内で発現が亢進する分泌タンパク質を網羅的に探索し、トロンボスポンジン2(THBS2)遺伝子に注目しました(図2A)。そして、肝組織におけるTHBS2の遺伝子発現量により、NASH並びに肝線維化高度進展例を高精度で診断できることを証明しました(図2B)。また、THBS2遺伝子の発現量は、NASHの病理学的な特徴である肝細胞風船様変性や、肝線維化を形成するI型コラーゲンの発現と正の相関を認めることを明らかにしました(図3)。次に、213名の日本人NAFLD患者血清を用いて、THBS2遺伝子から産生される分泌タンパク質トロンボスポンジン2(TSP-2)の診断精度を評価しました。その結果、TSP-2の発現はNASH症例並びに肝線維化進展症例において有意に上昇しており、血清TSP-2値によりNASH並びに肝線維化高度進展例を高精度で診断できることを証明しました(図4)。さらに、血清TSP-2値により、肝硬変に伴う腹水・食道静脈瘤といった重篤な合併症や肝がん発症リスクの層別化も可能となることを見出しました(図5)。以上より、トロンボスポンジン2 がNAFLDにおける非侵襲的な診断・予後予測バイオマーカーとなることを証明しました。

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図2. NAFLD患者における肝内THBS2遺伝子発現量と臨床病期 A)肝内THBS2遺伝子発現量はNASH群で高値となり、肝線維化の進展に伴い上昇する
F0-4:線維化ステージ(数字が上がるにつれて進展)、*p<0.05
B)肝内THBS2遺伝子発現量によりNASHや肝線維化高度進展例を高い精度で診断できる(AUC値が1に近いほど、高精度)

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図3. NAFLD患者において肝組織中トロンボスポンジン2遺伝子発現と相関する因子 A)NAFLD患者肝組織において、トロンボスポンジン2遺伝子発現と病理学的な肝細胞風船様変性スコアは相関する、*p<0.05
B,C)NAFLD患者肝組織において、Ⅰ型コラーゲン遺伝子とトロンボスポンジン2遺伝子の発現には強い正の相関を認める(r:相関関係)

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図4. NAFLD患者における血清TSP-2値と臨床病期 A)血清TSP-2値はNASH群で高値となり、肝線維化の進展に伴い上昇する
F0-4:線維化ステージ(数字が上がるにつれて進展)、*p<0.05
B)血清TSP-2値によりNASHや肝線維化高度進展例を高い精度で診断できる

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図5. NAFLD患者における血清TSP-2値と合併症発症率 血清TSP-2高値群は肝硬変に伴う合併症や肝がんの発症率が有意に高い

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により同定されたバイオマーカーであるトロンボスポンジン2の臨床応用が進むことで、NAFLD患者の中から病態の進行するNASH並びに生命予後に直結する肝線維化高度進展例を非侵襲的に診断することが可能となり、早期の治療介入や適切な経過観察に繋がることで生命予後の改善に寄与することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年6月9日(水)に米国肝臓学会誌「HEPATOLOGY」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Transcriptomics Identify Thrombospondin-2 as a Biomarker for Nonalcoholic Steatohepatitis and Advanced Liver Fibrosis”
【著者名】 Kazuhiro Kozumi1#, Takahiro Kodama1#, Hiroki Murai1, Sadatsugu Sakane1, Olivier Govaere2, Simon Cockell2, Daisuke Motooka3, Naruyasu Kakita4, Yukinori Yamada4, Yasuteru Kondo5, Yuki Tahata1, Ryoko Yamada1, Hayato Hikita1, Ryotaro Sakamori1, Yoshihiro Kamada6, Ann K. Daly2, Quentin M. Anstee2, Tomohide Tatsumi1, Eiichi Morii7, and Tetsuo Takehara1* (#共同筆頭著者、*責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
2. ニューキャッスル大学
3. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝情報実験センター ゲノム解析室
4. 市立貝塚病院 消化器内科学
5. 仙台厚生病院 肝臓内科
6. 大阪大学 大学院医学系研究科 生体物理工学講座 病態超音波医学
7. 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学

なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業「NASH及び非B非C型肝癌の病態解明と治療標的探索」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。

用語説明

トランスクリプトーム解析

次世代シーケンサー装置を用いて、遺伝子転写産物を網羅的に解析する技術

トロンボスポンジン2

細胞外マトリックスや細胞表面の受容体に作用するタンパク質の一種

有病率

ある一時点での調査全体数に占める疾病の割合

次世代シーケンサー装置

遺伝子の塩基配列を高速かつ大量に読み出せる装置

肝細胞風船様変性

組織学的に肝細胞が風船様に膨化した所見で、NASHの病理学的診断基準の一つとして用いられる

I型コラーゲン

ヒトの体に最も豊富に存在するコラーゲンで、線維を形成する