AIを活用した有機-無機ハイブリッド材料開発
マテリアルズインフォマティクスによる新規光半導体の探索
研究成果のポイント
- 結晶化が困難な、新規含硫黄配位高分子の発見を、マテリアルズインフォマティクスの手法を活用することで促進することに成功しました。
- 通常は失敗データとして光の当たらない「ダメな実験結果」を機械学習により解析することで、目的とする化合物を得るために重要な実験パラメータを絞り込むことに成功しました。
- 開発した配位高分子は、無機構造部位が正の電荷を流し、有機構造部位が負の電荷を流す両極性を示し、太陽電池材料や光触媒への応用で重要となる光電導特性が発現しました。
概要
関西学院大学理学部の田中大輔教授らと大阪大学大学院工学研究科の佐伯昭紀教授らの研究グループは、マテリアルズインフォマティクスの手法を活用することで、配位高分子と呼ばれる有機-無機複合材料の効率的な合成条件探索法を開発することに成功しました。さらに、合成した配位高分子が電子と正孔の両方を輸送する両極性を有し、光を照射することで電気を流す光電導特性を発現することを明らかにしました。
金属イオンと有機配位子から構成される配位高分子は、無機物と有機物の性質を併せ持つ新材料として、近年、高い注目を集めています。本研究では、一般的に合成が困難といわれている、硫黄を配位元素に用いた配位高分子の合成に、人工知能(AI)の一種である機械学習を利用したマテリアルズインフォマティクスの手法を応用し、新規の半導体配位高分子を効率的に開発することに成功しました。本手法を活用することで、新しい触媒や光電変換材料の発見を促進することが期待されます。
本研究成果は、ドイツの総合化学誌「Angew. Chem., Int. Ed.」オンライン版に8月24日付(現地時間)で掲載されました。https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202110629
研究の背景と経緯
配位高分子は、金属イオンと有機配位子から構成される結晶性の物質で、無機物と有機物の性質を併せ持つ新材料として近年高い注目を集めています。特に、構造中にナノサイズの細孔を持つ配位高分子は多孔性配位高分子(PCP)もしくは金属-有機構造体(MOF)と呼ばれ、新しい吸着材料として、世界中で活発に研究が進められています。このような材料に電気を流す特性や太陽光を吸収する性質を付与することができれば、優れた特性を示す触媒や、光エネルギーを電気に変換する材料などへの応用が期待できます。しかしながら、優れた電気伝導特性を示す配位高分子の報告例は限定的で、新規物質の効率的な開発手法が求められてきました。
優れた電気伝導特性を示す配位高分子を合成する方法として、配位元素に硫黄を用いた物質が有望であることが古くから知られていました。一方で、硫黄と金属の反応性は非常に高いため、その反応を制御して、結晶性の配位高分子を合成することは非常に難しく、これまで硫黄を配位元素として含んだ配位高分子の報告例は限定的でした。このような材料を効率的に開発するには、画期的な手法の提案が求められていました。
研究成果
関西学院大学理学部化学科の田中教授と脇谷拓真氏らの研究チームは、銀イオンと含硫黄有機配位子H3ttc(トリチオシアヌル酸)とを反応させて、結晶性の配位高分子を新規に3種類合成することに成功しました。このような材料の新規合成では一般に、様々な反応条件(例:温度、試薬の濃度、溶媒の種類、反応時間、添加物など)をパラメータとして、根気強く膨大な数の反応条件を試して、最適な合成条件を探索します。材料開発に着手した当初は、100通り以上の反応条件で合成実験を行いましたが、不純物が混合した複雑な組成の粉末試料しか合成することができませんでした。このように多くの実験パラメータを変化させた実験で、どのパラメータが合成の結果に強く影響を及ぼしているのかを正確に解釈することは、熟練した研究者でも困難です。そこで、本研究では関西学院大学工学部情報工学課程の猪口明博教授との共同研究により、AIの一種である機械学習の手法を活用した実験データの解析を試みました。まず、失敗した実験で得られた粉末試料のX線回折データをクラスタリング解析と呼ばれる教師なし学習の手法で自動分類し、得られた分類結果と合成実験条件の関係をランダムフォレスト及び決定木と呼ばれる教師あり学習の手法により解析しました。その結果、銀イオンとH3ttcの組み合わせで3種類の結晶多形が合成されることが明らかとなり、さらにそれらの新規化合物合成の成否に影響を与えるパラメータとして、反応温度と反応系中の水素イオン濃度が重要であることが明らかとなりました。本研究では、マテリアルズインフォマティクスの手法を活用することで、3種類の新規配位高分子を合成する最適な実験条件を効率的に探索することに成功しました。
さらに、大阪大学大学院工学研究科の佐伯昭紀教授と西久保綾佑助教の研究グループが時間分解マイクロ波伝導度法により新規配位高分子を評価したところ、Ag2Httcの組成を持つKGF-6と命名した新物質が、優れた光電導特性を示すことが明らかになりました。この特性の起源を明らかにするために、第一原理計算により配位高分子のバンド構造を評価したところ、KGF-6の結晶構造中では、AgSからなる無機構造ネットワークが正の電荷(正孔)を流し、ttcの窒素と炭素からなる有機分子部位が負の電荷(電子)を流す、相分離構造を取っていることが明らかとなりました。このように、正孔と電子が流れる経路が分離した物質では、光エネルギーを電気エネルギーに変換する光電変換材料として優れた特性を示すことが予想されるため、触媒や太陽電池などへの応用が期待されます。
今後の期待
半導体特性を示す配位高分子は、触媒、光電変換材料、各種電極材料などの様々な応用が期待される未開拓の新材料です。本研究により、従来合成が困難であった含硫黄配位高分子の合成条件探索に、マテリアルズインフォマティクスの手法が極めて有用であることが示されました。また、開発した新材料は光電導特性を示し、その伝導メカニズムを明らかにすることにも成功し、未開拓の物質群である含硫黄配位高分子の物性解明にも大きく貢献をしました。これらの成果を活用し、環境エネルギー問題を解決する新材料の開発が促進されることが期待されます。
図1. 本研究で活用した機械学習
クラスタリング解析でX線回折実験の結果を自動分類し、ランダムフォレストと決定木学習で生成する化合物がどのグループの回折測定の結果に分類されるかを予測した。
図2. 本研究で開発した新規半導体配位高分子(KGF-6)の結晶構造
本研究で開発した光半導体。黄色の無機構造部位が正孔(正の電荷)を輸送し、六角形の有機分子部位が電子(負の電荷)を輸送することが第一原理計算から明らかとなった。
特記事項
論文タイトル
Machine-Learning-Assisted Selective Synthesis of Semiconductive Silver Thiolate Coordination Polymer with Segregated Paths for Holes and Electrons
(和訳:正孔と電子の分離輸送経路を有する銀-硫黄配位高分子の機械学習による選択的な合成)
著者
Takuma Wakiya; Yoshinobu Kamakura; Hiroki Shibahara; Kazuyoshi Ogasawara; Akinori Saeki; Ryosuke Nishikubo; Akihiro Inokuchi; Hirofumi Yoshikawa; Daisuke Tanaka
DOI: 10.1002/anie.202110629
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」(JPMJPR15N6, JPMJPR17NA)及び日本学術振興会 科学研究費助成事業(20H02577, 20H04680, 20H04646, 20H05836, 17K00320, and 20J13900)の支援により行われました。
用語説明
- マテリアルズインフォマティクス
新規材料の開発に人工知能、統計分析、多変量解析などのデータ科学に基づく手法を応用する取り組みのこと。材料開発の効率を劇的に向上させる取り組みとして、近年高い注目を集めています。
- 時間分解マイクロ波伝導度法
光パルスを物質に照射することで生じる電荷が、マイクロ波と相互作用することでマイクロ波のエネルギーが減少する現象を定量的に評価することで、物質中の電荷の挙動を評価する手法。