優れた高分子太陽電池材料を見いだす人工知能

優れた高分子太陽電池材料を見いだす人工知能

仮想の20万種類から選び合成した新材料で有効性を実証

2021-3-1自然科学系
工学研究科教授佐伯昭紀

研究成果のポイント

  • 仮想的に生成した20万種類の高分子太陽電池材料を、人工知能(機械学習)を用いて超高速スクリーニングし、そのランキング上位の新規高分子を実際に合成して実証することに成功。
  • 電気を流せる高分子を使った高分子太陽電池は、軽量・安価な次世代太陽電池として世界中で開発が進められている。しかし、高分子の化学構造は無数の組み合わせがあり、太陽電池素子の作製でも多くの因子が複雑に絡み合うため、素子性能を正確に予測することはこれまで困難であった。
  • 今回、実験データを基に独自の機械学習モデルを構築し、性能予測精度を大きく向上させることに成功し、実際に新規高分子を設計・合成することで有効性を実証。
  • 高効率高分子太陽電池の開発へ発展させるとともに、他の機能性高分子のマテリアルズ・インフォマティクス分野においても、本研究手法の展開が期待できる。

概要

大阪大学大学院工学研究科・応用化学専攻の佐伯昭紀教授とKakaraparthi Kranthiraja(カカラパシ クランシラジャ)日本学術振興会・外国人特別研究員は、独自に収集した実験データを基に、高分子・非フラーレン太陽電池の光電変換効率を高精度に予測する機械学習モデルを構築し、仮想的に生成した20万種類の高分子材料の中から優れた材料を実際に合成・評価することで、高分子太陽電池開発において、機械学習による材料探索の有効性を世界で初めて実験で実証しました。

持続可能なエネルギー源として、太陽電池の導入が世界中で進められています。現在のこれらの太陽電池はシリコンや無機化合物半導体で作製されていますが、電気を流せる高分子を使った高分子太陽電池は、軽量・低価格化によって、従来の太陽電池では不可能な用途や場所での利用が期待できます。そのため、国内外の研究機関や企業で開発が進められていますが、無数の化学構造が想定される高分子の設計と実際の合成・評価には多くの時間と労力が必要でした。

今回、佐伯教授らは、高分子と非フラーレン電子アクセプターからなる高分子太陽電池に着目し、実験データに基づく機械学習モデルを構築して超ハイスループットな高分子材料探索を行いました。続いて、上位にランキングされた新規高分子のうちの4つを実際に合成し、太陽電池素子性能を評価したところ(図1)、機械学習による予測と良い一致が得られ、機械学習と実験を組み合わせた新規材料開発の有効性を示すことに成功しました。これにより、さらに高効率な高分子太陽電池の開発や、マテリアルズ・インフォマティクスによる材料科学研究において、実験と機械学習を融合した研究展開が大きく期待されます。

本研究成果は、2021年2月26日(金)(日本時間)に、ドイツ科学誌「Advanced Functional Materials」のオンライン速報版としてジャーナルホームページに公開されました。

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図1 人工知能(機械学習)で設計し、合成・作製した高分子の太陽電池素子の写真

研究の背景

すでに実用化されている太陽電池はシリコンや無機化合物半導体で作製されており、その変換効率もかなり高くなっています。しかし、これらの太陽電池の生産では、多くの電力を使用する結晶成長や真空プロセスを用いており、その上、衝撃に脆いことから頑丈な筐体で保護する必要があるため、最終的な太陽電池パネルの価格と重量がかさむという問題を有しています。一方、電気を流す高分子を使った高分子太陽電池は、プラスチックフィルムのように軽量で曲げ性や耐衝撃に優れ、インクジェットプリンターのような常圧下での溶液プロセスで作製できるため、低価格化も期待できます。また、色や形状の自由度も高いため、多彩で多様な用途も期待されています。

高分子太陽電池は、正電荷を運ぶp型高分子半導体と負電荷を運ぶn型分子半導体の混合薄膜で形成されています。それぞれの有機半導体は、電子供与基(D)と電子受容基(A)を連結した化学構造を有しています(図2)。太陽電池の変換効率は、太陽光の吸収効率や電荷の生成効率と輸送効率が関係する電流値と、半導体の電子準位や異種接合が関係する電圧値のかけ算で与えられます。そのため、変換効率は、材料の化学構造だけでなく、素子作製における多くの複雑な因子で左右されます。したがって、時間のかかる量子化学計算や合成・実験で候補材料を個々に検証する必要があり、効率的な材料探索のボトルネックとなっていました。

その課題解決のため、佐伯教授らの研究グループでは、独自のマイクロ波分光装置による高速実験スクリーニング法の開発(2012年発表)や機械学習による高分子・フラーレン太陽電池の材料探索(2018年発表)を報告してきました。特に後者では、既報の論文から約1200個の実験データを手動で収集し、ランダムフォレストと呼ばれる機械学習アルゴリズムに学習させることで、従来の計算化学では不可能であった高分子の溶解性を付与するアルキル鎖の候補を一瞬で選別することが可能になりました。一方で、2000年代に主流であったフラーレンを電子アクセプターとする太陽電池に代わり、2014年頃より高性能な非フラーレン電子アクセプター(NFA)が登場し始め、近年、急速に注目を集めています。

そこで、本研究では、既報の論文から約560個の高分子・NFA太陽電池の実験データを手動で収集し、そのデータをさまざまな機械学習アルゴリズムに学習させたところ、ランダムフォレストが最も高い予測精度を示しました。さらに、テストデータに対する予測精度(相関係数)は、以前の高分子・フラーレン太陽電池で得られた0.62から、0.85へ大きく向上させることができました。続いて、収集した高分子化学構造をD・A基へ断片化し、それを網羅的に再構築することで約20万種類の高分子を仮想的に生成しました(図3)。このうち、実際に実験で報告されているものは1000種類程度なので、99.5%は手付かずの高分子となります。構築した機械学習モデルを用いることで、この20万種類 をわずか20分で第1位から第20万位までのランキングに並べることができました(図4)。ランキング上位のうち、報告されていない新規高分子、かつ主流な骨格でないものを本研究グループで議論して選択し、実際に4種類を合成しました。その結果、そのうち1つは予測した変換効率11.1%に対して実験値10.1%を得ることができました。さらに、この4種類の高分子は同一の骨格でアルキル鎖が異なるものでしたが、その変換効率の実験値の順番を機械学習モデルはピタリとあてることができました。この4種類の順番を何も考えずに言い当てるのは、確率的には約25回に1回しかありません。最適なアルキル鎖の形や長さは高分子骨格によって大きく異なるので、本研究で実証した高精度な機械学習モデルは、今後の高分子太陽電池開発において強力な手段となりえます

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図2 高分子の化学構造(左図)と非フラーレン電子アクセプターの化学構造(右図)の例。

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図3 本研究で行った機械学習モデルの構築、仮想的高分子合成、および実際に合成した高分子の抽出手順。

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図4 仮想的に生成した約20万種類の高分子を機械学習モデルで順位付け(ランキング)した後のヒストグラム。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、比較的数の少ない実験データを基にした機械学習が実際の材料開発に有効であること、機械学習モデルをどのようにして効果的に実材料設計に活かせばよいかについて、多くの知見を実証しました。この成果は、高分子太陽電池の実用化研究を後押しするとともに、他用途の機能性高分子におけるマテリアルズ・インフォマティクスの有用性を強く示唆するものです。また、近年の社会情勢の大きな変化に伴い、オンサイト・対面が基本の実験の一部を、オフサイト・バーチャル空間での効率的材料探索で置き換える要望が出てきつつあります。本研究成果は、そのような要望に対する一つの有効な選択肢と考えられます。

特記事項

本研究成果は、2021年2月26日(金)(日本時間)にドイツWiley-VCH社の科学誌「Advanced Functional Materials」のオンライン速報版に掲載されました。

タイトル:“Experiment-Oriented Machine Learning of Polymer:Non-Fullerene Organic Solar Cells”
著者名:Kakaraparthi Kranthiraja and Akinori Saeki
【DOI】:10.1002/adfm.202011168
【ジャーナル HP】:https://doi.org/10.1002/adfm.202011168

なお、本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「動的エキシトン」(20H05836)、基盤研究(A)(JP16H02285, JP20H00398)、外国人特別研究員(JP18F180350)、およびJST戦略的創造研究推進事業さきがけ研究「マテリアルズインフォ」(JPMJPR15N6)の一環として行われました。

参考URL

佐伯昭紀教授の研究者総覧
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?l=ja&u=2885

佐伯昭紀教授の研究室ホームページ
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~saeki/cmpc/

用語説明

高分子太陽電池材料

2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹先生らが見出した導電性高分子のように、身の回りにある高分子(プラスチック)とは異なり、電気を流すことができる高分子を使った太陽電池。主に、正電荷を流すp型(positive)半導体の高分子と、負電荷を流すn型(negative)半導体の低分子の混合薄膜で形成される。

人工知能(機械学習)

人間の脳で行っているような知的行動を、コンピュータ内のアルゴリズム(計算手順や処理手順)で行わせるものを人工知能(Artificial Intelligence: AI)と呼ぶ。機械学習(Machine Learning)は、与えられた情報から自動的にパターン学習して特定の処理を効率的に実行するプログラムを作成するための技術・研究分野で、人工知能の一種とみなされている。

マテリアルズ・インフォマティクス

計算科学・実験科学・データ科学を融合させ、帰納的あるいは演繹的な材料設計を通じて、求める機能・性能を満たす材料を効率的に探索する学問分野。

高分子・非フラーレン太陽電池

炭素が60個集まってできたサッカーボール状の直径1ナノメートル程度の大きさのフラーレン(可溶性置換基あり)をn型半導体として用い、p型高分子半導体と混合したものを高分子・フラーレン太陽電池と呼ぶ。一方、フラーレンではない低分子をn型半導体として用いるものを、高分子・非フラーレン太陽電池と呼ぶ。後者は近年、性能向上が著しく、注目を集めている。

光電変換効率(変換効率)

太陽電池で光エネルギーを電力に変換する効率。(疑似)太陽光照射下で、電力(電流×電圧)の最大値を、入射太陽光エネルギーで割ることで求められる。

ランダムフォレスト

分類、予測に用いる機械学習アルゴリズム。複数の入力パラメータ群からランダムにパラメータを選び、それらを使って分岐構造を有する決定木に従い結果を判定し、これを複数回繰り返したのちに結果を総合して判断を下す。

相関係数

複数のデータをX軸とY軸にプロットしたとき、それらの相関の程度を表す指標。完璧に正に相関(X値が増えるとY軸も比例して増える方向)であれば1、完璧に負に相関(X値が増えるとY軸は比例して減少する方向)であれば-1、相関が全くなければ0になる。