
ソフトなヨウ素の導入で水分解用光触媒の性能が劇的に向上
人工光合成(太陽光水素製造)の実現に向けた大きな前進
概要
京都大学大学院工学研究科の小川幹太博士課程学生、鈴木肇助教、Chengchao Zhong博士課程学生、坂本良太准教授、冨田修助教、陰山洋教授、阿部竜教授らのグループは、大阪大学大学院工学研究科の佐伯昭紀教授と共同で、ハロゲン層、ペロブスカイト層、フルオライト層の3種の層からなる酸ヨウ化物が、太陽光を用いる水分解(水素製造)用の有望な光触媒となることを初めて見出しました。これまで、ヨウ素を含む化合物は、水中で光を当てると分解してしまい水分解用光触媒として用いることができませんでしたが、本物質では、構造中のペロブスカイト層の存在によって、ヨウ素を導入しても安定性が低下しないことを実証しました。さらに、分極率が高くソフトなヨウ素によって、従来の塩素や臭素化物と比べて、可視光線をより多く吸収し、かつ吸収した光エネルギーを反応に効率よく利用できるようになることで、水分解活性が劇的に向上することを明らかにし、本研究は、ヨウ素を含む材料群が太陽光水素製造を実現するための新たな候補物質となることを示しています。
本研究成果は、2021年5月17日に国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン公開されました。
層状ペロブスカイト化合物へのヨウ素導入による活性向上
背景
太陽光エネルギーを水素などの化学エネルギーに変換する「人工光合成」技術は、太陽電池を用いる光電変換とともに、カーボンニュートラル社会を実現するためのキーテクノロジーとして、世界中で活発に研究開発が進められています。中でも半導体の微粒子を光触媒として用いる水の光分解は、そのシステム構築が簡易で、かつ用いる半導体材料も安価であるために、水素社会実現のための水素製造コストの目標値を十分に達成できることが試算され、その実用化が期待されています。しかし、実用化には最低でも5%程度の「太陽光エネルギー変換効率」が必要とされ、現状では1%程度の効率を、大幅に向上できる材料開発が急務となっています。
太陽光エネルギー変換効率を向上させる戦略は主に2つあり、1つ目は「太陽光中に含まれる光子をいかに多く半導体に吸収させるか」、2つ目は「光吸収によって半導体内にできた励起キャリアをいかに効率良く化学反応に利用するか」となります。例えば、ある光触媒が紫外光領域の全光子を吸収し、100%の量子収率(吸収された光子のうち反応に寄与した光子の割合)で水を分解しても、太陽光エネルギー変換効率は最大でも2%程度にとどまります。一方で、可視光領域の600 nmまで利用できれば、最大変換効率は約16%まで向上し、仮に平均の量子収率を30%としても5%程度の太陽光エネルギー変換効率が期待できることになります。
したがって、できれば600 nm程度までの光子を吸収できる「バンドギャップの小さい」半導体材料を用いることが重要となります。しかし、半導体のバンドギャップを小さくすると励起電子の還元力または正孔の酸化力が低下し、多くの場合水分解反応が効率良く進行しません。さらには、バンドギャップ縮小により「材料の安定性が低下する」というトレードオフの関係があり、実際に可視光吸収を有する半導体材料の多くは、水中で光照射を行うと「半導体自身が正孔で酸化されて分解もしくは不活性化」してしまいます。これまで、これらの問題が可視光を用いた光触媒水分解の実用化を困難にしてきました。
研究手法・成果
上記の背景のもと、「可視光吸収特性」と「安定性」を両立した半導体材料の開発が、我が国を筆頭に世界中で進められてきましたが、未だに可能性のある材料は数例しか見出されていません。そのなかで、我々の研究グループでは、層状酸ハロゲン化物に注目して研究を進め、特にハロゲンとして塩素(Cl)または臭素(Br)を含むいくつかの化合物(例:Bi4NbO8Cl, PbBiO2Cl)が、その特殊なバンド構造に起因して、上記2条件を満たす有望な光触媒材料であることを報告してきました。しかし、それらの化合物の吸収波長は最大でも500 nm程度にとどまっており、さらなる吸収波長領域の拡張に注力してきました。
塩素または臭素以外のハロゲンの候補として、ヨウ素(I)が挙げられます。例えば次世代太陽電池として期待されているペロブスカイト型太陽電池では、ヨウ素(ヨウ化物イオン)の存在がバンドギャップ縮小と量子収率向上の鍵となっています。しかし、ヨウ素を含む化合物は一般的に安定性が十分ではありません。水分や酸素から隔離された太陽電池の場合とは異なり、半導体粒子を水中に分散させて用いる光触媒系では、この不安定さが深刻な問題となります。実際に、塩素や臭素の代わりにヨウ素を導入した材料系を水分解用光触媒として適用すると、やはりヨウ化物イオンの自己酸化が優先的に進行するため、活性を示しませんでした(図1a)。
そこで本研究では、従来の酸ヨウ化物の不安定さの本質に迫り、それが価電子帯の構成にあることを明らかにした上で、これを打破する戦略を模索しました。我々は、ヨウ化物イオンの高い分極率、すなわち「ソフトさ」に着目し、これを利用して化合物中の酸素アニオンのエネルギーを上昇させ、光吸収によって生成した正孔がヨウ化物イオンではなく酸素アニオンに局在化するバンド構造(図1b)を実現することで、ヨウ化物イオンの自己酸化が防がれ、水の酸化(酸素生成)が安定に進行することを実証しました。
今回見出した酸ヨウ化物(組成式:Ba2Bi3Nb2O11I、図1c)は、ハロゲン層、ペロブスカイト層、フルオライト層の3種類の層が規則的に積み重なった層構造を有し、特にこのペロブスカイト層の存在が上記の戦略達成に重要な役割を果たしていることが、量子化学計算などから明らかとなりました。「ソフトな」ヨウ素の導入によって、塩素および臭素の場合と比較して、バンドギャップが狭くなり540 nm程度まで吸収が拡張されるとともに(図2a)、光吸収で生成した励起キャリア(励起電子と正孔)が再結合して消失するまでの時間(寿命)も大幅に伸びることが最新の分光計測で明らかになりました(図2b)。これら2つの特性向上が合わさることで、ヨウ素体は、塩素体や臭素体に比べて際だって高い水分解活性を示すことを見出しました(図2c)。
図1. 光触媒反応の概略図。従来の酸ヨウ化物(a)では、光照射によって価電子帯に生成した正孔によって、ヨウ素が自己酸化してしまうため、水分解用光触媒としては利用できなかった。一方、本研究で見出した酸ヨウ化物(b)では、価電子帯の上端が酸素の軌道で占められており、安定に光触媒として機能する。結晶構造内のペロブスカイト層(c)が、この安定性をもたらすことが明らかとなった。
図2. 層状ペロブスカイト酸ハロゲン化物へのヨウ素の導入が、光吸収能(a)、励起キャリアの寿命(b)、光触媒活性(c)に与える影響。ヨウ素の導入により、より長波長の光を吸収できるだけでなく、吸収した光エネルギーを保持できる時間(寿命)が長くなることで、高い光触媒活性を示す。
波及効果、今後の予定
本研究で見出した酸ヨウ化物は、長波長吸収と長キャリア寿命といったソフトなヨウ素がもたらす優れた特性を生かしながらも、これまで最大の課題であった安定性の低下はもたらさない、という革新的な材料であり、今後の可視光水分解用光触媒の新たな開発指針を示したものと言えます。太陽光水素製造の実現には、吸収波長のさらなる拡張(600 nm程度まで)とともに量子収率の向上も重要となりますが、本研究における発見は、ソフトなヨウ素がその両者を同時にかなえる可能性を秘めていることを示唆していると考えています。
また、今回見出したヨウ化物は、ハロゲン層、ペロブスカイト層、フルオライト層の3種の層から構成されるSillén–Aurivillius化合物の1つであり、本化合物群は、層の種類や積み重ねる順番を変えることにより、ほぼ無限とも言えるバリエーションを有しております。今後、層状ヨウ化物の系統的な検討と理解を通じて、その高性能化指針を明らかにし、新規物質を合成することで、人工光合成(太陽光水素製造)の実現に寄与できるものと期待しております。さらに本研究で得た「ソフトなヨウ素のもたらす効果」は他のアニオンを含んだ材料の設計にも重要であり、例えばソフトな硫黄を含む物質もその不安定さを解決出来る可能性も秘めています。
研究プロジェクトについて
本研究成果は、JSPS科研費(20H00398、17H06439、20200004)、JST CREST、JSPS特別研究員研究奨励費(19J23357)、池谷科学技術振興財団、東電記念財団、産総研・京大エネルギー化学材料オープンイノベーションラボラトリの支援を受けて行われました。
<研究者のコメント> 光触媒というと酸化チタン(TiO2)を思い浮かべる人が多いと思います。しかし、TiO2は太陽光のうち紫外光しか吸収できないという点から、近年では、太陽光の大部分を占める可視光を吸収できる材料への転換が図られています。特に最近では、酸素以外のアニオン(硫黄、窒素、塩素)を含む化合物が、可視光を吸収する材料として着目されていますが、安定性に課題があるなど「これ」という決定的な材料の発見には至っていません。この研究は、これまで水分解光触媒として使われてこなかったヨウ素を含んだ化合物が、可視光を吸収し安定に機能する有望な光触媒材料群となる可能性を示し、人工光合成にブレイクスルーをもたらすのではないかと考えています。
<論文タイトルと著者>
タイトル:“Layered Perovskite Oxyiodide with Narrow Band Gap and Long Lifetime Carriers for Water Splitting Photocatalysis”(狭いバンドギャップと長いキャリア寿命を有する層状ペロブスカイト酸ヨウ化物水分解用光触媒)
著 者:Kanta Ogawa, Hajime Suzuki, Chengchao Zhong, Ryota Sakamoto, Osamu Tomita, Akinori Saeki, Hiroshi Kageyama, Ryu Abe
掲 載 誌:Journal of the American Chemical Society DOI:10.1021/jacs.1c02763
用語説明
- バンドギャップ
結晶のバンド構造において、電子が存在することができない領域のこと。特に、半導体・絶縁体では、電子が充満している最も高いエネルギーバンドの頂上から、最も低い空のエネルギーバンドの底までのエネルギー準位を指す。バンドギャップが小さくなると、より長波長側の光を吸収できるようになる。
- 価電子帯
半導体・絶縁体のバンド構造のうち、価電子によって充満された帯域のこと。光吸収により価電子が空の伝導帯へと励起され、価電子帯には正孔が残る。光触媒上では、励起電子が還元反応に、正孔が酸化反応に使われることで水の分解などの化学反応が進行する。
- Sillén–Aurivillius化合物
フルオライト層([Bi2O2]など)、ペロブスカイト層、ハロゲン(もしくはカルコゲン)層の3つの異なる層の積層からなる層状化合物の総称。