光の「色」で電圧が変化する新現象を発見! 独自の塗布型光電変換デバイスで
フィルタを使わず色を見分ける新技術
研究成果のポイント
- アンチモン系塗布型半導体を用いた接合素子において、照射光の色(波長)によって素子の出力特性、特に電圧が大きく変化する新現象(WDPE)を発見
- さらにWDPEが、酸化チタン, SbSI, 一部の有機半導体から成る接合構造において特異的に発現することを見出した。
- これまでの光電変換素子 (太陽電池やフォトダイオード)では原理上、光の強さに対する応答性はある一方、光の色(波長)に対する応答性はなかった。
- 光センシングやイメージセンシングへの応用に期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の西久保綾佑助教、佐伯昭紀教授らの研究グループは、独自に開発してきたアンチモン(Sb)系半導体を用いた塗布型デバイスにおいて、照射波長(光の色)に応じて出力特性、特に電圧がダイナミックに変化する新現象を世界で初めて発見しました。本現象をWDPE (wavelength-dependent photovoltaic effect)と命名し、その詳細な挙動と電気的機構を明らかにしました。
複数の半導体接合からなる光電変換素子は、太陽電池や光感応素子として、身の回りで使われている非常に重要な技術です。特に近年はIoT社会の実現に向け、様々なセンサの高機能化や小型化・薄膜化が求められています。光センサも、高機能化に向けた“波長選択性”や“波長識別機能”の開拓が行われています。しかし、波長選択(特定の波長域、すなわち色域にのみ高い感度を有すること)は多くの報告例がある一方、波長識別はほとんど報告がありませんでした。光電変換素子の出力特性を記述するShockleyダイオードモデルにおいても照射波長の影響は含まれておらず、原理的に困難でした。
今回、西久保助教・佐伯教授らの研究グループは、独自の塗布プロセスにより作製したアンチモン・硫黄・ヨウ素(SbSI)素子およびSbSI:硫化アンチモン(Sb2S3)複合素子(図1)において、光の波長に応じて出力電圧が可逆に降下/回復する新現象を見出しました。さらに本現象が、酸化チタン, SbSI, 一部の有機半導体から成る接合構造において特異的に発現することを見出し、本現象の電気的機構を明らかにしました。本研究が発展すれば、光センサの高機能化や小型化・薄膜化への応用も期待できます。
本研究成果は、ドイツ科学誌(Wiley-VCH)「Advanced Functional Materials」に、6月29日(水)に公開されました。
図1. 波長応答性を示したSbSI:Sb2S3素子
研究の背景
光エネルギーを吸収して電力を生成する光電変換素子は、持続可能なエネルギー源である太陽電池や、光センサやイメージセンサに用いられるフォトダイオードとして重要な技術です。これまで、シリコンや無機半導体を用いた光電変換デバイスが実用化されてきました。一方、これらの材料は高コストな高温・真空プロセスを用い、また高重量・柔軟性の乏しさといった問題があることから、塗布プロセスで作れる有機太陽電池や鉛ペロブスカイト太陽電池の研究が盛んに行われています。しかし、これまで多くの光電変換素子が開発されてきましたが、単一の素子で照射波長によって出力特性が可逆変化するものは実現されませんでした。現在、イメージセンサの高解像度化のため、液晶フィルタによるピクセル多色化技術があります。しかし、厚みの大きい液晶フィルタを用いず単一素子で色が識別できるようになれば、デバイスの小型化・薄膜化につながると期待できます。
p-i-n型光電変換素子は、光を吸収して正電荷と負電荷を生成するi層、正電荷をi層から取り出し電極へ運ぶp層、負電荷をi層から取り出し電極へ運ぶn層から成ります(図2左)。p層は主に有機半導体、i層は鉛ペロブスカイト材料や無機材料、n層は酸化チタンなどの無機半導体がよく用いられます。光電変換素子の電流–電圧(JV)出力特性はShockleyダイオード式が与える曲線で記述され(図2右)、光の強度にしては、出力電流密度(短絡電流密度JSC)と比例関係にあります。一方で波長に関する記述はなく、実際これまでのp-i-nデバイスでは波長の識別機能は発現しませんでした。
西久保助教・佐伯教授らのグループでは、これまでビスマス(Bi),Sb系光電変換材料の探索とプロセス開発を行い、独自プロセスにより成膜したSbSIやSbSI:Sb2S3複合膜において特に優れた光電変換特性(変換効率2.91%, 2020年発表)を報告しています。この研究の中で偶然、このデバイスが光の波長によって異なる出力電圧(開放電圧)を示すことを発見しました。本現象(WDPE)は既存のモデルに沿わない新現象であり、さらに単一素子で色識別ができれば光センサとしても有用性があると考えられます。
図2. p-i-n型素子の構造(左)と、電流-電圧特性(右)。
研究の内容
研究グループは、SbSIおよびSbSI:Sb2S3素子において新奇波長応答現象(WDPE)を世界で初めて発見し、多様な電気測定を駆使してWDPEの詳細な挙動や電気的な機構を明らかにしました。本研究で用いたデバイスは、照射波長の変化(紫外~可視光)により可逆的に出力電圧が変化します。図3は紫外光(波長375 nm)と可視光(波長515 nm)の光を、強度比を変えながら同時照射したときのJV特性です。(光の波長と色については図4も参照。) 紫外成分が多くなるにつれ開放電圧(図2)が大きく降下しているのが分かります。このような照射波長によるJV特性の変化は過去にありませんでした。また従来素子と同様、光強度によって短絡電流値(図2参照)が変化するため、光強度の識別も可能です。ゆえに、光の波長と強度の両方を一つの素子で感知することができます。また、上記の図3では375, 515 nmの波長の光を用いていますが、紫外から可視域まで連続的に波長を変えた場合、開放電圧の変化幅も連続的に変化することも分かりました。よって、様々な波長の光を見分けられると考えられます。
以上のようにWDPEの特性を明らかにしていきましたが、より詳細な機構についても解析を行いました。様々なデバイス接合の検証や時間分解測定を行うことで、本現象の電気的機構を調査した結果、酸化チタン/SbSI(SbSI:Sb2S3)/有機半導体接合において、短波長光の照射によって接合界面に電荷トラップが一時的に形成されることでWDPEが発現する機構を見出しました。この機構は、新たなデバイス駆動原理として興味深い発見です。
ここまでWDPEの挙動とその機構について調べてきましたが、不明な点や課題点もあります。不明な点としては、短波長光の照射によって素子内でどのような化学変化が起こっているかは明らかではありません。また波長応答には0.5~数秒の時間が必要であり、この応答時間を短くすることが必要です。これらの不明点・課題点を解決していくことで、WDPEの有用性を大きく向上できます。
図3. SbSI:Sb2S3素子の紫外光・可視光同時照射によるJV特性変化。
図4. 光の波長と対応する色。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、従来のフォトダイオードでは成しえなかった波長応答性を実現し、光センサやイメージセンサの高機能化・小型化といった応用が期待されます。本現象はデバイス駆動原理として基礎的に新しく、また新たなセンサデバイスとしてIoT技術の発展を後押しするものでもあります。また、本研究で注目したSbSI系デバイスは、独自の塗布プロセスで簡単に作ることができ、鉛やカドミウムのような毒性の高い元素を含まないため、社会親和性もあるといえます。一方、SbSI膜の品質には改善の余地も多く、成膜プロセスの改善により光電変換性能が向上すれば、次世代太陽電池としても期待ができます。
特記事項
本研究成果は、2022年6月29日(水)にドイツ科学誌(Wiley-VCH)「Advanced Functional Materials」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Unprecedented Wavelength Dependence of an Antimony Chalcohalide Photovoltaic Device”
著者名:Ryosuke Nishikubo, Shaoxian Li, and Akinori Saeki
DOI:https://doi.org/10.1002/adfm.202201577
なお、本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「動的エキシトン」(20H05836)、研究活動スタート支援(21K20558)、JST戦略的創造研究推進事業CREST研究「未踏物質探索」(JPMJCR2107)の一環として行われました。
参考図1
参考図2
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- アンチモン系塗布型半導体
アンチモンと呼ばれる金属元素を含む半導体材料。近年太陽電池材料として注目されている。
- 光電変換素子
光エネルギーを電気エネルギーに変換するデバイス。複数の半導体や金属電極を積層して作る。太陽光発電で使われるシリコン太陽電池など。
- イメージセンシング
非常に小さな光センサを大量に敷き詰めることで写真や映像を撮ること。デジタルカメラなどで用いられている。基本的に一つ一つの光センサは、三原色(青・緑・赤)のうちいずれか1つを感知するようになっている。(つまり、1ピクセル1色。)(参考図1)
- 照射波長
光は“波”としての性質をもっており、波の山から山(あるいは谷から谷)への長さが波長である。可視光の波長は400~700 nm程度(nm: ナノメートルと読む。1 nm = 10億分の1 メートル)(参考図2)
- IoT
Internet of Thingth 「モノのインターネット化」という。家や自動車、工場の生産ラインなど様々なモノ、あるいはヒトにセンサーを組み込み情報を得ることで、遠隔での監視や制御を行ったり、蓄積したデータから未来予測ができるようになる。
- Shockleyダイオードモデル
ノーベル物理学賞受賞者William Shockleyが構築したダイオードの電気特性に関する理論。ダイオードは、片方向にのみ電流を流す電子素子。光電変換素子もダイオードの一種であり、このモデルによって電気特性を記述できる。
- 液晶フィルタ
液晶に電気刺激を加えることで、光の透過波長を制御できるフィルタ。イメージセンサのフィルタとして用いることで、1ピクセルで複数色を感知できるようになり解像度が上がるが、厚みが非常に大きい。
- 開放電圧(VOC)
光電変換素子に光をあて、プラス極とマイナス極に電圧計をつないだときに得られる電圧値(この時の電流値はゼロ)。例えば一般的な乾電池では1.5Vである。
- 電荷トラップ
半導体材料において、原子の欠陥(あるべき原子が無い状態)などがあると、そこに、光によって生成した正電荷または負電荷が捕まってしまうことがある。その結果、素子内部でエネルギーロスを起こすことになり、電流値や開放電圧が降下する原因となる。電荷トラップの場所(材料内部か接合界面)によって電流値や開放電圧への影響が変わってくる。