コロナ禍で“変容する私たち” 心を動かす「状況の力」を紐解く心理学
人間科学研究科 教授 三浦麻子
想像して欲しい――新しい靴を履いた日。電車に乗るあなた。外は、天気もよく涼しそう。予定までは時間もある――予定を変更して、目的の駅の手前で降りて歩く人、前から気になっていた店に寄り道する人もいるのではないだろうか。私たちの心理や行動は、良くも悪くも周囲の状況にあわせて柔軟に変化する。そう、良くも悪くも。例えば、事故や災害は、私たちのストレスを一気に高めてしまいかねない状況だ。 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大は社会の状況を大きく変えた。たまたま感染してしまった人が周囲から非難され、後ろめたい思いを抱いてしまうのはなぜなのか。恐怖や不安といった負の感情に、私たちはどう対処すればよいのだろうか。「状況の力」は人の心を動かす。このメカニズムを探究する三浦麻子教授に、社会心理学を通じて見えてきたコロナ禍に置かれた私たちの特性、よりよく生きるヒントを聞いた。
感染を「自業自得」と思う日本人
COVID-19の感染流行の早期には、感染者が出た医療機関、介護施設、大学などに対する誹謗中傷、インターネット上での感染者捜しや個人情報の拡散といった人権侵害が起きた。今なお続く感染症に対する忌避の感情や不安は、処罰感情や差別、偏見につながっていないだろうか。
「コロナ感染は自業自得だ」――日本では他国に比べてこのように思う人が多いという。
三浦教授は2020年に続き、21年3月に、日本と海外の計5か国でそれぞれ約400名を対象に調査した。「コロナウイルスに感染する人は、自業自得だと思う」との考えについて、「非常にそう思う」から「まったくそう思わない」まで6段階で尋ねた。この考えを肯定した人は、アメリカ、イギリス、イタリアの欧米3カ国では2~5%台、中国は3.48%なのに対し、日本では17.25%。明確な差があった。
ある人に起こった不運な出来事を、「自分はあんなことにはならない」と思いたいがゆえに、その人の過去の道徳的失敗のせいにして非難することがある。心理学で「内在的公正推論」と呼ばれる心の動きについて、三浦教授は「以前日米で行った調査でも同様の傾向がみられたので日本でその傾向が強いことは予想していましたが、特に欧米の数値が非常に低いことに驚きました」。その理由については、「『そのようなことを言ってはいけない』という宗教的規範が背景にあるのではないか」と推論する。
全てが研究のきっかけに
この「自業自得」の研究はさまざまなメディアに取り上げられ話題となったが、三浦教授は他にもコロナ禍における社会心理を研究している。
例えば、COVID-19の感染拡大が世界規模で進みつつあった2020年1月末から継続して、広範なパネル調査(一定期間を置いて同じ人に同じ質問をする調査)を実施し、調査結果をWeb上でも公開している。「今何が起きているのか、もしくは起きていないのか。データがないと何も言えません。データをみると、まだ日本国内では今ほど感染が拡大していなかった20年1月末から3月までの時点で、既に強く感染を恐れる高い緊張状態にあったことが分かります」。調査からは、感染を避けたいという気持ちの強さが、外国人に対するネガティブな態度と関連があることも明らかになった。
その緊張状態は高いまま2021年になっても続いているという。「今後、『平時に戻った』といえる状況まで観察すれば、感染脅威にさらされた時の社会心理がより浮かび上がってくるはず。早くその日が来てほしいですね」と話す。
私たちの心理は次々と変化する社会状況に影響を受け続けている。「社会心理学で「状況の力」を検証する時は、参加者に実験室に来ていただき、人工的に特定の状況を作り出してデータを集めることが多いです。しかし、COVID-19は世界をガラッと変えてしまった。つまり、自然に「特定の状況」が生まれたわけです。『今、研究せずにいつするんだ』という心境ですね」。あらゆる状況の変化が研究のきっかけになる。
SNSはそもそも「お気持ち」を共有するもの
これまでにも2011年の東日本大震災直後、Twitterに投稿された情報を分析し、緊急事態でのSNSは不安を訴える投稿が多くなされること、そして強い不安を伴う投稿は極めて強い伝播性を持つことを明らかにしている。
「簡単にいうとSNSは『お気持ち』を共有するもの。強い感情、特に恐怖や不安といった負の感情が共有されやすいメディアです。そして、負の感情にとらわれていると人は冷静な判断をしにくくなることも意識しておくべきです」。虚偽情報を含め、あふれる情報の選択に迫られたあの時の状況は、コロナ禍の現状にも通じる。
よりよく生きるために:心理学からの処方箋
社会的接触を減らそうと生活する中で、私たちは少なからず心身にストレスを抱えている。そんな状況に対して、心理学は対処法を教えてくれもする。
三浦教授らは、日本心理学会のホームページで一般の人向けにストレスマネジメントの方法などを発信。「新たにテレワーク(在宅勤務)をする人へ」「社会的距離を保つよう、感じよくお願いする方法」など幅広い視点から、アドバイスを送っている。
また、大阪大学の「感染症総合教育研究拠点」では科学情報・公共政策部門の一員として、正しい情報発信について一般の人々、行政向けに提言していく役割も担う。
社会心理学は、人々の行動をデータとして可視化し、行動の変容に役立てることができる。コロナ禍で起きた感染者や外国人への差別や偏見について、三浦教授は「結核やハンセン病患者に対するそれと同じ構図」だと指摘する。「私たち人間は残念ながらできが悪い。だからといって『人間とはそういうものだから仕方ない』で終わらせてはいけない。多くの人たちがなるべく幸せに生活できるようにすべきだと私たちが望むなら、その性質を自覚した上で少しでも頑張らないと、できが悪いままなんです」。
先の見えない不安の渦中に生きる私たちにとって、自分たちを知ることは、よりよく生きるための道標となるだろう。
三浦教授にとって研究とは
息をするように自然なこと。自己表現であり、生きていることの証し。
●三浦麻子(みうらあさこ)
大阪大学大学院人間科学研究科教授。
1992年大阪大学人間科学部卒業、95年大阪大学大学院人間科学研究科博士課程退学。神戸学院大学人文学部准教授、関西学院大学文学部教授などを経て、2019年4月から現職。博士(人間科学)。感染症総合教育研究拠点を兼任。専門は社会心理学。
(本記事の内容は、2021年9月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです )
(2021年7月取材)