結晶欠陥の表裏一体関係の起源

結晶欠陥の表裏一体関係の起源

柔らかい幾何学による並進・回転欠陥の新しい見方

2025-7-17工学系
基礎工学研究科教授垂水 竜一

研究成果のポイント

  • 並進と回転を特徴とする二つの異なる結晶欠陥の間に指摘されてきた等価性の起源を解明
  • これまで、二つの欠陥を包括する理論的枠組みの整備は十分進められておらず、両者に同等のひずみ場が現れる根本的なメカニズムは未解明だった
  • 柔らかい幾何学「リーマン・カルタン多様体」に基づく統一理論の整備を進め、この課題を解決
  • 両者を幾何学的な共通の物差しで整理することが可能となり、近年注目されている回位による材料強化を理解する土台としての応用に期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の小林舜典助教、大学院生の武政勝己さん(当時博士前期課程)、垂水竜一教授らの研究グループは、結晶中の「刃状転位」と「くさび回位」が等価なふるまいを示す仕組みを明らかにしました。両者は、規則的な原子配列からなる結晶に含まれた不規則な欠陥構造です。

欠陥の周囲に生じるひずみ場は結晶の強度や靱性を左右するため、材料科学分野での重要な研究対象とされています。これまで、一列に並んだ刃状転位の端部にくさび回位と同等のひずみ場が現れることは知られていましたが、その根本的なメカニズムは不明でした。

今回、研究グループは空間を柔軟にゆがませることのできる幾何学「リーマン・カルタン多様体」に基づく結晶欠陥理論の整備を進め、両者がアフィン接続と呼ばれる幾何学的構造のみで区別され、それ以外の骨組みが同一となることが、ひずみ場の等価性の起源であることを明らかにしました。さらに、同じ考え方は単独の刃状転位にも適用でき、正負のくさび回位双極子モーメントとして再解釈できることが分かりました。本成果は、優れた特性を持つ新しい結晶材料の設計方針に活用できると期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Royal Society Open Science」に、7月16日(水)8時(日本時間)に公開されました。

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図1. 単独の刃状転位と表裏一体の関係にある正負のくさび回位双極子モーメント。凸が並進型欠陥の刃状転位を、三角形が回転型欠陥のくさび回位を表し、曲線はくさび回位の計量を特徴づける変形場の様子を示している。本研究ではアフィン接続の差し替えにより、単独の刃状転位がくさび回位の双極子モーメントとなることを示した。

研究の背景

金属やセラミクスなどの結晶性材料は理想的には原子が規則的に並んだものですが、実際には多数の不規則性=結晶欠陥を抱えています。一次元の線状欠陥は、原子面が横にずれて生じる転位と、結晶の一部が回転して生じる回位に大別され、さらに刃状・らせん転位、くさび・ねじれ回位へと細分されます。転位は塑性変形を支配するため、古くから精緻な理論と豊富な実験結果が蓄積されてきました。回位は液晶などの配向性を持つ材料ではしばしば見られますが、結晶での直接観察の例は少なく、その研究は立ち遅れていました。ところが近年、結晶回位による材料強化の可能性が検討され始め、転位と回位を同じ視点で扱える統一的な結晶欠陥理論の確立が急務となっています。たとえば、刃状転位が整列すると、列の末端にくさび回位と等価なひずみ場が現れる現象は知られていたものの、その詳しいメカニズムは未解明でした。

研究の内容

研究グループは、転位や回位などを扱う結晶欠陥理論を、柔軟にゆがんだ空間を表すリーマン・カルタン多様体の視点から体系的に見直しました。リーマン・カルタン多様体では、転位や回位などの結晶の不規則性を、捩率と曲率という空間自体のゆがみとして表現できます。今回、研究チームは欠陥を作る標準操作「ボルテラ過程」をこの幾何学の視点で捉えなおし、転位と回位の体系的な解析を行いました。すると、刃状・らせん転位が捩率型、くさび回位が曲率型、ねじれ回位が捩率と曲率を併せもつ混合型の欠陥として整理できることを示しました。

次に、研究グループは不明瞭であった刃状転位とくさび回位の関係を探る解析を進めました。その結果、結晶のひずみ場を規定する計量を変えずにアフィン接続だけを差し替えることで、捩率型の刃状転位列を曲率型のくさび回位へと写せることが分かりました。たとえば同じ風景を撮影しても、フィルターを変えると写真の雰囲気が一変します。ここではアフィン接続の付け替えがフィルターの切り替えに相当し、共通の骨組み(計量とひずみ場)を、別の欠陥として映していると解釈できます。さらに、同じ考え方を単独の刃状転位に適用すると、従来から指摘されてきた「正負のくさび回位の双極子モーメント」として表現できることが確認されました。こうして、経験的に語られてきた転位と回位の関係を、統一的なリーマン・カルタン多様体の枠組みの中で自然に説明できるようになりました。以上の結果により、結晶のずれと回転という一見異なる特徴をもつ転位と回位は、実はコインの表裏のような表裏一体の関係にあるという視点が得られました。

このような理論解析結果は、本来、実験的な裏付けを必要とします。ところが、現実の結晶材料では回位の直接観察例が限られているという課題があります。そこで研究グループでは、得られた結果に対して複素関数解析やひずみ場の導出などのさまざまな角度からの理論的検証を進め、結果の妥当性を確認しました。特に、この検証の過程で用いたリーマン・カルタン多様体におけるホロノミーという操作は、結晶の変形過程で生じる複雑な転位の集合組織に含まれる「等価な回位」を算出する道具としての活用が期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究の成果により、転位と回位を幾何学的な共通の物差しで整理することが可能となりました。鉄鋼やアルミニウム合金など現代社会を支える構造材料では、結晶内部の欠陥が強度を決定づけます。また、回位による結晶の強化が注目され始め、優れた特性をもつ材料の新しい設計指針としての活用が検討されています。本研究の成果は、こうした新しい設計指針の理論的土台として活用できるものと期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年7月16日(水)8時(日本時間)に英国科学誌「Royal Society Open Science」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Revisiting Volterra defects: Geometrical relation between edge dislocations and wedge disclinations”
著者名:Shusuke Kobayashi, Katsumi Takemasa and Ryuichi Tarumi
DOI:https://doi.org/10.1098/rsos.242213

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(課題番号:JPMJPR1997)、および日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:JP23K13221, JP24K00761)の支援を受けて実施されました。

参考URL

垂水研究室 Webページ
https://nonlinear-solidmechanics.org/

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

結晶欠陥

理想的な結晶は規則的な原子配列からなるが、現実的には原子配列の規則性を破る様々な欠陥が多数内在している。原子配列の並進対称性を破る転位と、回転対称性を破る回位はその代表例である。いずれも対称性の破れた領域が線状に連なった線欠陥に分類される。

リーマン・カルタン多様体

平坦なユークリッド空間でのベクトルの内角(計量)と平行移動操作(アフィン接続)を一般化した空間の一種で、微分幾何学という数学を土台としている。空間の幾何学的な特徴は捩率と曲率という構造に代表される。結晶欠陥理論への応用は我が国の研究者である近藤一夫や甘利俊一らによって1950年代から進められた。この空間では転位を捩率、回位を曲率として表現することができる。

アフィン接続

リーマン・カルタン多様体上のベクトルの平行移動を記述する幾何学的構造。通常の平坦なユークリッド空間では、ベクトルを平行移動しても向きも大きさも変わらないが、リーマン・カルタン多様体上ではこれらが変化しうる。アフィン接続がその特性を決定している。

ボルテラ過程

結晶中の線状欠陥を理論的に表現する際に使われる操作。欠陥のない完全結晶の一部を切断し、切断面を相対的に動かした後で再接合するもの。切断面を平行にずらすことで転位を、ある軸周りに回転移動させることで回位を表現することができる。