重症新型コロナウイルス感染症の再増悪因子の解析
リンパ球数・ウイルス抗体価は再増悪を予測する
研究成果のポイント
概要
大阪大学医学部附属病院の足立雄一医員、大学院医学系研究科 白山敬之助教(呼吸器・免疫内科学)、加藤保宏特任助教(常勤)、内山昭則准教授(麻酔集中治療学)、熊ノ郷淳教授(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、人工呼吸管理を要する重症新型コロナウイルス感染症において、リンパ球数およびウイルス抗体価が、人工呼吸器離脱後の呼吸不全の再増悪に関与している可能性を見出しました。
新型コロナウイルス感染症は、約20%で重症化し、人工呼吸管理が必要となる患者さんも多くみられます。人工呼吸器を装着した患者さんは、病状が改善し、呼吸サポートが不要と判断されれば人工呼吸器から離脱となります。しかし、一旦病状が改善したにもかかわらず、呼吸器離脱後に再び呼吸不全に陥るケースが一部に存在し、これを「再増悪」といいます。新型コロナウイルス感染症に起因する炎症が、水面下でくすぶり続けている可能性が考えられますが、現時点で再増悪を予測することは困難です。既報では、リンパ球数やウイルス抗体価が重症化や死亡率に関与することが報告されていますが、これらの因子が新型コロナウイルス肺炎の再増悪に関わるかどうかはこれまで明らかになっていませんでした。
今回、研究グループは、人工呼吸管理を要した重症新型コロナウイルス肺炎の患者さんのリンパ球数およびウイルス抗体価を解析し、これらが両方とも低値の患者さんは呼吸器離脱後の再増悪のリスクがあることが示唆されました(図)。ウイルス抗体価のなかでも、ウイルスがヒト細胞内へ侵入するのをブロックすると考えられる抗体(スパイクタンパク、受容体結合ドメインに対する抗体)が十分に産生されることが、病状の安定化に最も重要であることが示唆されました。
本研究成果により、ウイルス抗体価およびリンパ球数の推移をみることで、重症新型コロナウイルス感染症における潜在的な炎症のくすぶりをとらえることができ、今後の重症患者に対する治療戦略の構築に寄与する可能性が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Journal of Infection」オンライン版に、2021年1月24日(日)に公開されました。
図 再増悪の有無と抗体価・リンパ球の関係
青は再増悪なし、赤は再増悪ありを示す(うち△は血液PCR陽性者)。
呼吸不全が再増悪した患者さんは、抗体価・リンパ球数がいずれも低値であることがわかります。
研究の背景
新型コロナウイルス感染症は世界中に広く蔓延しています。臨床上の問題点として、呼吸状態が急速に悪化しうること、死亡率が高いことなどが挙げられます。さらに、一部の報告においては、一時的な回復後に再び病状が悪化する可能性が指摘されていますが、現在のところ再増悪を予測することは困難です。これまでの報告では、リンパ球数やウイルス抗体価は重症化や死亡率に関与することがいわれております。しかしながら、これらの因子と新型コロナウイルス肺炎の再増悪との関係はこれまで明らかになっていませんでした。
本研究の成果
本研究グループは、人工呼吸管理を要した重症新型コロナウイルス肺炎の患者さんのリンパ球数および新型コロナウイルスに対する抗体価を解析しました。ウイルス抗体価は、新型コロナウイルスのスパイクタンパク、受容体結合ドメイン、ヌクレオカプシドタンパクに対する抗体価を測定しました。その結果、人工呼吸器離脱時点でのウイルス抗体価およびリンパ球数が両方とも低値である患者さんにおいて、離脱後の再増悪がみられました。抗ウイルス抗体のなかでも、ウイルスがヒト細胞内へ侵入するのをブロックしてくれると考えられる抗体(スパイクタンパク、受容体結合ドメインに対する抗体)の十分な産生が、病状安定化に最も重要であることが示唆されました。新型コロナウイルス感染症において、一旦改善後の潜在的なくすぶり炎症を反映する指標として、ウイルス抗体価およびリンパ球数は有用である可能性が示唆されました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、重症新型コロナウイルス肺炎における病勢の再増悪が、ウイルス抗体価およびリンパ球数と関連している可能性が示唆されました。本研究は少数例の予備的検討であるが、ウイルス抗体価およびリンパ球数の推移をみることで、潜在的な炎症のくすぶりをとらえることができ、今後の重症患者に対する治療戦略の構築に寄与する可能性が期待されます。
特記事項
本研究成果は、英国科学誌「Journal of Infection」(オンライン版)に、2021年1月24日(日)に掲載されました。
【タイトル】
Predicting recurrence of respiratory failure in critically ill patients with COVID-19: A preliminary study
【著者名】
Yuichi Adachi1, Takayuki Shiroyama1*, Yuta Yamaguchi1, Teruaki Murakami1, Haruhiko Hirata1, Saori Amiya1, Takayuki Niitsu1, Yoshimi Noda1, Reina Hara1, Takatoshi Enomoto1, Takayoshi Morita1, Yasuhiro Kato1, Akinori Uchiyama2, Yoshito Takeda1, Atsushi Kumanogoh1
(*責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 麻酔集中治療医学教室
参考URL
医学系研究科 呼吸器・免疫内科学HP
http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/
用語説明
- スパイクタンパク
新型コロナウイルスの表面にあるとげ状のタンパク質を指します。スパイクタンパクがヒトの細胞表面に結合しウイルスが侵入します。
- 受容体結合ドメイン
受容体結合ドメインはスパイクタンパクの先端に位置しており、ヒトの細胞表面と結合しウイルスが侵入します。受容体結合ドメインに対する抗体が、ウイルスを中和させる能力があるといわれています。
- ヌクレオカプシドタンパク
新型コロナウイルスを形成するタンパク質のひとつで、ウイルスRNAに結合し、ヌクレオカプシドの形成を誘導します。