「コロナ制圧タスクフォース」 COVID-19疾患感受性遺伝子DOCK2の重症化機序を解明
アジア最大のバイオレポジトリーでCOVID-19の治療標的を発見
目次
概要
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)は、流行の始まりから2年経過した現在も社会の脅威であり続けています。これに立ち向かうため、2020年5月に感染症学、ウイルス学、分子遺伝学、ゲノム医学、計算科学、遺伝統計学を含む、異分野の専門家が集まり、共同研究グループ「コロナ制圧タスクフォース」を立ち上げました(参考1、参考2)。コロナ対応の最前線に立つ医療従事者からも大きな賛同を得て全国100以上の病院が参加し、2022年7月末時点で6,000人以上の患者さんのご協力で、アジア最大の生体試料数を持つ研究グループへと発展しました。
コロナ制圧タスクフォースは、このCOVID-19患者検体のゲノム解析を進め、アジアで初めてCOVID-19患者さんと健常者との遺伝子型を網羅的に比較する大規模ゲノムワイド関連解析を実施しました。その結果、免疫機能での重要な役割が知られる「Dedicator of cytokinesis 2(DOCK2:補足1)」と呼ばれる遺伝子の領域の遺伝子多型(バリアント)が、65歳以下の非高齢者における重症化リスクと関連性を示すことを発見しました(参考3)。また、RNA-seq解析、single cell RNA-seq解析一細胞解析、病理解析、細胞実験、動物実験による詳細な解析から、DOCK2がCOVID-19の重症化のマーカーとなるだけでなく、COVID-19の治療標的となることを見出しました。これらの成果は今後の新しい治療戦略につながると考えられます。
本研究成果は、2022年8月8日(英国時間)に国際科学誌『Nature』オンライン版に掲載されました。コロナ制圧タスクフォースは、新型コロナウイルスと闘う患者さんや、医療従事者と共に、新型コロナウイルスの克服、そしてネクストパンデミックに備える社会の公器として、引き続き活動を続けていきます。
コロナ制圧タスクフォースとは
新型コロナウイルス感染症の脅威により、現在も世界中で多くの方が亡くなり、また、回復された方も後遺症に苦しんでいます。このパンデミック克服に「医学」「科学」の観点から貢献すべく、臨床家を始め、感染症医学、ウイルス学、分子遺伝学、ゲノム医学、計算科学、遺伝統計学を含む異分野の専門家が集い、ボランティアの協力も得ながら、2020年5月に、「コロナ制圧タスクフォース」が立ち上がりました。コロナ対応の最前線に立つ医療従事者からも多大な協力を得た結果、発足後わずか6ヶ月で100以上の施設が参加するネットワークが形成されました(図1)。2022年7月末には、当初の目標を遙かに上回る6,000人以上の患者さんから血液検体と臨床データを集積できました。これは、生体試料を持つ新型コロナウイルス感染症のコホート(バイオレポジトリー)として、現在、アジアにおいて最大のものになります。
図1. 全国に広がるコロナ制圧タスクフォースのネットワーク
新型コロナウイルス感染症の重症化に関わるアジア人集団に特有の遺伝子多型(バリアント)の発見
今回、コロナ制圧タスクフォースの研究チームは、新型コロナウイルス感染症に罹患して重篤化し、酸素投与やICU入室が必要となった患者さん、亡くなられた患者さんの遺伝的背景の関与を調べるために、主に第1-3波で集積した約2,400名分のDNAを用いて、ゲノムワイド関連解析を行いました。その結果、日本人の新型コロナウイルス感染症患者では、免疫機能に重要な役割を担うDOCK2という遺伝子領域の一塩基多型(SNP)が、65歳以下の非高齢者において約2倍の重症化リスクを有することを発見しました(図2)。さらに第4波・第5波で収集した約2,400名分のDNAでも、DOCK2のバリアントが重症化リスクとなることを確認しました。また、DOCK2(DOCK2という遺伝子から作られるたんぱく質)はリンパ球の遊走や抗ウイルス活性を有する1型インターフェロンの産生に重要な役割を担っていることが知られており、この点に注目し、さらに解析を進めました。
図2. 日本人集団におけるCOVID-19重症化ゲノムワイド関連解析の成果:日本人COVID-19患者において、5 番染色体上の、DOCK2遺伝子近傍領域(5q35)の遺伝子多型が、65 歳未満の非高齢者において約 2 倍の重症化リスクを有することを発見した。
DOCK2は重症COVID-19のバイオマーカーとなる
次に、実際のDOCK2発現量を調べるためにCOVID-19患者473人の末梢血単核細胞を用いてRNA-seq解析を行いました。すると、COVID-19の重症化リスクとなるアリルを持つ患者さんはそれを持たない患者さんに比べ、また重症の患者さんでは非重症の患者さんと比べ、DOCK2の発現量が低下していました。
また、COVID-19患者61人(健常者31人、重症患者30人)の末梢血単核細胞を用いたsingle cell RNA-seq解析により、DOCK2は単球系の細胞集団で発現が高いことが確認されました。そして、重症COVID-19患者さんでは、健常者と比較して、単球系の細胞集団でDOCK2の発現が特に低下していることが判明しました。
さらに、COVID-19で亡くなられた方の剖検肺を用いてDOCK2の免疫染色によるたんぱく質レベルでの発現解析を行ったところ、COVID-19による肺炎では、一般的な細菌性肺炎に比べて、DOCK2の発現低下が確認されました。
以上のヒト検体を用いた検討から、DOCK2はCOVID-19の疾患感受性遺伝子であるだけなく、重症化のバイオマーカーとなる可能性を見出しました(図3)。
図3. (A)DOCK2リスクアリルを有する65歳未満のCOVID-19患者では、DOCK2発現量が有意に低下していた。(B)COVID-19が重症化するに従い、DOCK2発現量は低下していた。(C)single cell RNA-seq解析により、単球と樹状細胞を5つの細胞種に分類した。(D)DOCK2はCD14+CD16++単球において細胞種特異的に高発現であった。(E)COVID-19患者は健常者と比較して、特にCD14+CD16++単球においてDOCK2発現が低下していた。(F) CD14+CD16++単球において、DOCK2リスクアリルを有するCOVID-19患者では、DOCK2発現量が有意に低下していた。一方、健常者においては、同様の傾向を認めなかった。
SARS-CoV-2感染シリアンハムスターモデルはDOCK2の阻害により重症化
最後に、SARS-CoV-2感染動物モデル(シリアンハムスターモデル)を用いてDOCK2の機能解析を行いました。DOCK2の阻害剤CPYPPをSARS-CoV-2感染シリアンハムスターモデルに投与すると、コントロール群に比べて顕著な体重減少を認め、肺水腫を呈する重症肺炎が引き起こされることがわかりました。さらに、CPYPP投与群ではコントロール群に比べて、鼻腔・肺でウイルス量が増加しており、肺内のマクロファージは減少し、抗ウイルス活性に重要な役割を果たすI型インターフェロン応答は低下している一方、炎症性サイトカインは上昇していました(図4)。以上により、DOCK2は、SARS-CoV-2感染に対する宿主免疫応答に重要な役割を果たしており、その機能を阻害するとSARS-CoV-2感染が重症化することが示されました。
図4. (A)DOCK2阻害剤(=CPYPP)を投与したSARS-CoV-2感染シリアンハムスターモデルは、一般の感染モデルよりも有意に体重が減少していた。(B)DOCK2阻害群は通常群と比較して、6日目以降に肺重量が増加していた。(C)ハムスターの肺病理所見より、DOCK2阻害による炎症細胞の浸潤の増加とマクロファージの遊走障害を認めた。(D)DOCK2阻害群では鼻腔、肺でSARS-CoV-2ウイルス量が高値であった。(E)DOCK2阻害群では I型インターフェロン応答の低下、炎症性サイトカインの上昇を認めた。
今後の展開
本研究では、コロナ制圧タスクフォースが有するアジア最大のCOVID-19検体から、COVID-19の重症化遺伝子としてDOCK2を同定し、各種の機能解析によりDOCK2がCOVID-19の有望な治療標的となる可能性も明らかにしました。今後、DOCK2を活性化する薬剤が新たなCOVID-19の治療薬となることが期待されます。
コロナ制圧タスクフォースでは、同検体の遺伝子発現解析、たんぱく質発現解析、代謝産物の網羅的な解析、免疫応答の解析、ワクチンの開発などが進行中です。新型コロナウイルス感染の克服に向け、新型コロナウイルス感染回復後の長期的な副作用の解析など、今後も引き続き、新型コロナウイルス感染症と闘う患者さんや、新型コロナウイルス感染症診療の最前線に立つ医療従事者と共に、新型コロナウイルス感染症の克服に向けて、最先端の解析技術を用いて、研究活動を続けていきます。
また、新型コロナウイルス感染症制圧に向けた社会へのさらなる貢献を目指して、国の公共データベースを含めて、さまざまな機関と協力体制を広げていく予定です。
今回、コロナ制圧タスクフォースで得られた科学的知見もさることながら、COVID-19という未曽有のパンデミック下で、全国100以上の医療機関が集結して結成されたネットワークはコロナ制圧タスクフォースの唯一無二の財産となっています。今後、予想されるネクストパンデミックにおいて、社会に資する研究活動が展開できるように、よりレジリエントな研究体制の構築を模索していきます。
特記事項
【論文情報】
英文タイトル:DOCK2 is involved in the host genetics and biology of severe COVID-19.
タイトル和訳:DOCK2は重症COVID-19の宿主遺伝と生物学的機能に関与する
著者名:Namkoong H and Edahiro R et al.
掲載誌:Nature(オンライン)
DOI:10.1038/s41586-022-05163-5
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬支援推進事業「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチン開発」、「新型コロナウイルス感染症の遺伝学的知見に基づいた分子ニードルCOVID-19粘膜免疫ワクチンの開発」(研究代表者:金井隆典 慶應義塾大学医学部 内科学(消化器)教授)、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「新型コロナウイルス感染症の重症化阻止を目指した医薬品・次世代型ワクチン開発に必要な遺伝学・免疫学・代謝学的基盤研究の推進」(研究代表者:福永興壱 慶應義塾大学医学部 内科学(呼吸器)教授)、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「新型コロナ変異ウイルスに対する遺伝学的、免疫学的、代謝学的病態解明および治療戦略の策定」(研究代表者:福永興壱 慶應義塾大学医学部 内科学(呼吸器)教授)、新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)、「新型コロナウイルス感染症後遺症の病態生理の多分野融合による解明」(研究開発代表者:石井誠 慶應義塾大学医学部 内科学(呼吸器)准教授(研究当時、現在:名古屋大学大学院医学系研究科 教授))、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「先端ゲノム解析と人工知能によるコロナ制圧研究(JPMJCR20H2)」(研究代表者:井元清哉 東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター教授)、さきがけ「パンデミックに対してレジリエントな研究体制構築のための基盤研究(JPMJPR21R7)」(研究代表者:南宮湖 慶應義塾大学医学部感染症学教室専任講師)、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)、日本財団・大阪大学感染症対策プロジェクトにおけるチーム阪大研究プロジェクト、武田科学振興財団、三菱財団の支援を受けました。
また、イーパーセル株式会社の北野譲治様を始めとする本研究プロジェクトにご賛同いただいた寄付者からの寄付金を基に実施されました。データ解析において東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターのスーパーコンピュータ「SHIROKANE」を利用しました。
タスクフォースメンバー
- 慶應義塾大学:教授 福永興壱、教授 金井隆典、常任理事 北川雄光、教授 長谷川直樹、教授 佐藤俊朗、教授 西原広史、専任講師 南宮湖
- 東京医科歯科大学:M&Dデータ科学センター長 宮野悟、教授 小池竜司、教授 藍真澄、副学長 木村彰方
- 大阪大学大学院医学系研究科:教授 岡田随象、研究科長・教授 熊ノ郷淳
- 東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター:教授 井元清哉
- 北里大学:教授 片山和彦、教授 高野友美
- 京都大学大学院医学研究科:教授 小川誠司
- 名古屋大学大学院医学系研究科:教授 石井誠(研究当時 慶應義塾大学医学部:准教授)
参考
(参考1)コロナ制圧タスクフォースHP
https://www.covid19-taskforce.jp/
(参考2)2020年5月21日プレスリリース
共同研究グループ「コロナ制圧タスクフォース」発足-新型コロナウイルス感染症の遺伝学的知見に基づいたCOVID-19粘膜免疫ワクチンの研究開発を促進
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2020/5/21/28-69892/
(参考3)2021年7月29日プレスリリース
世界最大の新型コロナウイルス感染症のゲノムワイド関連解析にアジア最大のグループとして貢献-新型コロナウイルス感染症の重症化に関わる遺伝子多型を同定-
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2021/7/29/28-81492/
補足
(補足1)斜体で記載のDOCK2は遺伝子を、非斜体で記載のDOCK2はたんぱく質を表しています。
用語説明
- 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)
新型コロナウイルス感染症の原因となるウイルスのことを表します。2002年に流行したSARSコロナウイルスとウイルスが似ているため、SARS-CoV-2と命名されました。
- 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
coronavirus disease 2019(2019年に発生した新型コロナウイルス感染症)を略した言葉で、新型コロナウイルスによる病気のことを表します。2019年の終わり頃に、中国・武漢を中心に発生したのを皮切りに、その後、世界中に感染が拡大しました。新型コロナウイルスに感染すると、発熱や咳、息苦しさといった症状が出て、感染が肺に及び肺炎を発症すると呼吸困難に陥ります。
- ゲノムワイド関連解析
ヒトゲノムを構成する塩基配列が一塩基単位で変異した違いを、一塩基多型(SNP: single nucleotide polymorphism)と呼びます。ヒトゲノム配列全域に分布する数百万か所のSNPとヒト疾患の発症リスクとの関連を網羅的に検討する遺伝統計解析手法を、ゲノムワイド関連解析(GWAS: genome-wide association study)と呼びます。
- 遺伝子多型(バリアント)
ゲノム配列の個体差のうち、集団中に一定以上の頻度存在するもののことを表します。中でもゲノム塩基配列中に一塩基が変異した多様性である一塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)が代表的です。
- バイオレポジトリー
患者の血液などの生体試料の収集・保管を行っている施設。臨床情報だけでなく、生体情報を併せて複合的に解析するために重要です。現状で、コロナ制圧タスクフォースはアジアで最大のバイオレポジトリーとなっています。
- 末梢血単核細胞
末梢血から分離された単核細胞成分のこと。単球やリンパ球といった免疫細胞から構成されます。
- RNA-seq解析
高速シークエンサーを用いてRNAのシーケンシング(配列情報の決定)を行い、細胞内で発現するトランスクリプトーム(細胞内の全転写産物・全RNA)の定量を行う解析です。
- アリル
塩基配列に個人間の違いがあるバリアントでは、ヒトが持ちうる塩基配列の型が複数生じます。この塩基配列の型をアリルと言います。
- single cell RNA-seq解析
一個の細胞に含まれる全てのRNAを高速シークエンサーにより読み取ることで、一個の細胞に含まれる全転写産物の発現量を定量的に解析する手法です。
- 免疫染色
抗体を用いて、特定のたんぱく質を検出、可視化する手法のことで、病理組織検体などを用いて実施されます。