新型コロナワクチンによる免疫記憶の追跡

新型コロナワクチンによる免疫記憶の追跡

mRNAワクチンがもたらす自然免疫記憶とその意義

2022-10-26生命科学・医学系
医学系研究科助教加藤保宏

研究成果のポイント

  • 新型コロナワクチン接種前後の免疫動態を網羅的に解析し、BNT162b2 mRNAワクチン(Pfizer/BioNTech)による自然免疫の変化を明らかにしました。
  • 1回目ワクチン接種後に自然免疫記憶が形成され、2回目ワクチンに対する自然免疫の応答性が亢進することを見出しました。
  • しかし、ワクチンによる自然免疫応答の増強は一過性であり、長期的な自然免疫記憶は形成されませんでした。
  • 新型コロナワクチン未接種の重症コロナ患者ではこれら自然免疫応答が低下しており、mRNAワクチンが誘導する自然免疫応答とコロナ重症化との関連性が示唆されました。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生 山口勇太さん(大学院医学系研究科博士課程・日本学術振興会特別研究員)、加藤保宏 助教、熊ノ郷淳 教授(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、新型コロナウイルス感染症に対するmRNAワクチン接種前後の免疫動態を詳細に解析することで、mRNAワクチンによって一時的に自然免疫記憶が誘導され、単球インターフェロン応答を亢進させるという新たな知見を見出しました。

これまで、mRNAワクチンは獲得免疫だけでなく、自然免疫も活性化させることが知られていました。しかし、そのメカニズムや自然免疫記憶の有無については明らかになっていませんでした。自然免疫は抗ウイルス応答だけでなく、獲得免疫の形成・維持においても重要な役目を担っています。本研究成果は、mRNAワクチンによる自然免疫応答メカニズムの一端を明らかにしたものであり、今後のワクチンを用いた感染症の予防戦略に大きく寄与するものと考えます。本研究成果は、米国科学誌「JCI Insight」に、2022年10月26日(水)午前2時(日本時間)に公開されました。

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図1. 本研究の概要
BNT162b2 mRNAワクチンによる一過性の自然免疫記憶
1回目のワクチン接種後(BNT162b2 1st dose)よりも、2回目のワクチン接種後(BNT162b2 2nd dose)の方が単球におけるインターフェロン誘導遺伝子(Interferon-stimulated genes, ISG)の発現が亢進しています。1回目接種後からクロマチン・アクセシビリティが変化し、インターフェロン制御因子(Interferon Regulatory Factor, IRF)がアクセスしやすい状態になっています。この変化は2回目の接種1ヶ月後には消失しています。mRNAワクチンによって誘導される一過性の自然免疫記憶という、新たな知見を見出しました。また、ワクチン未接種のコロナ患者では、このようなインターフェロン遺伝子の発現低下が見られており、コロナの重症化に関連する自然免疫応答である可能性も示唆されました。

研究の背景

新型コロナウイルス感染症のパンデミック対策として、世界中でmRNAワクチンが接種され、大きな効果を発揮しています。免疫のメカニズムには大きく分けて「自然免疫」と「獲得免疫」の2つのメカニズムがありますが、mRNAワクチンによって自然免疫記憶が誘導されるのかについては、明らかではありませんでした。自然免疫は、病原体と最前線で戦う最も重要な免疫機能の一つです。mRNAワクチンによって誘導される自然免疫応答の特徴、さらにはその記憶の有無を明らかにすることは、今後のワクチン戦略を考える上で重要な課題と言えます。

研究の成果

本研究グループは、mRNAワクチン(Pfizer/BioNTech)を接種する前後の健常者の血液を用いて、遺伝子発現解析やエピゲノム解析を行いました。遺伝子発現解析の結果、2回目の接種翌日の単球のインターフェロン応答は1回目の接種翌日と比較して増強していることを見出しました。さらにエピゲノム解析から、その応答性の変化の背景にはクロマチン・アクセシビリティの変化が存在することを明らかにしました。興味深いことに、ワクチンの2回目接種から1ヶ月後では、これらクロマチン・アクセシビリティの変化は観察されず、あくまで一過性の自然免疫応答の亢進であることがわかりました。このように、mRNAワクチン接種前後の免疫動態を詳細に解析することで、mRNAワクチンによって誘導される一過性の自然免疫記憶という現象を世界で初めて明らかにしました(図1)。また、ワクチン未接種のコロナ患者のシングルセルRNAシークエンスによって、ワクチン未接種の重症コロナ患者ではこれら自然免疫応答が低下しており、mRNAワクチンが誘導する自然免疫応答とコロナ重症度との関連性が示唆されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、新型コロナワクチン(mRNAワクチン)が獲得免疫記憶だけでなく、一過性に自然免疫記憶を誘導するという新たな知見を見出しました。mRNAワクチンは新型コロナ感染症だけでなく、今後、さまざまな分野への応用が期待されています。ワクチンによる「自然免疫記憶」という視点が、新たなワクチン戦略の発展につながるものと期待します。

特記事項

米国科学誌「JCI Insight」に、2022年10月26日(水)午前2時(日本時間)に公開されます。

【タイトル】 Consecutive BNT162b2 mRNA vaccination induces short-term epigenetic memory in innate immune cells
【著者名】 Yuta Yamaguchi,1,2 Yasuhiro Kato,1,2* Ryuya Edahiro,2,3 Jonas N. Søndergaard,4 Teruaki Murakami,1,2 Saori Amiya,1,2 Shinichiro Nameki,1,2 Yuko Yoshimine,1,2 Takayoshi Morita,1,2 Yusuke Takeshima,5 Shuhei Sakakibara,6 Yoko Naito,7 Daisuke Motooka,7,8,9 Yu-Chen Liu,8 Yuya Shirai,2,3 Yasutaka Okita,1,2 Jun Fujimoto,1,2 Haruhiko Hirata,2 Yoshito Takeda,2 James B Wing,4,10 Daisuke Okuzaki,7,8,9,11 Yukinori Okada3,9,11,12,13, and Atsushi Kumanogoh1,2,9,11,14,15*(*責任著者)
【所属】
1.大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
2.大阪大学免疫学フロンティア研究センター(iFReC) 感染病態
3.大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
4.大阪大学感染症総合教育研究拠点 ヒト生体防御学チーム
5.大阪大学免疫学フロンティア研究センター(iFReC) 実験免疫学
6.大阪大学免疫学フロンティア研究センター(iFReC) 免疫機能制御学
7.大阪大学微生物病研究所 遺伝情報実験センター
8.大阪大学免疫学フロンティア研究センター(iFReC) 単一細胞ゲノミクス
9.大阪大学先導的学術研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
10. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(iFReC) ヒト単一細胞免疫学
11. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
12. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(iFReC) 免疫統計学
13. 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
14. 日本医療研究開発機構 戦略的創造研究推進事業(AMED–CREST)
15. 大阪大学ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)

用語説明

BNT162b2 mRNAワクチン(Pfizer/BioNTech)

新型コロナウイルス感染症に対して開発された、mRNAワクチンの一つ。

自然免疫

生体にそなわっている免疫システムの一つ。細菌や原虫、ウイルスなどの病原体に対して最初に働く。

自然免疫記憶

比較的新しい概念として注目されている、自然免疫系が2回目以降の刺激に対してより強力に反応する仕組み。元来、免疫記憶といえば獲得免疫であったが、自然免疫も免疫記憶を形成することが明らかになってきた。

単球

自然免疫細胞の一つで、インターフェロン産生などの重要な役割を担う。

インターフェロン応答

抗ウイルス応答の一つ。重症コロナ患者では、インターフェロン応答の低下が見られると複数報告される。

獲得免疫

生体にそなわっている免疫システムの一つ。病原体に対して自然免疫の応答に引き続き働く。抗体は獲得免疫系による応答の代表。

エピゲノム

DNA塩基配列に対する後天的な変化。主にDNAメチル化とヒストン修飾が知られる。また、エピゲノム変化によって遺伝子発現を制御するシステムのことを、エピジェネティクスとよぶ。DNA配列を変えることはなく、クロマチン構造を変化させることで遺伝子発現を制御する。発生や分化、老化、癌化など、さまざまな分野で注目されている。その解析を、エピゲノム解析という。

クロマチン・アクセシビリティ

クロマチン構造の変化に伴って、転写因子などの遺伝子発現に重要な分子のアクセス性が変化すること。