免疫疾患における 新型コロナワクチン効果の持続性を明らかに。
免疫抑制治療の影響とオミクロン株に対する効果
研究成果のポイント
- 自己免疫疾患(膠原病)の患者さんがBNT162b2 mRNA ワクチン(Pfizer/BioNTech)を2回目接種した後の新型コロナウイルスに対する免疫の変化を最長300日まで検証しました。
- 関節リウマチ(RA)や全身性エリテマトーデス(SLE)、ANCA関連血管炎の治療中の患者さんでは、ワクチン接種後の中和抗体産生が弱いことがわかりました。
- 関節リウマチでは、治療の種類によって中和抗体産生の減弱の程度が違うことがわかりました。
- オミクロン株に対する免疫も、RAやSLE患者では減弱していることがわかりました。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の山口勇太さん(大学院医学系研究科博士後期課程・日本学術振興会特別研究員)、行木紳一郎さん(大学院医学系研究科博士後期課程)、加藤保宏 助教、熊ノ郷淳 教授(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、自己免疫疾患(膠原病)患者の新型コロナウイルス感染症に対するmRNAワクチン接種後の免疫動態を解析し、いくつかの免疫抑制治療ではウイルスに対する中和抗体価が減弱しやすいことを発見しました。また、一部の自己免疫疾患患者では、オミクロン株に対する液性免疫や細胞性免疫が減弱していることも確認されました。
これまでも免疫抑制治療がmRNAワクチンの効果を弱めるという報告はありましたが、多くの報告は2回目接種後3ヶ月以内の、ワクチン効果が最大となる時点での評価であり、その後の持続性についての報告はありませんでした。本研究成果は、mRNAワクチンの効果の持続性に対する免疫抑制治療の影響を明らかにしたものであり、今後の自己免疫疾患患者におけるワクチンを用いた感染症の予防戦略に大きく寄与するものと考えます。
本研究成果は、米国科学誌「The Lancet Regional Health - Western Pacific」(オンライン)に、2022年12月20日(火)午後2時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
自己免疫疾患患者では新型コロナウイルス感染症による重症化のリスクが健常者に比べて高いことが報告されており、ワクチンによる感染・重症化予防が重要です。自己免疫疾患に対して使用される免疫抑制治療にはワクチンによる免疫反応を減弱させる懸念があり、どのような治療がワクチン効果に影響するかを明らかにすることは感染症予防において非常に重要です。
研究の内容
本研究では、大阪大学医学部附属病院免疫内科に通院中の患者さんの血液サンプルを収集し、ワクチン接種前後の新型コロナウイルスに対する中和抗体価の変化やオミクロン株に対する抗原特異的な液性免疫・細胞性免疫を解析しました。その結果、ステロイドやアバタセプトによる治療を受けている関節リウマチ患者さんではピークの中和抗体価が減弱し、その後の中和抗体価も低いことがわかりました。また、TNF-α阻害薬を使用している患者さんではピークの中和抗体価は健常者と変わらないものの、その後の中和抗体価の維持が減弱することがわかりました。オミクロン株に対する抗原特異的抗体価およびT細胞応答の評価では、抗原特異的抗体価は野生型の中和抗体価と強い相関関係にありましたが、中和抗体価が低い患者さんでもT細胞応答は検出されており、液性免疫があまり得られない治療を受けている患者さんでもワクチン接種を行う意義が示されました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、ステロイドやアバタセプト、TNF-α阻害薬での治療を受けている患者さんはmRNAワクチンによる免疫反応が早期に減弱するという知見が得られました。十分な感染予防効果を維持するためにはワクチンを繰り返し接種することが望ましいとされていますが、患者さんごとの特徴に応じてワクチン投与方針を考える上で本研究成果が有用なものであると期待します。
特記事項
本研究成果は、2022年12月20日(火)午後2時(日本時間)に米国科学誌「The Lancet Regional Health - Western Pacific」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】Persistence of SARS-CoV-2 neutralizing antibodies and anti-Omicron IgG induced by BNT162b2 mRNA vaccine in patients with autoimmune inflammatory rheumatic disease: an explanatory study in Japan
【著者名】Yuta Yamaguchi,1,2* Shinichiro Nameki,1,2* Yasuhiro Kato,1,2† Ryotaro Saita,3 Tomoharu Sato,4 Sayaka Nagao,5 Teruaki Murakami,1,2 Yuko Yoshimine,1,2 Saori Amiya,1,2 Takayoshi Morita,1,2 Yasutaka Okita,1,2 Takahiro Kawasaki,1,2 Jun Fujimoto,1,2 Yasutaka Ueda,6 Yuichi Maeda,1,7 Akane Watanabe,1,8 Hyota Takamatsu,1,2 Sumiyuki Nishida,1 Yoshihito Shima,1,8 Masashi Narazaki,1,9 and Atsushi Kumanogoh 1,2,5,10,11 (*筆頭著者・†責任著者)
【所属】
1. 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
2. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(iFReC) 感染病態
3. 大阪大学医学部附属病院 未来医療開発部
4. 大阪大学大学院医学系研究科 医療データ科学共同研究講座
5. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
6. 大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学
7. 大阪大学先導的学術研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門
8. 大阪大学大学院医学系研究科 血管作動温熱治療学
9. 大阪大学大学院医学系研究科附属 最先端医療イノベーションセンター(COMIT) 先端免疫臨床応用学共同研究講座
10. 日本医療研究開発機構 戦略的創造研究推進事業(AMED–CREST)
11. 大阪大学ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.lanwpc.2022.100661
用語説明
- BNT162b2 mRNA ワクチン(Pfizer/BioNTech)
新型コロナウイルス感染症に対して開発された、mRNA ワクチンの一つ。
- 関節リウマチ(RA)や全身性エリテマトーデス(SLE)、ANCA関連血管炎
代表的な自己免疫疾患。病態によって様々な免疫抑制治療を必要とする。
- 液性免疫
生体に備わっている免疫システムの一つで、獲得免疫に分類される反応。免疫記憶を有するB細胞等が抗体を分泌することで、ウイルス感染を阻害する。
- 細胞性免疫
生体に備わっている免疫システムの一つで、獲得免疫に分類される反応。免疫記憶を有するT細胞等がウイルスに感染した細胞や細菌などを排除する。
- ステロイド
様々な自己免疫疾患で広く使用される薬剤。強い薬理効果をもつが、免疫抑制など、様々な副作用を有する。
- アバタセプト
関節リウマチで使用される免疫抑制剤の一つ。免疫反応において重要な役割を担うT細胞の活性化を抑制することで、関節リウマチにおける異常な免疫反応を抑制する。
- TNF-α阻害薬
関節リウマチで使用される免疫抑制剤の一つ。関節リウマチの病態において産生される炎症性サイトカインの一つである腫瘍崩壊因子(TNF)-αの働きを阻害することで、炎症反応を抑制する。