厚生労働省指定難病ベーチェット病の病態解明
ミトコンドリアDNA内包エクソソームを標的とした新規治療法の可能性
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院医学系研究科 大学院生の小中八郎さん(博士後期課程)、高松漂太元講師(現 大阪大学大学院医学系研究科 招へい教授/国立病院機構大阪南医療センター臨床研究部室長)、熊ノ郷淳教授(呼吸器・免疫内科)らの研究グループは、厚生労働省指定難病であるベーチェット病において、エクソソームに包まれたmtDNAが炎症病態の形成に重要な役割を担うことを明らかにしました。
これまで、自然免疫応答の異常がベーチェット病の病態の一端を担うものと示唆されていましたが、その詳細なメカニズムは明らかではありませんでした。
今回、研究グループは自然免疫応答に深く関わるmtDNAがベーチェット患者血中で細胞外膜小胞であるエクソソームに包まれて存在し、関節炎やぶどう膜炎などベーチェット病特有の炎症を誘導していることを見出しました。mtDNAがエクソソームに取り込まれ細胞外へ放出される一連のプロセスを阻害することで、ベーチェット病に特徴的な関節炎やブドウ膜炎が抑制できることもマウスを用いて明らかにしました。これらの研究成果により、病態をターゲットとしたベーチェット病に対する分子標的治療法の開発の端緒となるものと期待されます。
本研究成果は、欧州分子生物学機関誌「The EMBO Journal」に、9月4日に公開されました。
図1. ベーチェット病の病態
mtDNA内包エクソソームによる炎症誘導
研究の背景
ベーチェット病は、口腔粘膜のアフタ様潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、眼症状を主症状とする慢性再発性の厚生労働省が認定する指定難病です。これまでの研究から、自然免疫応答異常と獲得免疫応答異常の両側面が病態に関与すると考えられていますが、その詳細なメカニズムは不明でした。また現在の治療薬では効果不十分な場合も多く、病態の詳細な解明と、それに基づく分子標的治療薬の開発が望まれていました。
研究の内容
研究グループでは、ミトコンドリアに含まれるmtDNAが自然免疫応答に関与することに着目し、ベーチェット病患者血清中のmtDNA量を測定したところ、健常者やその他の自己免疫性疾患患者と比べて非常に多く存在していることを見出しました。そしてmtDNAは、エクソソームと呼ばれる微小膜小胞中に存在していることが分かりました。ヒト単球細胞株を用いた実験により、細胞にパイロトーシスを誘導してカスパーゼ1と下流分子のガスダーミンDが活性化すると、mtDNAはミトコンドリアから細胞質内に漏れ出し、細胞質内のmtDNAはエクソソームに取り込まれて細胞外に放出されることが分かりました。また患者血球を調べたところ、健常者血球に比べて感染刺激に対してカスパーゼ1が強く活性化し、エクソソームを介したmtDNAの放出が亢進していることが分かりました。
臨床データの解析から、細胞外mtDNAの量は症状が悪化している時に増加する傾向があり、病態との関連が示唆されました。そこでmtDNAを内包したエクソソームをヒト血球やマウスに投与すると、ヒト血球からの炎症性サイトカイン産生の亢進、マウスの関節炎や炎症性細胞浸潤の誘導、ベーチェット病の病変を模したブドウ膜炎モデルマウスのぶどう膜炎を悪化させることが明らかとなりました。さらにカスパーゼ1やエクソソーム産生阻害剤にて、mtDNAのエクソソームを介した細胞外放出過程を阻害したところ、マウスの関節炎を軽減させることを見出し、ベーチェット病の新規治療ターゲットを同定しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、これまで不明であったベーチェット病の自然免疫応答異常のメカニズムの一端が明らかになりました。今後、同病態をターゲットとした分子標的治療薬の開発へと進展する可能性が期待されます。
特記事項
本研究成果は、欧州分子生物学機関誌「The EMBO Journal」に、9月4日に公開されました。
タイトル:“Secretion of mitochondrial DNA via exosomes promotes inflammation in Behçet’s syndrome”
著者名:小中八郎1,2,3、加藤保弘1,2,4、平野享1,5、辻本孝平1,2,4、朴正薫1,6、木庭太郎1、青木航7、松崎友星7、多喜正泰8、小山正平1,2、糸田川英里1,2、徐立恒1,2、平山健寛1,2、河合太郎9、石井健10、植田充美7、山口茂弘8、審良静男11、森田貴義1,2、前田悠一1、西出真之1,2、西田純幸1、嶋良仁1,12、楢崎雅司1,4、高松漂太1,2,13#、熊ノ郷淳1,2,14,15#(#責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
2. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野
3. 日本生命済生会 日本生命病院 呼吸器・免疫内科
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 先端免疫臨床応用学
5. 西宮市立中央病院 リウマチ・膠原病内科
6. 第二大阪警察病院 膠原病・リウマチ科
7. 京都大学大学院農学研究科 応用生命科学専攻 生体高分子科学分野
8. 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)
9. 奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域
10. 東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ワクチン科学分野
11. 大阪大学 免疫フロンティア研究センター(IFReC) 自然免疫学
12. 大阪大学 大学院医学系研究科 血管作動温熱治療学
13. 国立病院機構 (NHO) 大阪南医療センター臨床研究部
14. 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
15. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
DOI:https://doi.org/10.15252/embj.2022112573
参考URL
用語説明
- ベーチェット病
ベーチェット病は、口腔粘膜のアフタ様潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、眼症状の4つの主症状とする慢性再発性の自己免疫性疾患で、厚労省が認定する指定難病です。トルコのイスタンブール大学皮膚科 Hulsi Bechet教授が初めて報告し、この病名が付けられています。日本をはじめ、韓国、中国、中近東、地中海沿岸諸国によく見られるためシルクロード病とも言われています。治療には、好中球の遊走を阻害し痛風で用いられるコルヒチンやステロイド剤を含む免疫抑制剤が用いられます。また、治療で十分な効果を得られないと失明などの重篤な合併症を認める事もあるため、重症例にはTNF-a阻害薬を用います。
- ミトコンドリアDNA(mtDNA)
ミトコンドリアに含まれるDNAで、ミトコンドリアを構成するタンパクなどの情報がコードされています。ミトコンドリア内膜の内側であるマトリックスに存在し、感染症などによる刺激を受けると、ミトコンドリア内部から細胞質へ漏出します。漏出したmtDNAは細胞内のmtDNAセンサーに認識されて様々なサイトカイン産生を誘導し、炎症を強く誘導ことが知られています。
- エクソソーム
エクソソームはあらゆる細胞から分泌される直径50-150nmの細胞外膜小胞です。その表面は脂質二重膜で囲まれていて、内部にはmRNAやマイクロRNAなどの核酸、タンパク質、脂質などが含まれています。細胞から分泌されたエクソソームは、血液、組織液、尿などの体液に存在し、細胞間・組織間情報伝達に関与します。近年、リキッドバイオプシーとしてエクソソームから疾患特異的バイオマーカーの探索や、エクソソームを用いた薬剤輸送や遺伝子治療など、幅広い臨床応用が期待されています。
- パイロトーシス
細菌、ウイルス、真菌、現生成物の細胞内感染時に誘導されるプログラムされた細胞死の一種です。細胞内感染や病原体成分 (PAMPs) 等に細胞が暴露されると、インフラマソームと呼ばれるタンパク質の集合体が形成され、タンパク切断酵素であるカスパーゼ1が活性化されます。活性化したカスパーゼ1は、下流分子であるガスダーミンDを活性化しそれにより細胞膜に穴が開けられ、細胞は膨化して細胞死に至ります。その際に様々な細胞内物質 (DAMPs) を放出し強い炎症を誘導することからパイロトーシスと命名されています。