40年来の論争に幕 細胞内の清掃マシーン「オートファゴソーム」の生成場所を特定!

40年来の論争に幕 細胞内の清掃マシーン「オートファゴソーム」の生成場所を特定!

さまざまな病気を防ぐために細胞が持つ機能の理解が前進

2013-3-4

リリース概要

大阪大学大学院生命機能研究科/医学系研究科の濱﨑万穂助教と吉森保教授ら及び同歯学研究科の古田信道助教と天野敦雄教授らの合同チームは、細胞内のオルガネラ の一種オートファゴソームが別のオルガネラであるミトコンドリアと小胞体が接触する場所で造られていることを発見しました。オートファジー(自食作用)とは、細胞の中を掃除することでアルツハイマー病やがん、心不全などの病気が起こるのを防ぐ仕組です。オートファジーは、オートファゴソームと言うミクロの装置(オルガネラ)が、必要に応じて細胞の中で幾つも造られて清掃マシーンあるいはロボット掃除機のように働きます。この、オートファゴソームがどこで造られているのかは40年来の謎でしたが、今回の研究成果によって、異なるオルガネラが協力して他のオルガネラを産むというこれまで知られていなかった現象が明らかになりました。生産場所が特定されたので、オートファゴソームの生産をコントロールし病気を治療する薬剤を探したり設計したりしやすくなりました。

研究の背景

細胞の中に壊れたミトコンドリアや古いタンパク質などが溜まったり病原体が侵入したりすると、細胞の健康が損なわれ、その結果アルツハイマー病、発がん、心不全、糖尿病、感染症、炎症など多岐にわたる病気が起こります。それを防ぐために細胞はオートファジー(自食作用)という仕組みを持っています。オートファジーを担うオートファゴソームは、膜で包まれた直径約1μmのいびつな球形のオルガネラであり、必要に応じて細胞の中に現れ、細胞にとって有害な上述のものを取り込んで分解する働きを持つ清掃マシーンのような存在です( 図1 )。どこからともなく現れ役目を終えると消えるので、どこで造られているのかがこれまで40年近く論争の的になってきました。

今回阪大の合同チームは、オートファゴソームが別のオルガネラであるミトコンドリアと小胞体の接触点で造られていることを、レーザー顕微鏡や電子顕微鏡、遺伝子工学技術などを駆使して突き止めました。

技術的に極めて困難な、接触点でオートファゴソームが生成する様子の動画撮影に世界に先駆けて成功した点が特筆されます( 図2 )。例えると、ミトコンドリアは発電所、小胞体はタンパク質生産工場と役割が違いますが、所々で接しており、そこで膜の成分である脂質の受け渡しがあるなど接触点の重要性が知られるようになっていました。今回その接触点が、オートファジーにも大事な役割を果たしていたことが初めて明らかになりました。なぜオートファゴソームがこのミトコンドリア・小胞体接触点で造られるのかについては、今後解明すべき新たな謎です。オートファゴソームを造るのに必要な膜の成分を供給しているのかも知れません。

また合同チームは、オートファゴソームを作るのに働くAtg14Lというタンパク質がシンタキシン17というタンパク質によってこの接触点まで運ばれてくるとオートファゴソームが造られ始めることも明らかにしました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

まずなによりも、細胞生物学上の大きな謎だったオートファゴソームの生成場所が判ったことが大きな成果です。また異なる2種のオルガネラによって第3のオルガネラが造られるという、これまで想像もされていなかった現象が発見されたことにより、従来のオルガネラに対する認識が大きく塗り変えられました 。ゲノムが解読されても、それがコードするタンパク質が織りなす生命の基本単位・細胞についてはまだまだ謎が多く存在します。ポストゲノム時代の最重要課題である細胞の理解が一歩進んだことの意義は大きいと言えます。人類が営々と築いてきた科学という知の伽藍にまたひとつ石が積み上げられました。

この発見は医学的インパクトも大きいものです。上記のようにオートファジーは様々な病気、それも神経変性疾患、がん、生活習慣病といった社会的に重要な病気が起こるのを防いでいますが、加齢や過栄養などでオートファジー能力が低下するとそれらの病気が起こりやすくなります。オートファジーを促進する薬剤があれば、予防治療に有効です。しかし、現在オートファジーに良く効いて副作用の少ない薬は知られていません。オートファゴソームができる場所が判ったので、そこで働くタンパク質に作用する薬剤を作ればそのような効果の高い薬が得られる可能性があります。

特記事項

本研究成果は英科学誌「ネイチャー」(電子版)に、ロンドン時間の平成25年3月3日18時(日本時間の平成25年3月4日午前3時)に掲載されます。

オートファジー研究は、日本が世界をリードする分野の1つ。論文被引用数の個人別世界ランキングの5位までが全て日本人(吉森は3位)。論文別世界ランキングでも、10位以内の5つの論文が日本人によるもの(第2位は吉森の論文)。オートファジー研究のパイオニアである大隅良典東京工業大学教授は、昨年京都賞を受賞し、ノーベル賞の呼び声も高い。

参考図

図1 オートファゴソーム形成の模式図
細胞の中に、膜でできた袋を押しつぶしたような皿状の隔離膜というものが忽然と現れ(幾つもできる)、その皿の縁が伸びながら曲がってツボ状に。そのときに、掃除すべき壊れたオルガネラや古いタンパク質、病原体などが包み込まれる。最後にツボの口が閉じて、オートファゴソームが完成する。その後、消化酵素を内蔵する別のオルガネラ・リソソームが融合しオートリソソームとなり、消化酵素が流れ込んで閉じこめたものを分解。分解が終わるとオートリソソームは消えていく。オートファゴソームの形成は、5〜10分でおこる。

図2 オートファゴソームが実際に造られる様子
青がミトコンドリア、赤が小胞体、緑がオートファゴソーム。各オルガネラの目印タンパク質に蛍光タンパク質をつないだ遺伝子を細胞に組み込み、オルガネラが違う色の蛍光を発するようにし、3色を同時観察できるレーザー顕微鏡で動画撮影を行った(一番上の段)。このような3色同時動画撮影は技術的に極めて困難で、カメラを3台接続したレーザー顕微鏡を新たに作り、デジタル画像解析技術を駆使するなどの努力を重ねた末に遂に成功した。見やすくするために真ん中と下の段は、各々ミトコンドリアとオートファゴソーム、小胞体とオートファゴソームだけが見えるようにしている。網目状のミトコンドリアも小胞体もダイナミックに動いているが、両者が接触しているポイントでオートファゴソーム(点に見える)ができている様子が分かる。世界で初めて撮影された映像である。

参考URL

用語説明

オルガネラ

オルガネラ(細胞小器官):

細胞内部にある膜(生体膜)で包まれた構造物の総称。細胞自体膜でできた袋であり、その中にさらに小さな膜の袋であるオルガネラがマトリョーシカ人形のように収まっている。オルガネラには様々な種類があり、役割や形状が異なる。オートファゴソームは小さな球状だが、ミトコンドリアや小胞体は、巨大な網のような形をしている。オルガネラは絶えず活動しており、活発に動き変形する。しかしこれまでは、各々のオルガネラは独立性独自性が高く異種オルガネラが直接相互作用することは無いと考えられてきた。最近、小胞体がミトコンドリアや細胞膜と接触しているということが判明し注目を集めていたが、今回はそのような接触点で第3のオルガネラが生じるというこれまでの常識では考えられない現象が見出された。オルガネラは同種のオルガネラからのみ生じるという従来の定説を覆し、生物学のパラダイムシフトを起こす発見である。