計測過程そのものに人工知能を介入させることで 計測を飛躍的に迅速化!

計測過程そのものに人工知能を介入させることで 計測を飛躍的に迅速化!

所望の識別精度を保証しつつ測定すべき領域を必要な回数だけ自律的に視る

2024-3-18工学系
工学研究科教授藤田克昌

研究成果のポイント

  • 人工知能(AI)の計測過程への介入により、従来法と比して数百から数千倍に計測を迅速化。
  • AIが自律的に無駄を省き、数学的に高精度を保証しつつ必要な分光情報を重点的に獲得。
  • ラマン信号が微弱なため膨大な計測時間が掛かる生体試料や病気診断などへの応用が期待。

概要

北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同大学電子科学研究所の小松崎民樹教授らの研究グループは、北海道大学大学院情報科学研究院の中村篤祥教授、大阪大学大学院工学研究科の藤田克昌教授、京都府立医科大学大学院医学研究科の原田義規准教授らと共同で、ラマン分光計測に対して、人工知能(AI)を計測過程に介入操作させることで、励起照射の形・パターンを自律的に制御し、無駄を省いた必要な分光情報を重点的に獲得することで、精度を保証した診断を数百から数千倍迅速化することに成功しました。観測ユーザーが最大許容できる誤診断の割合を事前に設定することでユーザーの多様なニーズに応答することも可能としました。

本成果は計測時間が大幅に掛かり、生物試料への応用が困難であるラマン分光計測を飛躍的に迅速化するものであり、従来の細胞診では判定困難な病気診断への応用、乳がん診断(手術すべきか否かの迅速診断)、iPS細胞の成熟度の迅速評価、半導体における迅速異常検知、マイクロプラスチックの迅速検査など様々な応用に繋がるものと期待されています。

なお、本研究成果は、2024年3月14日(木)オンライン公開のProceeding of National Academy Science United States of Americaに掲載されました。

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図. 計測が進むにつれて(時計の針で比喩的に表現)、その都度、人工知能が次にどの領域を照射・観測するべきかを自律的に判断し、次々に照射点を計測系へ指示し、試料中に悪性部位があるか否かを事前に設定する識別精度を数学的に保証した迅速計測を実現する概念図。

研究の背景

人工知能(AI)の計測科学への応用は、従来、高精度な分光画像を取得した後、その画像データをAI解析する計測プロセスと解析プロセスが別々に行われていました(図1)。病気の細胞診は染色画像による細胞・組織の形態情報のみに依拠する手法が標準的ですが、形態情報だけでは識別困難な病気も多く存在します。ラマン分光計測は細胞や組織を損傷させることなく(非破壊、非標識)、存在する分子情報を網羅的に評価することができるため、医療への応用が高く期待される計測手法の一つです。しかしながら、計測に時間がかかる(例:約100細胞を高解像度で計測する場合、点照射型の市販のラマン装置よりも400倍高速なライン照射型装置を利用しても10時間以上)など、計測の迅速化が喫緊の課題となっていました。そのため、重要な情報を担い得るすべての波数領域を観測せずに限定された狭い波数領域のみの計測や、空間方向の解像度を低くする必要がありました。

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図1. 従来のラマン計測方法:計測プロセスとデータ解析プロセスは独立であり、励起照射の形(点、線、面)・パターンはあらかじめ固定。

研究手法

計測する試料を小区画に分割し、異常を示す小区画領域があるか否かをできるだけ迅速に識別する問題を設定します。各々の小区画に対して、その小区画領域をすべて隈なく計測した場合にのみ異常度合いの真値がラマンスペクトルから評価されることで、異常の有無を判定するものです。しかしながら、すべての領域を隈なく計測することにより、異常検知において無駄な計測が含まれる可能性があります。強化学習のアルゴリズムの一つである多腕バンディット手法により、探索とそれまで獲得した知識を活用することで、できる限り少ない試行回数で識別することができます。

そのアルゴリズムを基に、AIが自律的に各小区画領域の異常の確率の標本平均、その信頼上界、信頼下界を算出し、異常が存在する可能性がある領域を同定し、対応する照射パターンをAIが生成し、装置系へフィードバックします(図2)。この操作を繰り返すことで、異常の確率が高い領域を少ない照射点数で、効率よく迅速に診断精度を保証した上で計測するアルゴリズムを構築しました(図3)。さらに、当該アルゴリズムをプログラムで動作制御可能な照明系へ実装したオン・ザ・フライ ラマン顕微鏡を新規に開発しました。

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図2. オン・ザ・フライ ラマン顕微鏡の考え方:計測しつつデータ解析を行い、どの部分をどの程度照射すべきか各々の試料に依存し、自律的に学びながら計測を迅速化する。

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図3. 甲状腺濾胞がん細胞株(がん)のラマンAI計測のシミュレーション結果。上図のラマン分光画像は事前にフルスキャンして得られたもの。シミュレーションではどこに細胞が存在するかなどの情報は与えず、照射した点(赤点)、それまでに照射した点(青点)上のラマンスペクトルだけを用いて、自律的かつ効率的にがんの確率が高い小区間を計測。

研究成果

ポリスチレン(PS)及びポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)の混合ポリマービーズモデルを用い、PMMAを悪性部位に見立てたがん組織モデル(PS+PMMA 混合系)及び正常組織モデル(PSのみ)に対して、前者では、従来の点照明型ラマン装置に比して悪性部位が存在することを2,160~8,160倍、後者では、悪性部位が存在しないことを450〜600倍迅速に計測することに成功しました。これらの倍率は、全点照射する場合に得られる診断精度に対して、許容誤診断率が0.01~10%以内であることを数学的に保証しています。この結果は、計測過程に介入したAIにより、逐次的に最適な実験条件を計測装置にフィードバックされ、無駄を省くこと並びに必要な分光情報を重点的に獲得することが可能になり、診断精度を保証した計測の迅速化を実現できることを示しています。

従来の計測では、計測時間を長くすることで高識別精度を可能とするラマン画像を取得していました。今回、新規に開発したオン・ザ・フライ ラマン顕微鏡は、計測時間と精度のトレードオフ関係を越えた精度を実現することが可能であり、かつユーザーが識別精度(最大許容誤診断率)を事前に設定できるため、ユーザーの多様なニーズに応えることが容易となります。

今後への期待

オンラインで計測条件を最適化するラマン計測により、信号が微弱な生物試料に対し数学的に精度を保証した迅速計測の実現が期待できます。生物試料への応用が困難であったラマン分光計測を飛躍的に迅速化し、従来の細胞診では判定困難な病気診断への応用、乳がん診断(手術すべきか否かの迅速診断)、iPS細胞の成熟度の迅速評価、肝細胞、癌細胞の薬剤応答の迅速評価に加えて、半導体における迅速異常検知、マイクロプラスチックの迅速検査など様々な応用に繋がるものと期待されます。また、最適な照射パターンを計測毎に装置系にフィードバックするアルゴリズムは分光計測一般に対して成立し、種々の分光計測への応用が将来的に可能であることに加え、AIにより計測概念自体も今後更に進化していくことが見込まれます。

特記事項

【論文情報】
論文名 On-the-Fly Raman Microscopy Guaranteeing the Accuracy of Discrimination(識別精度を保証したオン・ザ・フライラマン分光学)
著者名 田畑公次1,2、川越寛之3、J. Nicholas Taylor1、望月健太郎4、久保俊貴3、Jean-Emmanuel Clement2、熊本康昭3,5、原田義規4、中村篤祥6、藤田克昌3,5,7、小松崎民樹1,2,5,8,9
(1北海道大学電子科学研究所、2北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)、3大阪大学大学院工学研究科、4京都府立医科大学大学院医学研究科、5大阪大学先導的学際研究機構、6北海道大学大学院情報科学研究院、7産業技術総合研究所先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ、8北海道大学大学院総合化学院、9大阪大学産業科学研究所)
雑誌名 Proceeding of National Academy Science United States of America
DOI 10.1073/pnas.2304866121
公表日 2024年3月14日(木)(オンライン公開)

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「情報計測」 JPMJCR1662(研究代表者 小松崎民樹教授、研究分担者 藤田克昌教授、原田義規准教授ら)、新学術領域「シンギュラリティ生物学」(No. 487 18H05408)(研究代表者 小松崎民樹教授、研究分担者 中村篤祥教授ら)、新学術領域「シンギュラリティ生物学」(No. 487 18H05408)、及び北海道大学、東北大学、東京工業大学、大阪大学、九州大学の5附置研究所のネットワーク型による文部科学省「物質・デバイス領域共同研究拠点」(20233002)(研究代表者 原田義規准教授)、(20234038)(研究代表者 藤田克昌教授)などの支援の下で実施されました。

用語説明

ラマン分光計測

入射光と分子振動の相互作用によって、入射光とは異なる振動数の光が散乱される現象をラマン散乱と呼ぶ。入射光とラマン散乱の振動数差は分子の化学結合によって変化する。ラマン散乱を振動数ごとに分光してその強度をプロットしたラマンスペクトルを計測する(ラマン分光法)ことでその物質の性質を調べることができる。

バンディット手法

選択肢(ここでは試料の小区画)の集合から一つを選択し、その選択肢からは報酬(ラマンスペクトルによる悪性度合いの数値)が得られるが他の選択肢からは情報が得られないプロセスを繰り返す設定において、得られる報酬の最大化を目指すための逐次的な方策のこと。このような設定は多腕バンディットと呼ばれ、各選択肢は腕と呼ばれる。広義には、報酬の最大化のみならず、多腕バンディットの設定での他の目的、たとえば最も期待報酬の高い腕を識別する問題(最良腕識別)などに対する手法もバンディット手法と呼ばれる。

信頼上界、信頼下界

これらに挟まれた区間を信頼区間と呼ぶ。有限の値を持つ真の平均値μがあるとし、この平均値μは(観測しようとする)背後に存在する(母)集団による平均を指す。実際には一部の母集団のサンプルを行い、信頼区間を推定することになる。95%信頼区間とは、一部の母集団のサンプルを行い信頼区間を推定するということを繰り返し行った際、その信頼区間の95%が真の平均値μを含むように計算される区間のこと。