シリコンナノ共振器により“10万倍”の巨大非線形光散乱を実現

シリコンナノ共振器により“10万倍”の巨大非線形光散乱を実現

シリコンの光・光スイッチへの応用に期待

2020-10-28工学系

研究成果のポイント

・単結晶シリコンナノ光共振器の非線形光学定数 が自然の値と比べて10万倍(5桁)に大きく増大することを見出しました。この現象が光共振器のミー共振 にともなう熱光学効果 によるものであることを解明しました。
・単結晶シリコンの非線形性は極めて小さいので、これまで非線形性を出すには超短パルスレーザー光 を用いてピークパワーを上げる必要がありました。本研究ではパワーの小さな連続レーザー光 で非線形性を実現できます。
・シリコンはシリコンフォトニクス として光集積回路や光デバイスへの応用が期待されています。さらに本成果は光・光スイッチや超解像イメージング等への応用も期待されます。

概要

大阪大学大学院工学研究科の大学院生長崎裕介さん(博士後期課程)、大学院生堀田郁人さん(博士前期課程)、髙原淳一教授らは、藤田克昌教授グループおよび国立台湾大学Shi-Wei Chu教授グループと共同で、単結晶シリコン(Si)から構成されたナノ光共振器において自然の値と比べて10万倍(5桁)もの極めて大きな非線形光学散乱がおきることを見出しました。

本研究グループは連続レーザー光を立方体型のシリコンナノ共振器に照射して、その散乱光スペクトルを実験的に調べました。そこでパワーが10 5 W/cm 2 の光ビームをあてると散乱光強度が飽和する非線形光学散乱がおきることを発見しました (図1a) 。これは従来から知られていたバルクシリコンで非線形光学散乱が生じるとされるパワーの10万分の1という極めて低いパワーです。また、この飽和現象のふるまいは共振器のサイズにより変化し、比例直線から正にずれる場合と負にずれる場合の2タイプがあることもわかりました (図1b,c) 。

光の波長と同程度のサイズのナノ構造体に光を当てると、ミー共振によって特定波長の光が共鳴的に散乱されます。このとき光の一部は共振器内に強く閉じ込められるために、内部に数百°Cにおよぶ急激な温度上昇が起こります。その結果、熱光学効果によって屈折率が変化することにより、散乱強度が直線から大きくずれるのです。一方で、光共振器の体積が0.001μm 3 と小さいために蓄えられている熱量は少なく、レーザーをOFFにすると即座に基板へ放熱されます。これにより波長592nmの光を制御光としてON/OFFすることで、543nmの信号光の散乱強度が変調される光・光スイッチングを実現しました (図2) 。本成果はシリコンフォトニクス素子における全光スイッチ素子や超解像イメージング等への応用が期待されます。

本研究成果は、学術誌「Nature Communications」に、2020年8月14日付でオンライン掲載されました。

図1 サイズの異なるシリコンミー共振器における励起光強度に対する散乱光強度: (a)共振器の一辺 100nm, (b) 170nm, (c) 190nm.散乱光強度は入射光が弱いときは、入射光強度に比例(赤直線)するが、強度が大きくなると直線から上下にずれる(非線形性)。色は理論から求めた共振器の温度上昇に対応する。

図2 光による光のスイッチング:波長592nmの制御光をON/OFFすることにより543nmの信号光の散乱強度が変調される

研究の背景

光が物体に入射するとき、入射光の強度と物体からの散乱光の強度は通常では比例関係にあります。一般にこのような比例関係は光強度が弱いときに成り立ちますが、光強度が大きくなり10 10 W/cm 2 になると直線からずれてきます。これを直線からずれるという意味で、非線形性とよびます。バルク単結晶シリコンがもともと持っている自然の非線形性は極めて小さいことはよく知られており、非線形性を出すためには超短パルスレーザーを用いてピーク強度を上げる必要がありました。また、シリコンの非線形性を人工的に大きくするためにマイクロリング共振器やフォトニック結晶のようなマイクロメートル程度の大きさの構造に光を閉じ込めることで、非線形性を出す研究が行われてきました。しかし、このようなマイクロ構造は複雑で光の波長よりも大きく、光は長い距離の伝搬が必要になるなど作製や動作には多くの問題がありました。このため、もっとシンプルな方法が求められていました。

2000年代を通じたメタマテリアルの発達によりメタサーフェスとよばれる人工的な2次元構造により光を制御できるようになりましたが、当初は材料として金や銀などの貴金属が用いられていました。2010年代に入ると、シリコンやゲルマニウムなどの半導体を高い屈折率をもつ誘電体として利用する誘電体メタサーフェスの研究が進みました。本研究は誘電体メタサーフェスの光散乱の基礎研究からうまれたものであり、メタマテリアルと顕微イメージングおよびシリコンフォトニクスとの融合分野といえます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究の成果は熱によりシリコンが本来もつ自然な非線形光学定数を桁違いに増幅するものです。これまでもマイクロメートルサイズのマイクロ共振器やフォトニック結晶を用いることにより非線形性を増大できることが実証されてきましたが、本成果はそれを大きく超えるものです。シリコンは産業のコメともよばれエレクトロニクスの中心材料ですが、近年ではフォトニクスにおいてもその重要性が増しており、本成果も光デバイス等への応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年8月14日(金)付で学術誌「Nature Communications」にオンライン出版されました。

雑誌名:Nature Communications 11:4101(2020).
タイトル:"Giant photothermal nonlinearity in a single silicon nanostructure"
著者名:Yi-Shiou Duh, Yusuke Nagasaki, Yu-Lung Tang, Pang-Han Wu, Hao-Yu Cheng, Te-Hsin Yen, Hou-Xian Ding, Kentaro Nishida, Ikuto Hotta, Jhen-Hong Yang, Yu-Ping Lo, Kuo-Ping Chen, Katsumasa Fujita, Chih-Wei Chang, Kung-Hsuan Lin, Junichi Takahara & Shi-Wei Chu
DOI: 10.1038/s41467-020-1784

なお、本研究は、文部科学省先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「フォトニクス先端融合研究拠点」、日本学術振興会CoreToCoreプログラム「ナノ空間で光と物質が紡ぎ出すフォトニクスの学理探求とグローバルネットワークの構築」の一環として行われました。

研究者のコメント

髙原 淳一

バルク単結晶シリコンの非線形光学定数は極めて小さいのですが、ナノ光共振器によりその値を10万倍(5桁)向上できることを見出しました。この巨大な非線形性はナノ光共振器のミー共振にともなう熱光学効果によって、ナノ秒という短時間に共振器中で数百度におよぶ温度上昇がおきるとともに、ナノ光共振器の熱容量が小さいために、それが急激に放熱されることによるものです。これまでの常識では熱効果は遅いと信じられてきました。しかし、本研究で対象とするナノ構造体においてそれは良い意味で裏切られ、熱による高速な非線形光応答が可能となります。

シリコンは「産業のコメ」ともよばれ、エレクトロニクスだけでなくフォトニクスにおいても最も重要な材料の一つです。フォトニクスにおいて光で光を制御するためには、光同士を相互作用させる必要があります。このためには非線形光学効果を大きくすることが不可欠といえ、シリコンの単純な構造と熱で巨大な非線形光応答を発現できる本研究がその扉を開くと考えられます。

参考URL

工学研究科 高原研究室HP
http://nelph.parc.osaka-u.ac.jp

用語説明

非線形光学定数

光が物体に入射するとき、光が弱いときは入射光の強度と物体からの散乱光の強度は比例関係にあります。しかし、光強度が強くなると直線からずれてきます。これを非線形光学効果とよびます。非線形光学効果は光強度に比例した屈折率の変化として記述することができます。このときの比例係数が非線形光学定数です。非線形光学定数の値は物質により異なりますが、シリコンの非線形光学定数は極めて小さい値をもちます。このことがシリコンフォトニクスにおいて全光スイッチの実用化の障害となってきました。

ミー共振

光の波長と同程度の大きさを持つナノ構造に光が照射された時に起きる共振現象です。雲は氷の微粒子によるミー共振が起きています。ここではシリコンからできた立方体型の光共振器の大きさによって散乱、吸収する光の波長を制御しています。

熱光学効果

光が物質に吸収されて熱に変わることで、物質の温度が上昇し、屈折率が変化する現象のことをいいます。

超短パルスレーザー光

光の持続時間がナノ秒以下という極めて短時間のレーザー光のことです。光のパワーを短時間内に集中できるため短時間に強い光強度を実現することができます。

連続レーザー光

長い時間持続して光を出すレーザー光のことです。光強度はパルスレーザー光と比べると桁違いに弱くなります。

シリコンフォトニクス

顕微鏡や望遠鏡などの光学機器をみるとわかるように、昔から代表的な光学材料といえばガラスでした。20世紀になるとエレクトロニクスの時代がシリコンにより拓かれました。21世紀はシリコンがエレクトロニクスから光と物質の科学技術であるフォトニクスにも拡がりを見せており、シリコンフォトニクスと呼ばれています。これにより光学を超えた新しいフォトニクスの時代が拓かれています。