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究みのStoryZ

ユニークに、楽しく究める。 社会まで届く画を描き 発見のための光学顕微鏡を。

光工学/大学院工学研究科 教授 藤田克昌

ユニークに、楽しく究める。 社会まで届く画を描き 発見のための光学顕微鏡を。


研究の原動力は、 “描きだす”ことへの興味。

幼い頃から絵を描くことや手を動かしてものをつくること、虫や魚などの生物を観察することも好きでした。ずっと見ていられます。また、様々な現象を簡単な数式で表す物理学は美しくてかっこいいと感じていました。元々学者になろうと思っていたわけではなかった私が、光学顕微鏡の研究を専門にしたのは、まったくの偶然。学部4年生の時、卒業論文のテーマを決める話し合いに遅刻し、残っていた題材を選んだ結果です。しかし研究に取り組む中で、動いているものを見るイメージングの研究、光学顕微鏡の研究開発は、自分が昔から好きだった絵を描くことに似ていると感じるように。だからこそ、今も新発見に心を踊らせながら研究を続けられているのかもしれません。

まだ世の中にない光学顕微鏡を開発し、見えなかったものを見えるようにする。その上で、見えてきたものを正しく理解する。それが、研究における私のミッションです。光学顕微鏡は、小さな領域・物体に対して光を絞り込んで照射し、物体と光の相互作用を引き起こします。ここで起こる散乱・吸収・発光といった“光の効果”は、形や物質によって異なるのが特徴。得られたデータを分析することで、肉眼では見えないものの形や特性を画像化する。これが、光学顕微鏡のざっくりとした仕組みです。つまり光学顕微鏡を使って何かを見るということは、絵の具やクレヨンではなく、光の効果とその分析によって物質の姿を描く作業。この感覚こそ、私が光学顕微鏡と絵を描くことに共通点を見出した理由です。

得られた結果を、どう役立てるか。研究の使い道まで、示していく。

光学顕微鏡の研究に特に求められるのは、新しさ、そして独自性です。見えないものを見ることが価値になる研究なので、得られる結果がユニークでないと、その顕微鏡は全く意味を成しません。例えば、私たちが開発したラマン顕微鏡は、「物質を識別できる」ことが特長の顕微鏡で、阪大発スタートアップ「ナノフォトン」の主力商品です。2024年2月にナノフォトンは米国の企業からM&Aを受け、世界からも評価されています。出来上がった顕微鏡を覗き込むまで、そこに何が見えてくるかが分からない。それが、この分野のおもしろいところでもあり、難しい点でもあります。例えば、生物を観察した際に「これまで見えなかったものが、こんなふうに見えるようになりました」と物理の側面から言うだけでは、生物的にはまだ分かっていないことは信じてもらえない。

そのため私は、顕微鏡を作り出す部分だけでなく、出来上がった顕微鏡をどう世の中に役立てていくかを検討する応用研究にまで、裾野を広げて活動を展開しています。このスタンスに繋がっているのがポスドク時代の医学部での経験です。細胞を薄くスライスして大きな装置にいれて観測する電子顕微鏡と異なり、光学顕微鏡は生物や細胞を生きたまま、あらゆる角度・条件で観測することができる装置。病変細胞などを検査する病理の現場には、光学顕微鏡への高いニーズがあります。医学部で研究活動に勤しんだことで、医学や病理の世界の当たり前を知り、光学顕微鏡を使う人たちと対等に会話できる共通の言語や認識を得ることができました。

自分の研究を実際に使い、生かしてくれる人たちの考え方をインプットした異分野での経験は、私の人生に大きなプラスをもたらしています。「すごいでしょう」と研究結果を示すだけでなく、「その結果を、どう使えばいいの?」という外の世界から投げかけられる質問にも、研究者が適切に解を用意できる。この流れが、活発な異分野融合、産学共創につながっていくと考えています。

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物質を分析しながら観察できるラマン顕微鏡

種をつくり、技術を育てる。その先で、ビジネスという花が咲く。

新しい顕微鏡という種をつくり、現場の当たり前やニーズを踏まえて使い道を示すことで、その種を世の中に役立つよう育てていく。基礎研究、応用研究という段階を踏まえてきて、最近は自らビジネス展開、社会実装という花を咲かせるような動きも始めています。その一環で立ち上げたのが、「Millde(ミルデ)」というスタートアップ企業です。先ほども述べたように、私たちはこれまで見えなかったものを見ることができる顕微鏡を開発しているので、見えてきたものをどう役立てるかは、ある意味使い手に委ねられています。病理の世界での役立て方は私もある程度理解できていますが、それ以外の業界に関しては分からないことも多い。だからこそ私はMilldeを、意外な出会いの受け皿として機能させようと考えています。そのために、立ち上げ後しばらくは受託分析のみに業務を絞る予定。「こんなものが見えますよ」というアピールだけして、興味を持ってくれた方の依頼をこなすなかで、Mlilldeがつくる顕微鏡の使い道を広げていこうと考えています。すでに、私たちが思いもつかなかった意外な業界からの分析依頼も頂戴しています。場をつくることで生まれるつながりの新しさ、多様性に驚きつつ、それが広がっていく未来に期待を寄せています。

病理の世界に対して行っている、出口を見据えたバックキャスト型の研究開発も、Milldeで挑戦するフォアキャスト型の事業も、私は両方の姿勢が大事だと思っています。ニーズがある、ビジネスになるというゴールが見えていることで、研究がスピーディに人や社会の役に立つことはとても大切です。ただ、私たちの頭がバックキャスト一辺倒になると、研究は「きっとこれが見えるはず」という仮説を検証するための作業になってしまいます。いつの時代も、世界をあっと驚かすような発見は我々の予測の範疇を超えたところにあるもの。そこに導くのは、「いったい何が見えるんだろう」というシンプルな好奇心です。ビジネスや社会実装を見据えながらも、そういった根源的な研究者としての欲求は、失わないようにしたいですね。



- 2050未来考究 -

未来は、予知できない。だから多様な選択肢をつくる。

一生懸命予測しても、未来はその通りにはなりません。私たちにできるのは、何が起こっても対応できる多様な選択肢を世の中につくることだけ。そのためには、枠組みやルールから、あらゆるものを解放することが大切です。例えば私が立ち上げたMilldeは、産業界の方にとっては「ビジネス」「スタートアップ」とは呼べないビジネスモデルや、組織体制を採用してしまっているかもしれません。でも長い目で見れば、そんな変わり種が世界により良い選択肢を提示する可能性もあると思うんです。産学双方がルールや枠組みを押しつけ合わずに認め合い、2050年の未来に向けて、多様な選択肢を生み出すことを願っています。


藤田教授にとって研究とは?

仕事であり、趣味であり、人に役に立つため、脳トレ、アンチエイジングのため、コミュニケーションのため、自由を生む手段です。ライフワークとして楽しむと同時に、どうしても研究をしなければならないとも思っていない。そんな存在です。

●藤田克昌(ふじた かつまさ)
2000年3月大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。00-02年特別研究員として京都府立医科大学に所属したあと、02年大阪大学大学院工学研究科助手、助教、准教授を経て、18年から現職。同科附属フォトニクスセンターのセンター長も務める。

(2024年2月取材)