高濃度過酸化水素を合成する新しい光触媒樹脂を開発

高濃度過酸化水素を合成する新しい光触媒樹脂を開発

太陽光と水と空気でH2O2を合成するメタルフリー光触媒

2023-7-25工学系
基礎工学研究科准教授白石康浩

研究成果のポイント

  • 太陽光照射下、水とO2を原料として非常に高い過酸化水素(H2O2)生成活性を示す、Nafion含有レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF@Nf)光触媒樹脂を開発した。
  • 樹脂の小粒子化によりH2O2生成が促進されるほか、樹脂表面の疎水化によりH2O2の分解が抑制され、高濃度(0.06 wt%, 16 mM)のH2O2溶液を製造できることを見出した。
  • H2O2は、漂白剤や殺菌剤として重要であるほか、燃料電池発電の燃料となるエネルギーキャリアとして有望視されているため、地球上に豊富に存在する原料から再生可能エネルギーを用いて合成する方法が期待されていた。
  • 研究者らはこれまで、独自の高温水熱法により合成したレゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)樹脂が、太陽光エネルギーにより水とO2からH2O2を生成する光触媒となることを明らかにしているが、光触媒活性の向上と生成したH22の分解抑制が必要であった。
  • 水と空気を原料として、“使いたい場所で使いたい量だけ”H2O2溶液をオンデマンド合成する小型H2O2製造デバイスの実現、ならびにH2O2をエネルギーキャリアとする新エネルギー社会実現に向けての社会実装が期待できる。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科 化学工学領域/附属太陽エネルギー化学研究センターの白石 康浩准教授、大学院生の地黄将弘さん(博士前期課程2年)、平井 隆之教授らの研究グループは、太陽光照射下、水とO2を原料として非常に高いH2O2生成活性を示す、Nafion含有レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF@Nf)光触媒樹脂を開発しました。

H2O2は漂白剤や消毒剤として重要な化学物質であるほか、燃料電池発電の燃料として利用できるため、エネルギーキャリアとして注目されています。従来のH2O2合成プロセスはエネルギー多消費型プロセスです。また、太陽光エネルギーによる光触媒法では、人工光合成型のH2O2製造が可能ですが、水の酸化とO2の二電子還元を同時に進めることが難しいため、新しい光触媒の開発が求められていました。

研究グループは、これまで、レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)樹脂に着目して研究を続けてきました。今回、汎用のイオン交換型高分子であるNafion(Nf)をRF樹脂に複合したRF@Nf樹脂を合成しました。樹脂が小粒子化されることにより、光触媒活性が向上して効率よくH2O2が生成するほか、樹脂表面が疎水化されることによりH2O2の分解が抑制され、高濃度(0.06 wt%, 16 mM)のH2O2を製造できることを見出しました。

水と空気を原料として、使いたい場所で使いたい量だけH2O2溶液をオンデマンド合成する小型H2O2製造デバイスの実現が期待できます。また、今回の光触媒設計を応用して、さらに高活性なH2O2合成触媒の創製が期待できます。

本研究成果は、米国化学誌「JACS Au」に、7月25日(火)17時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

H2O2は漂白剤や消毒剤として重要な化学物質であるほか、燃料電池発電の燃料として利用できるため、エネルギーキャリアとして注目されています。太陽光エネルギーにより水とO2からH2O2を製造する(H2O + 1/2O2 → H2O2, ΔG° = +117 kJ mol–1)光触媒反応は、新たなエネルギー製造法として注目を集めています。しかし、通常、光触媒として用いられる金属酸化物半導体では、水の酸化(2H2O → O2 + 4H+ + 4e)とO2の二電子還元(O2 + 2H+ + 2e → H2O2)を同時に進めることは困難であり、新しい光触媒の開発が求められていました。

本研究グループは、汎用の合成高分子であるRF樹脂に着目した触媒開発を進めてきました。RF樹脂は、本来は絶縁体であり、これまで光触媒として用いられたことはありません。

研究グループは、RF樹脂を高温水熱法で合成するすると半導体光触媒となることを初めて見出したほか(Y. Shiraishi et al., Nat. Mater., 2019, 18, 985, DOI:10.1038/s41563-019-0398-0、プレスリリースhttps://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190702_1)、酸性水溶液中での合成により、太陽エネルギー変換効率0.7%という高い効率でH2O2を生成することを見出し(Y. Shiraishi et al., Commun. Chem., 2020, 3, 169, DOI: 10.1038/s42004-020-00421-x、プレスリリースhttps://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20201113_1)、さらに、RF樹脂に導電性高分子(ポリチオフェン)を複合することにより、太陽エネルギー変換効率を0.9%まで向上させました(Y. Shiraishi et al., J. Am. Chem. Soc., 2021, 143, 12590, DOI: 10.1021/jacs.1c04622、プレスリリースhttps://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210721_1)。しかし、長時間の光触媒反応を行った場合には、生成したH2O2が光触媒上で酸化(H2O2 → O2 + 2H+ + 2e)あるいは還元(H2O2 + 2H+ + 2e → 2H2O)されることにより分解されてしまうため、高濃度の溶液を製造することは困難でした。したがって、効率よくH2O2を製造しながら、分解反応を抑制するための方法論が求められていました。

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図1. 本研究で開発したRF@Nf樹脂の生成メカニズム

研究の内容

研究グループでは、汎用の合成高分子であるNafion(Nf)を用いたRF樹脂の改良を進めました。Nfは、図1(a)に示すように、疎水性のテフロン骨格(緑部分)と、スルホン酸基をもつ親水性のパーフルオロ側鎖(黒部分)から構成される両親媒性高分子であり、燃料電池におけるイオン交換膜として幅広く用いられています。水に、レゾルシノール、ホルムアルデヒド、およびNf分散液を加えて高温水熱処理(~250 °C)を行うと、Nfの疎水骨格部分がRF樹脂に取り込まれる一方、親水性側鎖部分を外に向けた構造ができあがります(b)。この際、親水基部分による静電反発によりRF樹脂の成長が抑制されます。RF樹脂は~3 mmの直径を有する球状粒子ですが、RF@Nf樹脂は、~0.3 mm程度の小粒子からなる連結構造をもちます(c)。

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図2. (a)RFおよび(b)RF@Nf光触媒上での光触媒メカニズム
(a) RFではH2O2の生成および分解が進んでしまう。(b) 小粒子の形成により比表面積が大きくなりH2O2生成が促進されることに加え、疎水性表面へH2O2が接近しにくくなり分解が抑制される。

図2(a)に示すように、RF樹脂を水に懸濁させてO2存在下で光照射を行うと、水の酸化とO2還元によりH2O2が生成しますが、同時にH2O2が酸化あるいは還元されることにより分解されてしまいます。一方、図2(b)に示すように、RF@Nf樹脂の場合、樹脂が小粒子化されることにより比表面積が大きくなるため、水の酸化およびO2の還元を進める活性サイトが増加し、H2O2の生成が促進されます。一方、Nfの疎水性部分を取り込むことにより樹脂表面は疎水化されているため、生成したH2O2は樹脂表面に接近しにくくなり、分解されにくくなります。

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図3. 疑似太陽光(300–2500 nm)を照射した場合のH2O2生成量
RF@Nf光触媒樹脂を用いると高濃度のH2O2溶液を得ることができる。

図3に示すように、RF樹脂を水に懸濁させ、O2を流通させながら疑似太陽光を照射すると、H2O2生成速度は次第に小さくなってしまいます。一方、RF@Nf樹脂は高いH2O2生成速度を示すとともに、H2O2の分解が抑制され、RFを用いた場合の1.5倍の濃度のH2O2溶液を合成することができます。この濃度は、これまでに報告された粉末光触媒における最大のH2O2濃度です。したがって、汎用のイオン交換型高分子を利用して合成したメタルフリー触媒が、人工光合成型H2O2製造に有効であることが実験的に確認できました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本光触媒樹脂は、汎用の原料(レゾルシノール・ホルムアルデヒド・Nf)を酸性溶液中に加えて高温水熱処理するだけで合成できます。メタルフリー光触媒を水に懸濁させて空気存在下で太陽光を照射する操作により液体燃料を製造できる特徴は、太陽エネルギー変換に対する考え方を革新する新材料となるはずです。本方針にもとづけば、殺菌剤・漂白剤となるH2O2溶液を、使いたい場所で使いたい量だけ簡便に合成するオンデマンド合成が可能となり、小型H2O2製造デバイスなどの社会実装が期待できます。

特記事項

本研究成果は、米国化学誌「JACS Au」に、7月25日(火)17時(日本時間)に公開されました。

タイトル:“Nafion-Integrated Resorcinol-Formaldehyde Resin Photocatalysts for Solar Hydrogen-Peroxide Production”
著者名:Yasuhiro Shiraishi, Masahiro Jio, Koki Yoshida, Yoshihiro Nishiyama, Satoshi Ichikawa, Shunsuke Tanaka, and Takayuki Hirai
DOI: https://doi.org/10.1021/jacsau.3c00262

なお、本研究は、科学研究費助成事業(基盤研究B)「水と空気から過酸化水素を合成する機能集積型樹脂半導体光触媒」(研究代表者:白石康浩)の支援により実施されました。

参考URL

白石康浩 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/f7482bda1ee072b7.html

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

エネルギーキャリア

エネルギーを貯蔵・輸送するための化学物質。アンモニアや有機ハイドライド、ギ酸、H2O2など、海外などの再生可能エネルギーが豊富な地域で得たエネルギーを化学的に変換して消費地まで貯蔵・輸送するために用いられる化学物質を指す。

高温水熱法

密閉容器内での熱水中により行われる化合物の反応。通常の水熱反応は~100℃の温度で行われるが、本合成法では200℃以上の温度で行うことを特徴としている。

レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)樹脂

レゾルシノールとホルムアルデヒドを、室温~100℃程度の温度で重縮合させて合成する合成高分子。1989年に初めて合成され、現在でも接着剤、塗料、鋳型として幅広く利用されている。

光触媒

光を吸収することにより生ずる正孔と励起電子により、それぞれ酸化・還元作用を示す物質。代表的な光触媒として二酸化チタン(TiO2)が知られている。

人工光合成

植物の光合成(天然光合成)と同じく、自由エネルギー変化が正の値(ΔG° >0)をとるアップヒル反応。太陽光エネルギーを化学エネルギー(本研究の場合、H2O2)として蓄積できる。

太陽エネルギー変換効率

太陽光または疑似太陽光により照射した光エネルギーのうち、化学エネルギーに変換された割合。一般的な光合成植物による太陽光―バイオマス変換効率は約0.1%である。