導電性の向上で高活性に!
変換効率1%で水とO2からH2O2を製造する光触媒樹脂
研究成果のポイント
- 過酸化水素(H2O2)は、漂白剤や殺菌剤として重要であるほか、燃料電池発電の燃料となるエネルギーキャリアとして有望視されているため、地球上に豊富に存在する原料から再生可能エネルギーを用いて合成する方法が期待されていた。
- 研究者らはこれまで、独自の「高温水熱法」により合成したレゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)樹脂が、太陽光エネルギーにより水と酸素(O2)からH2O2を生成する光触媒となることを明らかにしているが、光触媒活性の向上が課題であった。
- 本研究開発において、汎用の導電性高分子であるポリチオフェン[P3HT: poly(3-hexylthiophene-2,5-diyl)]をドープしたRF樹脂(RF/P3HT樹脂)が、効率よくH2O2を生成することを見出した。H2O2を生成する抗菌・殺菌デバイスの実現、ならびにH2O2をエネルギーキャリアとする新エネルギー社会実現に向けての社会実装が期待できる。
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科 化学工学領域/附属太陽エネルギー化学研究センターの白石 康浩准教授、大学院生の松本 昌子さん(博士前期課程2年)、平井 隆之教授らの研究グループは、太陽光照射下、水とO2を原料として非常に高いH2O2生成活性を示す、ポリチオフェン含有レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF/P3HT)光触媒樹脂を開発しました。
H2O2は漂白剤や消毒剤として重要な化学物質であるほか、燃料電池発電の燃料として利用できるため、エネルギーキャリアとして注目を集めています。従来、H2O2は、H2とO2を多段階で反応させるエネルギー多消費型プロセスにより合成されています。一方、光触媒反応では、太陽光エネルギーにより水とO2から合成する(H2O + 1/2O2 → H2O2, DG° = +117 kJ mol–1))人工光合成型のH2O2製造が原理的には可能です。しかし、通常の光触媒では、水の四電子酸化(2H2O → O2 + 4H+ + 4e–)と、O2の選択的な二電子還元(O2 + 2H+ + 2e– → H2O2)を進めることは難しく、新しい光触媒の開発が求められていました。
本研究グループは、これまで、レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)樹脂、に着目してきました。RF樹脂は、本来は絶縁体ですが、高温水熱法で合成することにより半導体光触媒となることを2019年に見出しました(Y. Shiraishi et al., Resorcinol–formaldehyde resins as metal-free semiconductor photocatalysts for solar-to-hydrogen peroxide energy conversion, Nature Materials, 2019, 18, 985–993, DOI: 10.1038/s41563-019-0398-0,2019年7月2日のプレスリリースhttps://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190702_1)。さらに2020年には、RF樹脂を酸性条件で高温水熱合成することにより、太陽エネルギー変換効率0.7%という、これまでに報告された粉末光触媒による太陽エネルギー変換反応としては最大の効率でH2O2を生成することを見出しました(Y. Shiraishi et al., Solar-to-hydrogen peroxide energy conversion on resorcinol–formaldehyde resin photocatalysts prepared by acid-catalysed polycondensation, Communications Chemistry, 2020, 3, 169, DOI: 10.1038/s42004-020-00421-x, 2020年11月13日のプレスリリースhttps://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20201113_1)
本研究グループでは、RF光触媒樹脂の活性向上を目指しました。汎用の導電性高分子であるポリチオフェン[P3HT: poly(3-hexylthiophene-2,5-diyl)]をドープすることにより、樹脂の導電性が飛躍的に向上し、太陽エネルギー変換効率1%の非常に高い効率でH2O2を生成することを見出しました。本樹脂は、酸性水溶液(pH~3)に、レゾルシノール、ホルムアルデヒド、P3HTを加えて高温水熱処理する簡単な方法により合成できるほか、3 mm程度の取り扱いやすい球状粒子であるため、様々な加工により社会実装が期待できます。また、今回の光触媒設計を応用して、さらに高活性なH2O2合成触媒の創製が期待できます。
本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版にて米国時間2021年7月21日(水)(日本時間7月22日(木))に公開されました。
研究の背景
太陽光エネルギーにより水とO2からH2O2を製造する(H2O + 1/2O2 → H2O2, DG° = +117 kJ mol–1))光触媒反応は、新たなエネルギー製造技術として注目を集めています。しかし、通常、光触媒として用いられる金属酸化物半導体では、水の四電子酸化(2H2O → O2 + 4H+ + 4e–)と、O2の選択的な二電子還元(O2 + 2H+ + 2e– → H2O2)を同時に進めることは困難であるほか、生成したH2O2が分解してしまいます。そのため、新しい光触媒の開発が求められていました。
本研究グループは、汎用の合成高分子であるRF樹脂に着目した触媒開発を進めてきました。RF樹脂は、本来は絶縁体であり、これまで光触媒として用いられたことはありません。研究グループは、RF樹脂を高温水熱法で合成することにより半導体光触媒として働くことを初めて見出したほか(Y. Shiraishi et al., Nature Materials, 2019, 18, 985–993, DOI:10.1038/s41563-019-0398-0)、酸性水溶液中での合成により、太陽エネルギー変換効率0.7%という、非常に高い効率でH2O2を生成することを見出しました(Y. Shiraishi et al., Communications Chemistry, 2020, 3, 169, DOI: 10.1038/s42004-020-00421-x))。次の課題は、樹脂の光触媒活性を向上させることですが、このような新たな樹脂の機能制御に関する知見はなく、その方法論が求められていました。
研究の内容
本研究グループでは、樹脂の導電性を向上させることに取り組みました。RF樹脂では、レゾルシノールのベンゼノイド体(電子ドナー)とキノイド体(電子アクセプター)が連結したドナーアクセプター対が形成され(図1a)、これらが上下方向にπスタッキングした三次元構造ができ(図1b)、ドナー部位を価電子帯、アクセプター部位を伝導帯とする半導体バンド構造が形成されます(図1c)。それぞれのドナーアクセプター対は横方向には連結しておらず、図1cのように、欠陥のあるバンド構造ができてしまいます。
図1. RF光触媒樹脂の(a)基本骨格構造、(b)三次元構造、(c) バンド構造の模式図 欠陥の多い半導体バンド構造が形成される。
一方、汎用の導電性高分子であるポリチオフェン[P3HT: poly(3-hexylthiophene-2,5-diyl)](図2a)をドープしたRF/P3HT樹脂(図2b)では、P3HTのHOMO(最高被占軌道)からアクセプター部位への電子移動により電荷移動錯体が形成されます。そのため、光励起により樹脂上に生成した励起電子はP3HTを通して輸送される(図2c)ため、導電性が向上します。したがって、P3HTは樹脂の欠陥部分を繋ぐ、導電性の架橋基として働き、このような高導電性化により高い光触媒活性が発現します。本樹脂は、図3に示すように、太陽エネルギー変換効率約1%の効率でH2O2を生成します。この効率は、これまでに報告された粉末光触媒による太陽エネルギー変換反応としては最大の効率です。
図2. (a)P3THの構造, RF/P3HT光触媒樹脂の(b)三次元構造と(c)バンド構造の模式図 P3HTとアクセプター部位が電荷移動錯体を形成し、P3HTのHOMOを介した電子輸送を進めることにより導電性が向上する。
図3. 疑似太陽光照射による照射時間と過酸化水素生成量および太陽エネルギー変換効率の関係 H2O2は光照射にともない継続的に生成し、長時間の反応でも1%以上の太陽エネルギー変換効率を安定的に示す。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
エネルギーキャリアは、非化石燃料依存型社会を実現するためのキーマテリアルと考えられています。気体であるため貯蔵・輸送の困難なH2に代わり、液体エネルギーキャリアであるアンモニア、有機ハイドライド、ギ酸などが研究されています。H2O2もその候補の一つですが、水とO2から太陽光により合成することは困難でした。本光触媒樹脂は、汎用の原料(レゾルシノール・ホルムアルデヒド・ポリチオフェン)を酸性溶液中に加えて高温水熱処理するだけで合成できます。樹脂を水に懸濁させて空気存在下で太陽光を照射する操作により液体燃料を製造できる特徴は、太陽エネルギー変換に対する考え方を革新する新材料となるはずです。開発した光触媒樹脂は、3 mm程度の球状粒子であるため取り扱いも容易であり、様々な加工により社会実装が期待できます。
特記事項
本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版にて米国時間2021年7月21日(水)(日本時間7月22日(木))に掲載されました。
タイトル:“Polythiophene-Doped Resorcinol–Formaldehyde Resin Photocatalysts for Solar-to-Hydrogen Peroxide Energy Conversion”
(ポリチオフェンドープレゾルシノール-ホルムアルデヒド樹脂による太陽光-過酸化水素エネルギー変換)
著者名:Yasuhiro Shiraishi, Masako Matsumoto, Satoshi Ichikawa, Shunsuke Tanaka, and Takayuki Hirai
DOI: 10.1021/jacs.1c04622
本研究は、JST戦略的創造推進事業 個人型研究(さきがけ)「再生可能エネルギーの輸送・貯蔵・利用に向けた革新的エネルギーキャリア利用基盤技術の創出」、およびJSPS科学研究費助成事業(新学術領域研究(公募研究))「光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光-物質変換系の創製」(いずれも、研究代表者:白石康浩 大阪大学大学院基礎工学研究科 化学工学領域/附属太陽エネルギー化学研究センター 准教授)の支援により実施されました。
用語説明
- エネルギーキャリア
エネルギーを貯蔵・輸送するための化学物質。特に、アンモニアや有機ハイドライド、ギ酸、H2O2など、海外などの再生可能エネルギーが豊富な地域で得たエネルギーを化学的に変換して消費地まで貯蔵・輸送するのに用いられる化学物質を指す。
- 高温水熱法
密閉容器内での熱水中により行われる化合物の反応。通常の水熱反応は~100℃の温度で行われるが、本合成法では200℃以上の温度で行うことを特徴としている。
- レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)樹脂
レゾルシノールとホルムアルデヒドを、室温~100℃程度の温度で重縮合させて合成する合成高分子。1989年に初めて合成され、現在でも接着剤、塗料、鋳型として幅広く利用されている。
- 光触媒
光を吸収することにより生ずる正孔と励起電子により、それぞれ酸化・還元作用を示す物質。代表的な光触媒として二酸化チタン(TiO2)が知られている。
- 人工光合成
植物の光合成(天然光合成)と同じく、自由エネルギー変化が正の値(DG° >0)をとるアップヒル反応。太陽光エネルギーを化学エネルギー(本研究の場合、H2O2)として蓄積できる。
- 太陽エネルギー変換効率
太陽光または疑似太陽光により照射した光エネルギーのうち、化学エネルギーに変換された割合。一般的な光合成植物による太陽光―バイオマス変換効率は約0.1%である。