![太陽光と塩水と空気で次亜塩素酸(HClO)を合成](/ja/research/2023/20230510_1/@@images/c404a029-d3ee-4ae8-aaf0-e12f8d4b6329.jpeg)
太陽光と塩水と空気で次亜塩素酸(HClO)を合成
常温・常圧下+再生可能エネルギーで合成する光触媒技術
研究成果のポイント
- 次亜塩素酸(HClO)は、殺菌剤・漂白剤として不可欠な試薬であるが、塩水(Cl–を含む水溶液)の電気分解により製造されており、再生可能エネルギーを用いて合成する方法が期待されていた。
- 本研究開発において、常温・常圧下、太陽光エネルギーを用いて、塩水から十分な殺菌・漂白作用を有する高濃度HClO溶液を製造する光触媒技術の開発に成功した。
- 金粒子を担持した塩化銀粉末(Au/AgCl触媒)を塩水に懸濁させて、空気流通下で太陽光を照射する簡便な方法により、効率よくHClOを合成する光触媒技術を開発した。
- 塩水を原料として、“使いたい場所で使いたい量だけ”HClO溶液をオンデマンド合成する小型HClO製造デバイスの実現が期待できる。
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科 化学工学領域/附属太陽エネルギー化学研究センターの白石 康浩准教授、大学院生の島袋善文さん(博士前期課程2年)、平井 隆之教授らの研究グループは、可視光照射下、塩水と空気を原料として非常に高いHClO生成活性を示す、Au/AgCl光触媒を開発しました。
HClOは殺菌剤・漂白剤として不可欠な化学物質です。従来、HClOは、塩水の電気分解により合成したCl2ガスから製造されるため、膨大な電気エネルギーを必要とします。これに対して、光触媒反応では、Cl–の酸化(2Cl– → Cl2 + 2e–)とそれに続く水分子との不均化反応(Cl2 + H2O←→HClO + H+ + Cl–)、およびO2分子の還元(O2 + 4H+ + 4e– → 2H2O)により、原理的には塩水と空気から太陽光エネルギーを用いてHClOを合成する(Cl– + 1/2O2 + H+ → HClO)ことが可能です。しかし、Cl–の酸化には大きなエネルギーが必要であるため、通常は、紫外光(l > 400 nm)により励起する光触媒を使う必要があります。しかし、生成したHClOは紫外光を吸収して分解(HClO → Cl– + 1/2O2 + H+)してしまうため、十分な殺菌力・漂白力をもつ高濃度のHClO溶液を合成することは困難でした。
研究グループでは、Cl–含有半導体である塩化銀(AgCl)粉末に金(Au)粒子を担持したAu/AgCl光触媒を開発しました。この粉末触媒を塩水に懸濁させ、空気流通下で可視光を照射することにより、十分な殺菌力・漂白力を有する高濃度のHClO溶液を合成できることを見出しました。塩水を原料として、使いたい場所で使いたい量だけHClO溶液をオンデマンド合成する小型HClO製造デバイスの実現が期待できます。
本研究成果は、米国化学誌「JACS Au」に、5月10日(水)17時(日本時間)に公開されました。
研究の内容
研究グループではこれまで、金(Au)をはじめとする金属ナノ粒子が可視光を吸収して活性化する局在表面プラズモン共鳴にもとづいた光触媒開発を進めてきました。そして今回、Cl–含有半導体である塩化銀(AgCl)にAu粒子を担持したAu/AgCl光触媒を開発しました。この粉末触媒を塩水に懸濁させ、空気流通下で可視光を照射することにより、十分な殺菌力・漂白力を有するHClO溶液を合成できることを見出しました。
図1(a)に示すように、触媒上のAu粒子が可視光を吸収することにより活性化され、ホットホール(h+)とホットエレクトロン(e–)を生成します。(b)に示すように、e–はO2を還元して水を生成します。一方、h+は隣接するAgClの骨格Cl–を酸化してCl2を生成します(2Cl– → Cl2 + 2e–)。骨格Cl–はAg+と強く相互作用しているため、溶液中のCl–よりも酸化されやすく、この反応は効率よく進みます。生成したCl2はすぐに水分子との不均化反応によりHClOを生成します(Cl2 + H2O ←→ HClO + H+ + Cl–)。また、(c)に示すように、失われた骨格Cl–は溶液から補填されます。このような、骨格Cl–の酸化と溶液からの補填が繰り返し起こることにより触媒的にHClOが生成します。
図2に示すように、塩水(550 mM NaCl溶液)にAu/AgCl触媒を懸濁させ、空気を流通させながら疑似太陽光を照射すると、溶液中のHClO濃度は照射時間に対して直線的に増加します。24時間の光照射を行った場合のHClO濃度は38 ppmであり、この濃度は世界保健機関(WHO)が推奨する、飲料水の殺菌のために使用すべきHClO濃度(3 ppm以上)を大幅に上回っています。なお、3 ppm以上のHClO溶液は、汚染水や湖、川、地下水に含まれる多くの細菌やウイルスの殺菌・消毒に有効であることが実験的にも確認されています。
また、図3に示すように、排水管から採取した黒カビ、髪の毛、デニム生地を、得られたHClO溶液に3日間浸したところ、どれも漂白されていることが確認されました。したがって、本光触媒反応により十分に殺菌・漂白作用のあるHClO溶液を合成できることが分かります。
図1. 本研究で開発したAu/AgCl触媒のHClO生成メカニズム
(a)Au粒子の可視光吸収によるホットエレクトロンとホットホールの生成、(b)ホットホールによる骨格Cl–酸化とホットエレクトロンによるO2還元、(c) 脱離した骨格Cl–の溶液からの補填
図2. 疑似太陽光(300–2500 nm)のうち、可視光(l >420 nm)を照射した場合の照射時間とHClO生成量
HClOは光照射にともない継続的に生成し、WHOの推奨する飲料水消毒のためのHClO濃度を大幅に上回る。
図3. 光反応後に回収したHClO溶液に(a)黒カビ(排水口から採取),(b)毛髪、(c)デニム生地を浸した場合の写真
いずれも分解・脱色されており、光触媒反応により得られたHClO溶液が十分な殺菌力・漂白力をもつことが分かる。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、太陽光エネルギーにより塩水と空気からHClOを効率よく合成するための光触媒の設計指針が明らかになりました。本方針にもとづけば、殺菌剤・漂白剤となるHClO溶液を、使いたい場所で使いたい量だけ塩水から簡便に合成するオンデマンド合成が可能となり、小型HClO製造デバイスなどの社会実装が期待できます。
特記事項
本研究成果は、米国化学誌「JACS Au」に、5月10日(水)17時(日本時間)に公開されました。
タイトル:“Sunlight-Driven Generation of Hypochlorous Acid on Plasmonic Au/AgCl Catalyst in Aerated Chloride Solution”
著者名:Yasuhiro Shiraishi, Yoshifumi Shimabukuro, Kaho Shima, Satoshi Ichikawa, Shunsuke Tanaka, and Takayuki Hirai
DOI: https://doi.org/10.1021/jacsau.3c00066
なお、本研究は、科学研究費助成事業(基盤研究B)「塩水と空気から次亜塩素酸を合成する金属ナノ粒子/半導体相界面光触媒」(研究代表者:平井隆之 大阪大学大学院基礎工学研究科 附属太陽エネルギー化学研究センター)の支援により実施されました。
参考URL
白石康浩 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/f7482bda1ee072b7.html
SDGsの目標
用語説明
- 光触媒
光を吸収することにより生ずる正孔と電子により、それぞれ酸化・還元作用を示す物質。代表的な光触媒として、二酸化チタン(TiO2)が知られている。
- 局在表面プラズモン共鳴
ナノメートルサイズの金属ナノ粒子へ入射した光子が表面電子の集団共鳴振動を引き起こす現象。これにより、エネルギーをもったホットホール・ホットエレクトロンが生成し、それぞれ周囲の物質を酸化・還元することができる。