太陽光により硝酸からアンモニアを合成

太陽光により硝酸からアンモニアを合成

安価な銅ドープニ酸化チタン光触媒で実現

2025-1-10工学系
基礎工学研究科准教授白石康浩

研究成果のポイント

  • 常温・常圧下、太陽光エネルギーにより、水を還元剤として硝酸(NO3)をアンモニア(NH3)に変換する光触媒を開発。
  • 二酸化チタンに銅イオンをドープしたCu-TiO2光触媒をNO3を含む水に加えて太陽光を照射する簡便な方法により、NH3を合成可能に。
  • NH3は、身の回りの多くの物質に含まれる含窒素化合物を合成する物質として、また再生可能エネルギーの貯蔵・輸送を担うエネルギーキャリアとして重要な化学物質で、より安価に、常温・常圧下で安定的に合成する技術が求められてきた。
  • NO3は工業排水に多量に含まれる環境汚染物質であり、貴重な窒素資源を無駄に排出していることから、その資源化が求められていた。
  • NO3排水の無害化とNH3への再資源化を行う社会実装に期待。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科 化学工学領域/附属太陽エネルギー化学研究センターの、大学院生 平松 航さん(博士後期課程1年)、白石 康浩准教授、平井 隆之教授、関西電力株式会社らの研究グループは、太陽光照射下、水と硝酸(NO3)からアンモニア(NH3)を合成する光触媒を開発しました。

NH3は、すべての含窒素化合物を合成するための基幹化学物質です。最近では、再生可能エネルギーの貯蔵・輸送を担うエネルギーキャリアとしても注目されています。通常、NH3合成は、高温・高圧条件下でN2とH2を反応させる(N2 + 3H2 ⇄ 2NH3)方法により行われており、費用面や安定性の面で課題がありました。一方、NO3は工業排水に多量に含まれる環境汚染物質です。通常、水を加えて希釈し、規制値以下の濃度に下げて環境中に排出されています。これは、貴重な窒素資源を無駄に排出していることになります。再生可能エネルギーを用いて、排水中のNO3をNH3に変換できれば、排水を無害化して再資源化し、窒素資源循環を行う新たな技術となります。

光触媒反応では、太陽光エネルギーにより水中でNO3をNH3に変換する(HNO3 + H2O → NH3 + 2O2)ことが原理的には可能です。しかし、水の四電子酸化(2H2O → O2 + 4H+ + 4e)と、NO3-の八電子還元(NO3- + 9H+ + 8e- → NH3 + 3H2O)を進めることは難しく、これまでに報告例はありませんでした。

研究グループは、代表的な光触媒である二酸化チタン(TiO2)に少量の銅イオン(Cu2+)をドープしたCu-TiO2光触媒を合成しました。本触媒は、Cu2+のドープにより、表面の格子酸素が部分的に脱離した「表面酸素欠陥」を多量に含有します。通常、表面酸素欠陥は不安定ですが、本触媒の表面酸素欠陥は安定であるとともに、強力なNO3還元サイトとして働きます。Cu-TiO2触媒を、NO3を含む水に加えて太陽光を照射することにより、水を還元剤としてNO3をNH3に変換することに成功しました。

本研究成果は、米国化学誌「Journal of the American Chemical Society」に、1月9日(木)17時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

NH3は、化学肥料をはじめとする含窒素化合物を合成するための基幹物質であるほか、近年では、エネルギーキャリアとしても注目されています。通常、NH3合成は、非常に高い圧力・温度下でN2を反応させる(N2 + 3H2 ⇌ 2NH3)方法により行われており、費用面や安定性の面で課題がありました。一方、NO3は工業排水に多量に含まれる環境汚染物質です。通常、水を加えて希釈し、規制値以下の濃度に下げて環境中に排出されています。これは、貴重な窒素資源を無駄に排出していることになります。したがって、再生可能エネルギーを用いて、排水中のNO3をNH3に変換することができれば、排水の無害化・再資源化とともに、窒素資源循環を行うための新たな技術となります。

光触媒反応では、太陽光エネルギーにより水を還元剤としてNO3からNH3を製造する(HNO3 + H2O → NH3 + 2O2)ことが原理的には可能です。この反応を進行させるためには、光励起により生成したホールによる水の四電子酸化(2H2O → O2 + 4H+ + 4e)と、励起電子によるNO3-の八電子還元(NO3- + 9H+ + 8e- → NH3 + 3H2O)を進める必要があります。しかし、これらの多電子反応を進めることは難しく、これまで本反応を進める反応系は開発されていませんでした。

本研究グループでは、これまで、代表的な光触媒であるTiO2の表面酸素欠陥がNO3をNH3に還元する強力な還元サイトとして働くことを見出していました(H. Hirakawa et al., ACS Catalysis, 2017, 7, 3713–3720. DOI: 10.1021/acscatal.7b00611)。表面酸素欠陥は、H2などを用いる還元処理によって簡単に形成させることはできますが、O2が存在するとすぐに消失してしまいます。そのため、表面酸素欠陥を多量に作り出すことはできず、これまで、水を還元剤としてNO3をNH3に変換することは困難でした。

研究の内容

本研究では、安定な表面酸素欠陥をTiO2に多量に形成させる方法の開発に取り組みました。そして今回、Cu2+のドープに着目しました。Ti4+およびCu2+から構成される混合ゲルを空気流通下で焼成する簡単な操作により、Cu2+をドープしたTiO2(Cu-TiO2触媒)を合成できます。図1(a)の概念図に示すように、Ti4+種の一部がCu2+に置換され、電荷のバランスを維持するために隣接する酸素原子が脱離して、酸素欠陥が生成します。図1(b)に示すように、表面では、Ti3+とCu2+の間の酸素原子が脱離した表面酸素欠陥が生成し、このサイトが還元サイトとして機能します。この方法では、多量の表面酸素欠陥を作ることができるとともに、この欠陥はO2存在下でも安定であることを突き止めました。

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図1. (a)二酸化チタン骨格へのCuドープのイメージ、(b)表面酸素欠陥構造

光触媒反応は、NO3を含む水に、触媒粉末を懸濁させて太陽光を照射する簡単な操作が可能です。TiO2を用いた場合には、NO3の減少はほとんど見られませんが、Cu-TiOを用いた場合にはNO3が減少するとともに、亜硝酸(NO2)およびNH3が同時に生成します。生成したNO2はNH3に還元されます。この際、他の還元生成物は確認されず、NO3は選択的にNH3へ還元されることが分かりました。また、反応中には量論量通り(HNO3 + H2O → NH3 + 2O2)にO2の生成が確認され、水を還元剤としてNO3をNH3に変換できることが分かりました。

図2には、Cu-TiO2触媒上における反応メカニズムを示しています。円内に示すように、触媒は光を吸収して、価電子帯にホール(h+)、伝導帯に励起電子(e)を生成します。ホールは水を酸化することにより消費されます。一方、円上に示すように、励起電子は表面酸素欠陥(i)に隣接するTiに集まり、還元反応を進めます。まず、NO3は橋掛構造で表面酸素欠陥に吸着し(ii)、励起電子によるN–O開裂(iii)、水の脱離によりNO2中間体(iv)を生成します。この中間体の吸着は弱いため、一部は脱離し、溶液中にNO2が生成します。続くN–O開裂(v)、水の脱離によりNO中間体(vi)を生成します。さらなるN–O開裂(vii)と水の脱離によるアミン中間体(viii)の生成、続く還元により生成したNH3(ix)が脱離することにより表面酸素欠陥を再生します。これらのメカニズムは、密度半関数(DFT)法を用いる計算化学によっても支持され、水を還元剤として触媒的にNH3が生成することを突き止めました。

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図2. 本光触媒系におけるNH3生成メカニズム

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、TiO2にCu2+をドープした安価な光触媒により、太陽光エネルギーを利用して、水を還元剤としたNO3からのNH3合成が可能であることを明らかにしました。本方針にもとづけば、NO3排水から直接NH3を合成することが可能となり、排水の無害化と再資源化を行う社会実装が期待できます。また、O2存在下でも安定な表面酸素欠陥を作り出すことができることを明らかにした本研究成果は、今後の触媒開発における重要な知見となります。

特記事項

本研究成果は、米国化学誌「Journal of the American Chemical Society」に、1月9日(木)17時(日本時間)に公開されました。

タイトル:“Surface Oxygen Vacancies on Copper-Doped Titanium Dioxide for Photocatalytic Nitrate-to-Ammonia Reduction”
著者名:Wataru Hiramatsu, Yasuhiro Shiraishi, Satoshi Ichikawa, Shunsuke Tanaka, Yasuo Kawada, Chihiro Hiraiwa, and Takayuki Hirai
DOI: 10.1021/jacs.4c14804

なお、本研究は、科学研究費助成事業(挑戦的研究:開拓)「表面酸素欠陥が駆動する空気と水からの常温硝酸合成」(研究代表者:白石康浩 大阪大学大学院基礎工学研究科 化学工学領域/附属太陽エネルギー化学研究センター)の支援により実施されました。

本研究は、関西電力株式会社との共同研究です。

参考URL

白石康浩 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/f7482bda1ee072b7.html

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

エネルギーキャリア

エネルギーの輸送・貯蔵のための化学物質。特に、アンモニアや有機ハイドライド、ギ酸、H2O2など、海外など再生可能エネルギーが豊富な地域で得た電気エネルギーを化学的に変換して消費地まで貯蔵・輸送するのに用いられる化学物質を指す。

光触媒

光を吸収することにより生ずる正孔と電子により、それぞれ酸化・還元作用を示す物質。本研究で用いている二酸化チタン(TiO2)は代表的な光触媒として知られている。

ドープ

触媒の性能や特性を変化させることを目的として、触媒に少量の異なる元素を意図的に添加するプロセス。