精子の受精能獲得を制御する分子を発見

精子の受精能獲得を制御する分子を発見

帽子を脱げず卵子と受精できない精子

2023-1-26生命科学・医学系
微生物病研究所准教授宮田治彦

研究成果のポイント

  • 精子の受精能獲得に重要なタンパク質FER1L5を発見
  • FER1L5を欠損したマウスを作製したところ、精子は受精能を獲得せず卵子と受精しなかった
  • FER1L5はヒト精子にも存在しており、男性不妊の診断や治療法の開発に繋がると期待

概要

大阪大学微生物病研究所の宮田治彦准教授、伊川正人教授、同大学院医学系研究科の諸星茜さん(博士課程学生・研究当時) らの研究グループは、精子の受精能獲得に重要なタンパク質FER1L5を発見しました。

雌の生殖路に射出されたばかりの精子には受精能がありません。精子が生殖路を移行中に先体反応を起こすことで卵子と受精できるようになります。しかし、これまで先体反応の制御機構についてはほとんど分かっていませんでした。

今回、伊川教授らの研究グループは、線虫の受精に必須のタンパク質として同定されたFER-1に着目しました。哺乳類であるマウスにもFER-1に似たタンパク質が存在しており、その中で機能未知のFER1L4、FER1L5、FER1L6を解析したところ、FER1L5が先体反応や生殖能力に重要であることを見つけました (図1)。FER1L5はヒト精子にも存在することが知られており、本研究成果は男性不妊症の診断や治療法の開発に繋がると期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、2023年1月26日(木)午前4時(日本時間)に公開されました。

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図1. 雌の生殖路内の卵子に到達した精子(赤色)
Fer1l5を欠損した精子では先体反応が起こらず、卵子に到達しても先体 (緑色) が残ったままである。そのため卵子と受精することができない。

研究の背景

先体反応は受精に必須の現象ですが、その制御機構については長年不明でした。研究チームは線虫の受精に必須のタンパク質FER-1に着目しました。ヒトやマウスの精子とは異なり、線虫の精子はアメーバのように運動します (図2上)。FER-1はアメーバ運動の開始に重要なタンパク質として見つかりました。マウスにもFER-1に似たタンパク質が6つ存在します (DYSF、OTOF、MYOF、FER1L4、FER1L5, FER1L6)。DYSFは筋ジストロフィー、OTOFは難聴に関与することが知られる一方、FER-1に似たタンパク質が哺乳類の精子機能に関与するのかは不明でした。

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図2. 精子の変化
線虫精子は活性化し、アメーバ運動を示す。マウス精子は先体反応を起こし、卵子との融合に必須な分子が露出する。

研究の内容

マウスの各組織を用いて、機能未知のFer1l4Fer1l5Fer1l6の発現を調べたところ、どの遺伝子も精巣で発現しており、精子で機能する可能性がありました。そこでFer1l4Fer1l5, Fer1l6をそれぞれ欠損したマウスを作製したところ、Fer1l5のみが雄マウスの生殖能力に重要であることが分かりました。Fer1l5を欠損した精子は、形態や運動性に明らかな異常は見つかりませんが、卵子と受精することができませんでした。さらに解析を行い、Fer1l5欠損精子では先体反応が起こらないことを明らかにしました (図3)。

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図3. 精子頭部の電子顕微鏡観察
強力な先体反応誘起剤を添加してもFer1l5を欠損した精子では先体反応が起こらず先体が残ったままである。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

FER1L5の発見が長年不明である先体反応の制御機構解明の突破口になると考えられます。日本を含む先進諸国では6組に1組のカップルが不妊に悩んでおり、その半数は男性に起因すると言われています。FER1L5はヒト精子にも存在しており、FER1L5の機能不全が男性不妊の原因となる可能性があります。本研究成果が男性不妊の検査・診断法の確立や治療法の開発に繋がると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年1月26日(木)午前4時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Testis-enriched ferlin, FER1L5, is required for Ca2+-activated acrosome reaction and male fertility”
著者名:Akane Morohoshi, Haruhiko Miyata, Keizo Tokuhiro, Rie Iida-Norita, Taichi Noda, Yoshitaka Fujihara, and Masahito Ikawa
DOI:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.ade7607

なお、本研究は、JST創発的研究支援事業 (FOREST JPMJFR211F)の一環として行われました。そのほか本研究は日本学術振興会(科研費)、JST戦略的創造研究推進事業 (CREST)、日本医療研究開発機構(AMED)、武田科学振興財団、住友財団、中島記念財団、持田記念医学薬学振興財団、アメリカ国立衛生研究所(NIH)、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の支援を得て行われました。

参考URL

微生物病研究所 遺伝子機能解析分野
https://egr.biken.osaka-u.ac.jp/

用語説明

先体反応

先体は精子頭部に存在する袋状の構造で、帽子のように頭部を覆っています (図2下)。先体反応によって先体内に含まれる酵素などが放出されます。これにより卵子との融合に必須の分子が露出され、精子と卵子とが受精できるようになります。

線虫

線虫には食中毒の原因となるアニキサスなどが含まれます。同じく線虫の一種であるC. elegansはモデル生物としてよく研究に用いられています。哺乳類などの精子とは異なりC. elegansの精子には尻尾がなくアメーバのように運動します。FER-1は精子内の小胞の放出に関与しており、これにより精子がアメーバ運動を開始します (図2上)。