精子の運動を制御する分子を発見
男性避妊薬の開発や不妊症の原因究明に新たな視点
研究成果のポイント
- 精子の運動性制御において重要な役割を果たすタンパク質SPATA33を発見
- タンパク質の配列データ解析やゲノム編集技術を駆使することで制御因子の同定が可能に
- 男性避妊薬の開発や男性不妊症の原因究明に繋がると期待
概要
大阪大学微生物病研究所の宮田治彦准教授、伊川正人教授らの研究グループは、精子タンパク質SPATA33が精子の運動性 (図1) を制御する機構を世界で初めて明らかにしました。これまで、脱リン酸化酵素であるカルシニューリンが精子運動性を制御することは知られていましたが、そのメカニズムは分からないままでした。
今回、研究グループは、タンパク質の配列データ解析やゲノム編集技術を駆使することにより、SPATA33がカルシニューリンを精子ミトコンドリアに局在させて、精子運動性を制御していることを明らかにしました。本研究成果は、男性不妊症の原因究明や男性避妊薬の開発に繋がると期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America、PNAS)」に8月24日(火)午前4時(日本時間)以降に公開されました。
図1. マウス精子の運動性
精子は尾部を振動させ前進する。動く精子尾部の色を変えて重ね合わせた。
研究の背景
これまで、カルシニューリンが受精に必要な精子の運動性を制御することが知られていました(Science 2015, プレスリリース)。カルシニューリンの阻害剤をオスマウスに投与すると可逆的に不妊になることから、カルシニューリン経路は男性避妊薬の有望な標的だと考えられています。しかし、カルシニューリンは免疫においても重要な機能をもつため、免疫細胞のカルシニューリンを阻害してしまうと免疫機能も抑制されるという問題点がありました。そのため、精子特異的にカルシニューリンの機能を制御する機構の解明が望まれていました。
研究の内容
研究グループは、カルシニューリンに結合するタンパク質の多くがもつPxIxITモチーフに着目しました。約2万個あるマウスタンパク質の中から、PxIxITモチーフを含み、且つ、精巣特異的に発現する8つのタンパク質を解析対象に絞りました (図2)。このうち解析が進んでいない3つのタンパク質について、ゲノム編集技術を用いて欠損マウスを作製しました。その結果、SPATA33を欠損したマウスが、カルシニューリンを欠損したマウスと同様に精子運動性と生殖能力の低下を示しました。
さらに解析を進めることにより、SPATA33はカルシニューリンの局在を制御していることを明らかにしました。SPATA33が欠損すると、カルシニューリンが精子尾部の中片部へ局在できません (図3)。そのため、中片部が屈曲できず、精子運動性が低下します。
図2. カルシニューリン結合タンパク質の探索
PxIxITモチーフを含み、精巣特異的に発現するタンパク質は8つ存在する。その内、解析が進んでいない3つのタンパク質について、ゲノム編集技術を用いて欠損マウスを作製した。
図3. SPATA33の機能
精子中片部にはミトコンドリアと呼ばれる細胞内小器官が存在する。SPATA33はカルシニューリンとVDAC2(ミトコンドリアのタンパク質)を繋げる機能をもつ。SPATA33を欠損させるとカルシニューリンがミトコンドリアに局在できず、中片部が屈曲しない。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
世界統計では、妊娠の約4割が予定外の妊娠とされます。日本でも、毎年約20万件の人工妊娠中絶が実施されており、その理由の1つとして予定外の妊娠があげられます。しかし、女性用経口避妊薬が存在する一方、男性用経口避妊薬の開発は成功していません。SPATA33を標的にすることで、精子特異的にカルシニューリンの機能を阻害する男性避妊薬の開発が期待されます。また、SPATA33によって精子運動性が制御される機構が明らかになり、精子運動性低下による不妊症の原因究明や診断に新たな視点が加わりました。
特記事項
本研究成果は、2021年8月24日(火)午前4時(日本時間)以降に米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America、PNAS)」に掲載されました。
タイトル:“SPATA33 localizes calcineurin to the mitochondria and regulates sperm motility in mice”
著者名:Haruhiko Miyata, Seiya Oura, Akane Morohoshi, Keisuke Shimada, Daisuke Mashiko, Yuki Oyama, Yuki Kaneda, Takafumi Matsumura, Ferheen Abbasi, and Masahito Ikawa
なお、本研究は、日本学術振興会(科研費)、日本医療研究開発機構(AMED)、公益財団法人 武田科学振興財団、アメリカ国立衛生研究所(NIH)、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の支援を得て行われました。
参考URL
微生物病研究所 遺伝子機能解析分野
https://egr.biken.osaka-u.ac.jp/
用語説明
- 脱リン酸化酵素
タンパク質のリン酸基を脱離させる酵素。これによりタンパク質の機能を制御している。
- カルシニューリン
カルシウム依存性の脱リン酸化酵素であり、精子運動性だけでなく免疫にも関与する。カルシニューリンの阻害剤であるシクロスポリンAやタクロリムスは免疫抑制剤として用いられている。
- PxIxITモチーフ
プロリン(P)-X-イソロイシン(I)-X-スレオニン(T)というアミノ酸配列 (Xはどのアミノ酸でも良い)。カルシニューリンに結合する多くのタンパク質がこのアミノ酸配列をもつ。
- ゲノム編集技術
ゲノム(遺伝子を含む遺伝情報)上の任意の場所で、欠失・挿入などの変異を導入できる遺伝子改変技術のひとつ。2020年のノーベル化学賞はゲノム編集技術の開発者に贈られた。