精子がスリムな流線型になるメカニズムを発見

精子がスリムな流線型になるメカニズムを発見

精子がおたまじゃくし状になるために必要な因子TSKS

2023-3-7生命科学・医学系
微生物病研究所教授伊川正人

研究成果のポイント

  • 精子が細胞質を除去し、流線型(おたまじゃくし状)になるために必要なタンパク質TSKSを発見
  • TSKS欠損マウスを作製すると、精子は流線型の形態になれず、雄マウスは不妊となった
  • TSKSはヒト精子にも存在しており、男性不妊の診断や治療法の開発に繋がると期待

概要

大阪大学微生物病研究所の嶋田 圭祐助教、伊川 正人教授、同大学院医学系研究科のPark Soojinさん(博士課程(研究当時)) らの研究グループは、精子が細胞質を取り除き、流線型になるために必須となるタンパク質”TSKS”の機能を明らかにしました。

精子は雌の卵子にたどり着くために、射出後にとても長い距離を泳いで移動する必要があります。精子はスムーズに雌の子宮および卵管内を進んで卵子(卵母細胞)にたどり着くために、前進しやすい形状をとる必要があり、いわゆるおたまじゃくし状のスリムな形態(流線型)を有しています。

精子はもともと一般的な細胞の形状である円形の精子細胞が分化してできたものであり、大量の細胞質を有していたものです。その精子細胞内の大部分を占める細胞質がどのようにして取り除かれ、流線形の精子となれるのか、そのメカニズムについてはほとんど分かっていませんでした。

今回、伊川教授らの研究グループは、機能未知であったTSKSと呼ばれるタンパク質に着目しました。TSKSは雄の精子細胞の細胞質内に存在し、精子から細胞質を取り除き、精子をスリムな流線型にするために必須の因子であることを見つけました (図1)。TSKSはヒト精子にも存在することが知られており、本研究成果は男性不妊症の診断や治療法の開発に繋がると期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」に、3月7日(火)午前5時(日本時間)に公開されました。

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図1. 精巣内で完成直前の精子の電子顕微鏡観察像
正常のマウスでは、精子が完成する直前に赤破線で示した細胞質が取り除かれる。しかしTSKS欠損マウスでは、細胞質が取り除かれず、細胞質を多く含んだままの精子が産生されてしまうため、雄性不妊となってしまう。

研究の背景

精子の形態はよく「おたまじゃくし状」と称されますが、もともと一般的な細胞と同様の円形な精原細胞から精子は分化・発生します。精原細胞から精母細胞、精子細胞を経て精子は形成され、その過程で円形からおたまじゃくし状に形態を変えていきます。精子が形成されていく中での大きな変化の1つとして、細胞内の大部分を占める細胞質の除去があります。この細胞質の除去は精子が精巣内で完成する直前におこなわれます(図2右端)。精子が完成する直前に細胞質が除去されることは、昔から知られていた現象ですが、どのようなメカニズムで細胞質の除去がおこなわれるのかについては不明でした。そこで研究チームは細胞質内のnuage(ヌアージュ)と呼ばれる部位に局在するTSKSに着目しました。のちにこのnuageはTSKSに由来することが分かったため、TSKS由来nuage(TDN)と呼ぶことになりますが、TSKSおよびTDNの精子形成期における役割は長年不明でした。

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図2. 精子から細胞質が除去される過程
精子は精巣内で形成される。精子細胞はセルトリ細胞に包まれており、精子が形成されていく過程で細胞質はセルトリ細胞に残していく形で除去される。

研究の内容

TSKSを欠損したマウスを作製すると雄性不妊となったため、TSKSは雄マウスの生殖能力に重要であることが分かりました。TSKSは精子細胞内の細胞質内に存在するTDNに局在しており、TSKS欠損マウスではTDNが消失していました。TSKSおよびTDNを欠損した精子は、精子形成の最終ステップ(図2右端)で、細胞質の除去ができないため流線形を有することができず(図1)、精子が貯蔵される精巣上体にてアポトーシスによる分解を受けていました(図3)。

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図3. 精巣上体内精子の電子顕微鏡観察像
TSKS欠損マウスの精子では細胞質内でアポトーシス反応が生じ、精子の一部が分解されている様子が認められる(矢印)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

TSKSおよびTDNの機能の発見は、長年不明であった精子細胞から細胞質が除去されて、スリムな流線型になるメカニズムの一端を明らかにすることを意味します。雄性不妊の原因の1つに精子に過剰な細胞質を有するERC(excess residual cytoplasm)と呼ばれるものがあり、その原因はよく分かっていません。TSKSおよびTDNを突破口にすることで、ERC患者の病因が明らかになり、治療法の開発に繋がることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年3月7日(火)午前5時(日本時間)に米国科学誌「PNAS」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“TSKS localizes to nuage in spermatids and regulates cytoplasmic elimination during spermiation”
著者名:Keisuke Shimada, Soojin Park, Seiya Oura, Taichi Noda, Akane Morohoshi, Martin M. Matzuk, and Masahito Ikawa

なお、本研究は日本学術振興会(科研費)、日本医療研究開発機構(AMED)、武田科学振興財団、千里ライフサイエンス財団、中島記念財団、アメリカ国立衛生研究所(NIH)、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の支援を得て行われました。

参考URL

微生物病研究所 遺伝子機能解析分野
https://egr.biken.osaka-u.ac.jp/

用語説明

nuage(ヌアージュ)

生殖細胞内にはnuage(フランス語で”雲”の意味)と呼ばれる、電子顕微鏡で観察すると電子密度が高い領域が存在する。雄性生殖細胞内には複数の異なるnuageが存在していることが知られています。今回TSKSが局在していたのはreticulated bodyおよびchromatoid body remnantと呼ばれる2種類のnuageでしたが、これらの機能については全く分かっていませんでした。本研究ではこれらのnuageをTSKS-derived nuage (TSKS由来nuage、TDN)と名付け、これらが精子から細胞質を除去するために必須の存在であることが明らかになりました。

ERC(excess residual cytoplasm)

男性不妊症患者の一部には、精子に過剰な細胞質(ERC)を有しているため、不妊となる患者が存在します。ERCを有する精子では活性酸素種(ROS)が増加しており、酸化ストレスによる損傷により、精子の運動性低下や形態異常が生じていると考えられています。一部の殺虫剤の暴露や喫煙が精子におけるERCの増加に関連することが知られていますが、詳しくはよく分かっていません。