精子の成熟を制御するスイッチたんぱく質NICOLを発見

精子の成熟を制御するスイッチたんぱく質NICOLを発見

不妊症の原因究明と避妊薬開発に新たな視点

2023-5-8生命科学・医学系
微生物病研究所教授伊川 正人

研究成果のポイント

  • 精子の成熟を制御するたんぱく質NICOLを発見
  • これまで精子成熟を制御するメカニズムの研究は困難だったが、ゲノム編集技術を駆使することで可能に
  • 男性避妊薬開発への応用に期待

概要

大阪大学微生物病研究所の淨住大慈助教(研究当時)、大学院薬学研究科修士課程の島田健太郎さん(研究当時)、微生物病研究所の伊川正人教授らの研究グループは、NICOLと名付けたたんぱく質が精子の成熟と雄の生殖能力に必須であることを世界で初めて明らかにしました。精巣で作られたばかりの精子はまだ受精能力を持っておらず、精巣上体と呼ばれる器官へ送られ、そこで「成熟」することでようやく受精能力を獲得します。しかし、精子の形成機構にくらべて精子の成熟機構は解明が進んでいませんでした。

今回、研究グループは、ゲノム編集技術で遺伝子ノックアウトマウスを作製することにより、NICOLが精子を成熟させるスイッチとして機能していることを解明しました。研究グループはこれまでに同様なスイッチたんぱく質としてNELL2を同定していましたが、今回の研究でNICOLがスイッチたんぱく質としてNELL2と一緒に機能することも解明しました。これにより、男性不妊のメカニズムの解明や、あらたな設計原理に基づいた男性避妊薬の開発が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、4月24日に公開されました。

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図1. スイッチたんぱく質NICOLにより精子成熟機構がオンになった精巣上体(紫色の管様組織)とその作用をうける精子(管の中心付近の水色が精子の頭部)

研究の背景

精子は精巣で作られます。本研究グループは、ゲノム編集技術を駆使して遺伝子ノックアウトマウスを作製し、これまでに精子の形成に必須な遺伝子を数多く同定してきました(Nature 1997, Nature 2005, Science 2015, Science 2020など)。一方、精巣で作られたばかりの精子は受精能力を持っていない(泳げないし、卵とも融合できない)ことも知られています。これは精子を成熟させる機能が精巣には備わっていないためです。それゆえ精巣で作られた精子は、精巣上体と呼ばれる器官へ送られ、そこで2週間という長い時間をかけて「成熟」することでようやく受精能力を獲得します。しかし、精子の形成に比べてこの精子の成熟機構についてはほとんど研究が進んでいませんでした。

研究の内容

研究グループは、ゲノム編集技術を活用してNICOL遺伝子を破壊した遺伝子改変マウスを作製したところ、精巣上体における精子成熟機構がはたらかず、精子が成熟できないため雄性不妊となることを明らかにしました。

研究グループはさらに、NICOLがどのようにはたらいているのかを調べました。研究グループはこれまでの研究で、生殖路の中を通る情報が伝達される「ルミクリン」というしくみで働くスイッチ分子NELL2を2020年に見出していましたが、本研究によって、NICOLもまたルミクリンというしくみによって、NELL2と共に精子成熟機構のスイッチ分子として働いていることが世界で初めて明らかになりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

不妊に悩むカップルのうち男性側に原因がある考えられるケースは約半数にのぼると言われています。特に精子の成熟に関わる因子は殆どわかっていませんでした。NICOLによる精子成熟の制御機構を明らかにしていくことで、不妊症の診断や治療薬だけでなく、新たな設計原理にもとづいた男性避妊薬の開発にも繋がることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年4月24日に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“A small secreted protein NICOL regulates lumicrine-mediated sperm maturation and male fertility”
著者名:Daiji Kiyozumi, Kentaro Shimada, Michael Chalick, Chihiro Emori, Mayo Kodani, Seiya Oura, Taichi Noda, Tsutomu Endo, Martin M. Matzuk, Daniel H. Wreschner, and Masahito Ikawa
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-023-37984-x

なお、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業さきがけおよび同CREST研究の一環として行われ、テルアビブ大学Daniel H Wreschner教授、ベイラー医科大学Martin M Matzuk教授の協力を得て行われました。

参考URL

用語説明

精子の成熟

精巣で作られた精子が受精するために必要な能力を獲得すること。

ゲノム編集

ゲノム(遺伝子を含む遺伝情報)上の任意の場所で、欠失・挿入などの変異を導入できる遺伝子改変技術のひとつ。

精巣上体

精巣から連なった、高度にコイル化した一本の上皮組織の管。この管の中を通過する間に精子は成熟する。

遺伝子ノックアウト

遺伝子改変技術により特定の遺伝子の機能を破壊すること。ノックアウト動物を解析することで、生体内での機能を解明することができる。

ルミクリン

情報を伝えるたんぱく質が精巣から分泌されたのち生殖路を通って精巣上体に働きかける作用様式。