世界最大の新型コロナウイルス感染症のゲノムワイド関連解析に アジア最大のグループとして貢献

世界最大の新型コロナウイルス感染症のゲノムワイド関連解析に アジア最大のグループとして貢献

新型コロナウイルス感染症の重症化に関わる遺伝子多型を同定

2021-7-29生命科学・医学系
医学系研究科教授岡田随象/熊ノ郷淳

概要

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、ワクチンが普及しつつありますが、それでもなお、感染拡大の脅威に直面し続けています。2020年5月に、感染症学、ウイルス学、分子遺伝学、ゲノム医学、計算科学、遺伝統計学を含む、異分野の専門家により立ち上げられた共同研究グループ「コロナ制圧タスクフォース」(https://www.covid19-taskforce.jp/)は日本人集団における新型コロナウイルス感染症重症化因子の有力候補(https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2021/5/18/28-80022/)を報告してきました。

コロナ制圧タスクフォースは、国内での多施設共同研究を実施するのみならず、国際共同研究グループCOVID-19 Host Genetics Initiative(https://www.covid19hg.org/)による世界最大のCOVID-19のゲノムワイド関連解析にも参加し、研究を進めました。本国際共同研究への参加グループはその多くが欧米を中心とした研究グループですが、アジアで最大の研究グループとして参加したコロナ制圧タスクフォースの貢献は強く注目されています。この国際共同研究では、約5万人のCOVID-19患者と約200万人の対照者を対象に解析が行われ、COVID-19の重症化に関わる遺伝子多型(バリアント)の13箇所を同定しましたが、それらのうち2個は、ヨーロッパ人集団での頻度よりも東アジア人集団および南アジア人集団での頻度が高く、多様な集団を対象とした国際共同研究の重要性があらためて認識されました。なお、これらの遺伝子多型の中には、細胞の増殖機能に関わるものや免疫機能に関係するものが多く含まれており、COVID-19の生物学的な特性を知るだけでなく、COVID-19の研究を進める上で、感染された方の検体を用いてゲノム研究を行う重要性があらためて示されました。今後もコロナ制圧タスクフォースは、新型コロナウイルスと闘う患者さん、診療の最前線に立つ医療従事者と共に、新型コロナウイルスの克服に向けて、国内外で活動を続けていきます。

本研究成果は、2021年7月8日に『Nature』のオンライン版に掲載されました。

コロナ制圧タスクフォースの国際コンソーシアムへの参加による成果

コロナ制圧タスクフォースの活動は、国際的にも広く認知されており、国際共同研究グループと共に研究を進めています。世界で最大の新型コロナウイルス感染のホストゲノム研究であるCOVID-19 Host Genetics Initiative(https://www.covid19hg.org/)に、アジアで最大の研究グループとして参加し、COVID-19の重症化に関わる13箇所の遺伝子多型(バリアント)の発見に貢献しました(図1)。特に、アジアでCOVID-19の重症例のデータを提供した研究チームはコロナ制圧タスクフォースのみであり、COVID-19 Host Genetics Initiativeにおいて、コロナ制圧タスクフォースの今後の継続した国際共同研究への貢献が大きく期待されています。

今回、COVID-19 Host Genetics Initiativeでは、SARS-CoV-2が陽性と判定された約5万人の患者と、多数のバイオバンクや臨床研究チーム、および23andMeなどの遺伝子に関連する企業等が保有する約200万人の対照群から得られた臨床データ・遺伝子データを用いて、重症化・入院・感染に関わる因子に関してゲノムワイド関連解析を行いました。今回の大規模GWAS解析から得られた結果の中には、ネアンデルタール​人から継承されたことで注目された染色体3番に位置する遺伝子多型やABO血液型に関連する遺伝子多型など、既知のCOVID-19の重症化に関連する遺伝子多型に加えて、新たな遺伝子多型も多く同定することができました。それらの中には、肺の細胞増殖機能と関連するFOXP4、間質性肺炎との関連が指摘されているDPP9、免疫機能に関与するTYK2のそれぞれの近くに位置するものがあり、今回の研究結果は、COVID-19 ホストゲノム解析を行うことで、COVID-19の生物学的な特性を知るだけでなく、COVID-19に対する新たな治療法のターゲットのヒントとなる可能性を示すものと考えられました。

また、世界中の多様な集団から集められた大量のデータをもとに解析することで、多くの解析結果を得ることができました。特に本研究で示された13箇所の遺伝子多型の内、2個の遺伝子多型は、ヨーロッパ人集団での頻度よりも東アジア人集団および南アジア人集団での頻度が高く、多様な集団が国際共同研究に参画することの重要性があらためて認識されました。

コロナ制圧タスクフォースが日本人集団におけるCOVID-19の重症化因子として以前に報告したDOCK2 遺伝子領域の遺伝子多型は、今回の国際共同研究による報告には含まれていませんでした。DOCK2 遺伝子領域の遺伝子多型は日本人を含む東アジア人集団では約 10%と高頻度に見られる一方、今回の国際共同研究の大多数を占める欧米人集団においてはほとんど認められないことが、今回の共同研究の解析において主要な因子として同定されていなかった一因であると考えられます。

これらのことから、国際共同研究に積極的に参画することに加え、日本人集団においてもCOVID-19 ホストゲノム解析を継続していくことの重要性が再認識されました。

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図1. 国際共同研究を通じた新型コロナウイルス感染重症化因子の同定への貢献

今後の展開

コロナ制圧タスクフォースは、COVID-19診療の最前線に立つ医療従事者、そして、COVID-19に罹患された患者さんの同意を得て、2021 年 7 月現在で、4,000 人以上の患者さんから血液検体と臨床データを集積することができました。新型コロナウイルス感染制圧に向けた社会へのさらなる貢献を目指し、コロナ制圧タスクフォース独自の研究を進めると共に、今後も国際共同研究、そして、国の公共データベースを含めて、さまざまな機関と協力体制を広げていく予定です。

特記事項

【論文情報】
英文タイトル: Mapping the human genetic architecture of COVID-19
タイトル和訳: COVID-19のヒト遺伝的構造のマッピング
著者名:The COVID-19 Host Genetics Initiative.
掲載誌:Nature(オンライン版)
DOI:10.1038/s41586-021-03767-x

本研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬支援推進事業「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチン開発」「新型コロナウイルス感染症の遺伝学的知見に基づいた分子ニードルCOVID-19粘膜免疫ワクチンの開発」、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「新型コロナウイルス感染症の重症化阻止を目指した医薬品・次世代型ワクチン開発に必要な遺伝学・免疫学・代謝学的基盤研究の推進」、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「先端ゲノム解析と人工知能によるコロナ制圧研究(JPMJCR20H2)」のサポートによるものです。

本研究は、AMED研究費、CREST研究費と本研究プロジェクトにご賛同いただきました寄付者からの寄付金を基に実施されています。また、データ解析において東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターのスーパーコンピュータ「SHIROKANE」を利用しました。

コロナ制圧タスクフォースとは

世界が直面している新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)という目に見えぬ未知の脅威により、日々世界中で多くの方々がお亡くなりになり、また、後遺症に苦しんでいます。この現状を前にして、「医学」「科学」という観点から国際社会に貢献できないかと考え、第一線で診療にあたる臨床家を始め、感染症医学、ウイルス学、分子遺伝学、ゲノム医学、計算科学、遺伝統計学を含む異分野の専門家が自然と集まる中でボランティアの方々の協力も得ながら人材の多様性が高いチーム構成が叶い、昨年5月に、「コロナ制圧タスクフォース」を立ち上げました。発足当初は40医療機関・施設の参画を得て開始しましたが、医療現場の最前線に立つ医療従事者から多大な協力を得た結果、その規模は瞬く間に大きくなり、発足後わずか6ヶ月で100以上の施設が参加するネットワークが形成されました。現在も協力の輪は広がり続けています(図2)。

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図2. 全国に広がるコロナ制圧タスクフォースのネットワーク

タスクフォースメンバー

慶應義塾大学:教授 福永興壱、教授 金井隆典、教授 長谷川直樹、教授 佐藤俊朗、常任理事 北川雄光
東京医科歯科大学:M&Dデータ科学センター長 宮野悟、教授 小池竜司、教授 藍真澄、理事・副学長 木村彰方
大阪大学:教授 岡田随象(大学院医学系研究科)、教授/大学院医学系研究科長 熊ノ郷淳
東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター長/教授 井元清哉
国立国際医療研究センター:ゲノム医科学プロジェクト長 徳永勝士
東京工業大学:教授 上野隆史(生命理工学院)
北里大学:教授 片山和彦、教授 高野友美
京都大学:教授 小川誠司

コロナ制圧タスクフォースに参加する全国の医療機関

詳細は、コロナ制圧タスクフォースHP(https://www.covid19-taskforce.jp/)をご参照ください。

用語説明

ゲノムワイド関連解析

一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)と呼びます。ヒトゲノム配列全域に分布する数百万か所のSNPとヒト疾患の発症リスクとの関連を網羅的に検討する遺伝統計解析手法を、ゲノムワイド関連解析(GWAS:genome-wide association study)と呼びます。

遺伝子多型(バリアント)

ゲノム配列の個体差のうち、集団中に一定以上の頻度存在するもののことを表します。中でもゲノム塩基配列中に一塩基が変異した多様性である一塩基多型(SNP)が代表的です。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)

新型コロナウイルス感染症の原因となるウイルスのことを表します。2002年に流行したSARSコロナウイルスとウイルスが似ているため、SARS-CoV-2と命名されました。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)

coronavirus disease 2019(2019年に発生した新型コロナウイルス感染症)を略した言葉で、新型コロナウイルスによる病気のことを表します。2019年の終わり頃に、中国・武漢を中心に発生したのを皮切りに、その後、世界中に感染が拡大しました。新型コロナウイルスに感染すると、発熱や咳、息苦しさといった症状が出て、感染が肺に及び肺炎を発症すると呼吸困難に陥ります。