レーザー核融合の効率化に向けて強磁場による超高温プラズマの閉じ込めへ前進

レーザー核融合の効率化に向けて強磁場による超高温プラズマの閉じ込めへ前進

廃棄ゼロを目指す「ゼロエミッション」社会実現への第一歩

2021-10-14自然科学系
レーザー科学研究所教授藤岡慎介

研究成果のポイント

  • ゼロエミッション社会の実現に向けて、核融合エネルギーへの期待の高まり。
  • レーザーと磁場の組み合わせによるレーザー核融合の効率化に関する重要な発見。
  • レーザー核融合プラズマに外部から磁場を加えることで、プラズマの温度が上昇する一方、磁場の強度が大きくなりすぎると、プラズマが変形し崩壊する恐れがあることを指摘し、レーザー核融合の効率化に最適な磁場強度を計算する理論モデルを導出。
  • 今回の発見と宇宙で起こっている星雲の崩壊との関係も示唆。

概要

大阪大学レーザー科学研究所の松尾一輝さん(研究当時 大阪大学大学院理学研究科物理専攻博士後期課程在籍)、佐野孝好助教、長友英夫准教授、藤岡慎介教授らの研究チームは、同研究所の激光XIIレーザーで生成した高温なプラズマに強磁場を加えるとプラズマが変形するという、新しい機構を世界で初めて実験で観測し、理論・シミュレーションを駆使することで、この現象の詳細を明らかにしました。本成果はレーザー核融合によるエネルギー発生の効率化に資するものです。同時に、今回発見した機構は、宇宙で起こっている、超新星爆発によって広がる衝撃波との衝突による星雲の崩壊現象との関連も指摘されています。

2021年8月に米国の国立点火施設(NIF: National Ignition Facility)において、投入したレーザーのエネルギーの0.7倍に相当する1.3 MJ(メガジュール)の核融合出力に成功したという大きなニュースが世界中を駆け巡りました。近い将来、NIFにおいてレーザーのエネルギーを上回るエネルギーが核融合反応で発生することが期待され、究極のゼロエミッションエネルギーといえる核融合エネルギーの実現に向けた研究・開発がますます加速すると期待されています。今後、レーザー核融合研究の主題は、如何にして小さなレーザーエネルギーで核融合エネルギーを発生させるかという、核融合エネルギー発生の効率化へと移行していくと予測しています。核融合エネルギーの発生には、1億度にも達する超高温プラズマが必要です。非常に強い磁場を使って、レーザー核融合プラズマを保温するという手法は、効率的レーザー核融合の方法の一つです。本研究成果は、強磁場によってプラズマを保温することは可能だが、保温が強すぎるとプラズマが大きく変形してしまうことを示しました。この変形が起こる条件を理論的に考察し、保温の為の磁場の強さには最適値が存在することを明らかにしました。

本研究グループは、高出力レーザーで大電流を駆動しコイルに流すことで、ネオジム磁石の約200倍の200テスラに達する強磁場を発生させました。この強磁場下でプラズマを生成し、プラズマ中で時間発展するプラズマ崩壊現象を測定することに成功しました。本成果の発展研究は、フランス ボルドー市にある世界最大級のLMJ-PETALレーザー装置における学術研究枠の実験課題として、日本からの提案としては初めて採択されています。本研究成果の、レーザー核融合の点火、並びに、新しい実験室宇宙物理学への応用に向けた研究が進むと期待しています。本研究成果は、米国物理学会が発行する「Physical Review Letters」誌に10月12日(火)に掲載されました。

Youtubeにて成果の概要を解説しております。

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図1. ターゲット周辺のプラズマ中で形成される温度分布。(a)磁場がない場合(b)200テスラの磁場を印可した場合。磁場によって熱いプラズマと冷たい周辺部の間が断熱されることにより、プラズマ中の温度分布が変化し、この変化がプラズマの変形を増加させる原因となる。

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解説Youtubeへのリンク

研究の背景

核融合でエネルギーを発生させるには、1億度という超高温のプラズマを閉じ込める必要があります。磁場がプラズマの閉じ込めの作用を持っていることは、以前から知られています。日本が大きく貢献し、フランスで建設中の国際熱核融合炉(ITER)、核融合科学研究所の大型ヘリカル装置LHD及び量子科学研究機構の超伝導トカマク装置JT-60SAのような「磁場閉じ込め核融合装置」は、正に磁場によるプラズマの閉じ込めを利用しています。プラズマの圧力がレーザー核融合プラズマよりも小さいため、数テスラの磁場で閉じ込め効果が得られています。

磁場が持つ閉じ込めの作用を、レーザー核融合にも利用しようとするアイディアが本研究の出発点です。100テスラ程度の強磁場をレーザー核融合プラズマに加えることで、核融合反応数が上昇することがコンピューターシミュレーションで予測されています。一方、強磁場下では、プラズマの変形が増大し、均一な高密度プラズマコアの形成を阻害することも予測され、その実験による検証が待たれていました。実験による検証に必要な磁場の強度は数百から数千テスラと非常に大きく、実験では実現困難であったために、従来、これらの効果は理論およびシミュレーション上で議論されるのみでした。

研究の内容

大阪大学レーザー科学研究所の藤岡教授らの研究グループは、国内最大のレーザー装置である激光XII号レーザーを、キャパシター・コイル・ターゲットと呼ばれる磁場発生装置に当てることで、微小な空間と短い時間内に、千テスラを越える磁場を発生出来ることを2013年に発表しています。今回は、この強磁場発生法を用い、実験室内で200テスラの磁場を発生させることで、この強磁場下でのレーザー核融合プラズマの挙動を調べることに成功しました。

200テスラの磁場を印加することによって、高温プラズマから周囲への熱エネルギーの損失が抑制されたことによりプラズマの温度が上昇することを明らかにしました。プラズマの温度の上昇は、核融合反応率の増加につながります。その一方で、温度上昇に伴ってプラズマの変形が大きくなるという負の側面も有していることが実験で見つかりました。またこの流体力学的不安定性の成長が増大する効果が発現する条件が、主にプラズマの温度とサイズ、そして磁場の強度によって決定されることを明らかにしました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

核融合はゼロエミッション・エネルギー源の一つとして、世界中で活発に研究が行われています。本研究成果により、磁場と従来のレーザー核融合方式を組み合わせた新しい核融合方式の発展が期待されます。また、宇宙プラズマにおいても、磁場とプラズマの相互作用が重要であり、今回発見された現象は、超新星爆発によって広がる衝撃波と星雲の衝突過程と密接に関連していることが指摘されています。本研究で開発された実験手法及びシミュレーションを用いることによって、宇宙プラズマの流体力学的挙動やその素過程を調べることにも貢献すると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年10月12日(火)に米国科学誌「Physical Review Letters」誌に掲載されました。

タイトル:“Enhancement of ablative Rayleigh-Taylor instability growth by thermal conduction suppression in a magnetic field”
著者名:Kazuki Matsuo1、 Takayoshi Sano1、 Hideo Nagatomo1、 Toshihiro Somekawa1、2、 King Fai Farley Law1、 Hiroki Morita1、 Yasunobu Arikawa1、 and Shinsuke Fujioka1
1大阪大学レーザー科学研究所
2レーザー技術総合研究所
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.127.165001

なお、本研究は、大阪大学レーザー科学研究所の共同利用・共同研究並びに核融合科学研究所との双方向型共同研究として実施されました。日本学術振興会・科学研究費補助金、松尾学術振興財団、光科学技術研究振興財団の助成を受けて実施いたしました。コンピューターシミュレーションに関しては、大阪大学サイバーメディアセンターと名古屋大学情報連携推進本部からの支援を得ました。

参考URL

SDGsの目標

  • 04 質の高い教育をみんなに
  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

レーザー核融合

高出力レーザーを用いて重水素と三重水素の混合物を高密度に圧縮すると共に、高温度に加熱することで、核融合反応を起こし、エネルギーを得る手法。日本の他に、米国、仏国、中国、ロシアで研究が行われている。

プラズマ

レーザーのように、短時間の内に大きなパワーが得られる装置を利用して、物質を加熱することで得られる物質の状態。宇宙に存在する観測可能な物質の99%はプラズマと考えられており、太陽などの星はプラズマの塊である。

テスラ

磁場の強さの絶対値を示す単位。赤道における地磁気は31 マイクロ・テスラ(1マイクロ・テスラは1テスラの100万分の1)。強力なネオジム磁石は1 テスラ程度の強さを有する。