レーザー装置への負荷を低減しつつレーザー加速を効率化
レーザー核融合や小型医療用加速器の実現に新たな指針
研究成果のポイント
・高強度レーザーをプラズマに照射すると電子やイオンが加速されます。このレーザー加速器は、従来の加速器よりも高いピーク強度を有するビームを生成できる点が注目され、世界中で研究されています。
・加速エネルギーの向上のために、レーザーの高強度化が競われていますが、その結果として装置への負荷が大きくなっています。我々はレーザーを長時間照射することで、レーザーの強度を上げずに装置負荷を低減しつつ、加速エネルギーが向上することを発見しました。
・世界最大級のハイパワーレーザー施設LFEXから照射される高強度のレーザー光を、従来よりも約10倍長い時間にわたって物質に照射し続けることで、4倍以上の効率で高エネルギー電子の加速に成功しました。
・コンピュータ・シミュレーションを用いた解析を行い、高効率な電子加速には、プラズマ中で突発的に発生する地上最大級のキロ・テスラ級の強磁場が関与していることを発見しました。
・誰でも使用可能な加速機構にするため、今回発見した効率的な電子加速に必要なレーザーパルス幅を決定する方程式を導出しました。
・本研究は、レーザー核融合エネルギーの実現に貢献すると共に、小型医療用粒子線加速器などへの応用も期待されます。
概要
大阪大学レーザー科学研究所(所長 兒玉了祐)大学院生の小島完興さん(研究当時:大阪大学理学研究科博士後期課程、現在:量子科学技術研究開発機構量子ビーム科学部門関西光科学研究所研究員)、藤岡慎介教授らの研究グループ及び、自然科学研究機構核融合科学研究所、広島大学工学研究科、レーザー技術総合研究所、北京物理学研究所の研究者らで構成された国際共同研究チームは、従来の研究よりも約10倍長い4ピコ秒にわたって、高強度レーザーをプラズマに照射し続けることにより、レーザーによる電子加速の効率が、従来法と比べて4倍以上向上することを発見しました。この効率向上には、プラズマ中で突発的に発生するキロ・テスラ級の強磁場が関与していることを解明し、突発的な磁場発生が起こる時刻を予測する方程式を導出しました。この方程式を使うことで、高効率に電子を加速するのに必要なレーザーパルス幅(照射時間)を容易に決定することができます。本研究成果は、英国物理学誌「Communication Physics誌」に、8月27日(火)18時(日本時間)に公開されました。
本研究の内容
本研究で用いたLFEXレーザーは、2018年にノーベル物理学賞を受賞したチャープパルス増幅法 を利用し、地上で最も眩しい光を発射する実験装置の一つです。本研究ではこの高強度レーザーを物質に照射し続けることで、プラズマ 中にキロ・テスラ 級の磁場を突発的に発生させ、レーザーによる電子加速の効率を4倍以上に増大させることに成功しました。発生したキロ・テスラ級の強磁場は地上最大級で、星表面の強度に匹敵します。
図1 (a)と(b)は突発性磁場の発生過程を示しています。突発性磁場は次の4つの段階を経て成長します。
1、レーザーにより高温に加熱されたプラズマ中ではドリフト電流という静電場と静磁場が作る電流が存在する。
2、ドリフト電流 により電子が流入した領域では電子が増えることで静電場が強くなる。
3、ドリフト電流の周りでは静磁場が増強される(電線の周りに磁場が出来るのと同じ原理)。
4、増強された静電磁場はさらに強いドリフト電流を流す。
このような1~4の流れを繰り返すことでドリフト電流・静電場・静磁場の三者の間に、お互いに相手の増大を促す関係が構築されます。一度、この関係が構築されると、急激に磁場が成長し、キロ・テスラ級にまで成長することが分かりました。
この突発性磁場は電子にとっては高い壁の役割を果たします。 図1 (c)に示すように、電子が高い壁を越えるまで、何度も繰り返しレーザーからエネルギーを受け取り、電子が高エネルギーに加速されることが分かりました。さらに、本研究では突発性磁場を発生させるメカニズム[N. Iwata et al., Nature Communications 9, 623 (2018)]を解明し、高効率な電子加速を得るのに必要な照射時間を予測する方程式を導出しました。この方程式を使うことで、複雑なシミュレーションを行わずとも、高効率に電子を加速するのに必要なレーザーパルス幅(照射時間)を決定できます。
図1 コンピュータ・シミュレーションにより明らかにされた相互成長モードによる静電場・静磁場の発生と電子加速のメカニズム
研究の背景
本研究で用いた高強度レーザーは、1キロジュール(0.25キロカロリー)のエネルギーを持つ光を、1兆分の1秒(1ピコ秒)の時間に圧縮し、特殊な鏡を使用して半径100分の1ミリメートルに集めることで、針の先ほどの小さな領域にギガバール (約10億気圧)という高い圧力を持つ光の塊を作ります。このような高強度レーザー光は、物質を構成する原子から電子を容易に剥ぎ取り、物質をプラズマ化し、プラズマに含まれる電子を瞬時に光速まで加速します。
電磁波である高強度レーザー光が電子を加速する機構は、これまで1つの電子に対してレーザー電磁場が与える力を使って説明されてきました。この機構では初めに電子は電場成分により光の進む方向に対して垂直方向へと加速され、光速の近くまで速度を得ることで続いて磁場成分による力が発現し、光の進む方向へも加速されるというものであり、またこのメカニズムから導かれた理論式はこれまでの高強度レーザーの照射時間がフェムト秒台の実験で得られた結果と良く一致していました。
一方で近年、高強度レーザー光を用いた研究の更なる高度化を目指して、日本のLFEX(エルフェックス)を代表とした大エネルギー・大出力の大型レーザー装置が開発されました。これらの登場により、高強度レーザーの照射時間を従来の約10倍のピコ秒台まで延ばした実験が日本で先駆けて開始され、新たな領域における電子やイオンの加速機構の解明が進んでいます。関連研究には例えば、[A. Yogo et al., Scientific Reports 7, 42451 (2017)], [A. J. Kemp et al.,. Physical Review Letter 109, 195005 (2012)], [A. Sorokovikova, et al., Physical Review Letter 116, 155001 (2016)]などがあります。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
レーザーとプラズマの相互作用により得られる光速とほぼ等しい速度を有する電子は「相対論的電子」と呼ばれ、1990年代から、様々な応用が検討されてきました。例えば、この相対論的電子のビームを使い、高密度物質を数千万度にまで加熱することが出来れば、人類の挑戦の1つである高速点火方式での制御核融合の点火を起こすことが可能になります(参考:日本物理学会物理70の不思議「核融合エネルギー発電は実用化するか?」)。また核融合プラズマのように、高温度かつ高密度なプラズマは高エネルギー密度プラズマ と呼ばれ、その特性は星の内部の特性と極めて近く、実験室で宇宙及び天体と関連する物理現象を研究する実験室宇宙物理や実験室天文学研究にも利用されています。今回用いた照射時間の長い高強度・長パルスのレーザー光は、レーザー装置への負荷を抑えつつ、より多くのエネルギーを運べるため、これら応用研究にとってメリットがあります。本研究成果を活用することでより多くの核融合エネルギーを取り出すもしくはより極限的な宇宙環境を再現することに繋がります。
また相対論的電子ビームが物質から飛び出すと、電子を追いかけるように物質からイオンが放出されることが知られています。放出されるイオンのエネルギーは、相対論的電子ビームのエネルギーと共に増大することが知られており、本研究成果はレーザー加速イオンの高エネルギー化にも繋がります。レーザー加速イオンの応用として、がん治療用重イオン加速器が挙げられ、本研究成果を応用することで、現在、一部の都市に偏在しているがん治療用重イオン加速器の小型化に繋がり、小型化した装置が各都道府県に配置される未来が訪れると期待されています。
特記事項
本研究成果は、2019年8月27日(火)18時にSpringer Nature社が発行する「Communications Phyisics」誌に掲載されました。
タイトル:"Electromagnetic field growth triggering super-ponderomotive electron acceleration during multi-picosecond laser-plasma interaction"(「数ピコ秒のレーザープラズマ相互作用中に超ポンデロモーティブ電子加速を引き起こす電磁界成長」)
著者名:小島完興 1# , 畑昌育 1 , 岩田夏弥 1 , 有川安信 1 , MORACE Alessio 1 , 坂田匠平 1# , 李昇浩 1# , 松尾一輝 1* , LAW Farley King Fai 1% , 森田大樹 1* , 落合悠悟 1* , 余語覚文 1 , 長友英夫 1 , 尾﨑哲 2 , 城崎知至 3 , 砂原淳 4 , 坂上仁志 2 , Zhang Zhe 5 , 戸崎翔太 1¥ , 安部勇輝 1$ ,河仲準二 1 , 時田茂樹 1 , 中井光男 1 , 西村博明 1 , 白神宏之 1 , 疇地宏 1 , 千德靖彦 1 , 藤岡慎介 1
所属:1 大阪大学レーザー科学研究所、日本
# 当時 大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻 博士後期課程
* 当時 大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻 博士前期課程
% 当時 大阪大学 大学院理学研究科 国際物理特別コース 博士後期課程
$ 当時 大阪大学 大学院工学研究科 環境・エネルギー工学専攻 博士後期課程
¥ 当時 大阪大学 大学院工学研究科 電気電子情報工学専攻 博士前期課程
2 自然科学研究機構、核融合科学研究所、日本
3 広島大学大学院工学研究科、日本
4 レーザー技術総合研究所、日本
5 中国科学院物理研究所、中国
本研究は自然科学研究機構核融合科学研究所との双方向型共同研究及びレーザー連携、及び大阪大学レーザー科学研究所の共同利用・共同研究拠点事業の下で実施されました。本研究の一部は、科学研究費補助金(24684044、24686103、26820396、15K17798、25630419、16K13918、18K13522、および16H02245)及び日本学術振興会特別研究員制度(14J06592、17J07212、18J11119、18J11354、および15J00850)の支援にて実施されました。
研究者のコメント
近年に開発された大エネルギー・大出力の大型レーザー装置が研究分野及び産業分野に持つ大きな可能性を示すことが出来たと考えています。また当概研究分野では、研究の設計に関わる極めて重要な方程式を導出した非常に重要な成果です。
本研究成果は実験・コンピュータシミュレーション・理論の3分野で総合的に構成され、それぞれの主要な業績が30代前半までの若手の日本人研究者によりなされました。これらは研究アプローチの異なる研究者が一堂に会する共同利用・共同研究拠点の利点を生かした頭脳循環の成果であると考えます。
当研究所では、本成果の他にも、惑星や宇宙の謎に迫る研究及び新しい産業応用の種を生み出す研究など、大型レーザー装置を活用した幅広い学術展開を進めています。研究活動に対する国民の皆様の理解と支援が、益々重要となって来ております。マスメディア等を通じて、本研究所における研究の魅力の一端をお伝えすることが出来れば幸いです。
参考URL
大阪大学レーザー科学研究所 超高強度場科学グループHP
http://lf-lab.net
用語説明
- プラズマ
固体、液体、気体に続く第四の物質状態(相)で、電離気体とも呼ばれる。物質を構成する原子の一部または全部がイオンと電子に分離しており、個々の粒子が集団的な振る舞いを行う。宇宙に存在する物質は、質量として99%がプラズマ状態にある。
- テスラ
磁場の強さの絶対値を示す単位。赤道における地磁気は31マイクロ・テスラ(1マイクロ・テスラは1テスラの100万分の1)。
- チャープパルス増幅法
レーザーパルスを時間的に引き伸ばした後、増幅し、再度、真空中で時間的に縮める手順により、高強度なレーザー生成に伴うレーザー増幅媒質の破壊を回避した革新的なレーザー増幅法。
- ドリフト電流
磁場中を動く荷電粒子の旋回運動の中心(旋回中心という)が磁場と垂直な方向に移動する動きにより生じる電流または電荷キャリアの移動。
- バール
バール(Bar):
圧力の大きさを示す単位。地球の海面上での標準大気圧は約1.01バール。太陽中心の圧力は約240ギガバール。1ギガバールは1バールの10億倍。
- 高エネルギー密度プラズマ
レーザーのように短時間の内に大きなパワーが得られる装置を利用して生成された星の内部に匹敵する高い圧力(=高いエネルギー密度)を有する物質・プラズマ。その内部状態の観測や挙動及びその内部で起こる反応を研究する高エネルギー密度科学は、生産・医学・生物学応用を目指して、プラズマから放出されるX線及び粒子の高エネルギー化及び効率化を目指した研究も行われるなど、学際的な研究領域である。レーザー核融合や実験室宇宙物理も高エネルギー密度科学に含まれる。