宇宙における電子加速の理論・モデルをレーザー実験で初検証

宇宙における電子加速の理論・モデルをレーザー実験で初検証

かに星雲のガンマ線フレアの原因解明へ前進

2023-1-17自然科学系
レーザー科学研究所教授藤岡慎介

研究成果のポイント

  • 宇宙では超高速に電子が加速される現象が複数観測されている。その中には原因が未解明の現象がある。
  • 高出力レーザーを使って宇宙における電子の加速を地上で再現し、その背景にある原因の解明に取り組んだ。
  • 大阪大学発のキャパシター・コイルと高強度レーザーを使った実験を米国OMEGAレーザーとTITANレーザーで実施し、強い磁場を伴うプラズマ中で電子が高速に加速されることを発見。
  • 地上実験の適用の一例として、かに星雲で観測されているガンマ線フレアの原因が、磁気リコネクションと呼ばれる現象である可能性が高まった。

概要

大阪大学レーザー科学研究所の藤岡慎介教授、大学院生の瀧澤龍之介さん(理学研究科物理学専攻博士後期課程)らの研究グループは、プリンストン大学、ロチェスター大学、ロスアラモス国立研究所、ローレンスリバモア国立研究所、ミシガン大学、メリーランド大学(以上米国)、極限光施設原子核物理研究所及びブカレスト大学(以上ルーマニア)、エコールポリテクニーク(フランス)と共同で、米国ロチェスター大学のOMEGAレーザー及びローレンスリバモア国立研究所のTITANレーザーを用いて、レーザー宇宙物理実験を実施しました。レーザーを使って、地上に強磁場を生成し、この磁場が変形するリコネクションという現象を起こし、その結果として電子が高速に加速されることを発見しました。

20230117_3_1.png

図1. 実験配置図
大阪大学発のキャパシターコイルターゲットの改良版を使い、宇宙で起こっている磁気リコネクション現象を地上で再現。

研究の背景

現代の最先端の科学技術の粋を集めても、地上で人類が加速することができないほど超高速の電子が、宇宙では多数見つかっています。この加速の原因を説明する様々な理論やモデルが存在しますが、まだ説明できていない観測結果が複数あります。一例として、かに星雲で観測されている超高速の電子の加速の原因は特定されていません。そこで、本国際共同研究チームが着目したのが、磁気リコネクションと呼ばれる現象です。磁気リコネクションとは、磁力線が繋ぎ変わる(リコネクションする)現象で、磁気リコネクションによって磁場のエネルギーの一部が電子のエネルギーに移ることが知られていますが、磁気リコネクションによってどれほど高速まで電子を加速できるかは未解明でした。本研究では、地球の磁気圏やかに星雲と相似な状態を実験室で再現し、そこから加速される電子のエネルギーを直接観測することで、かに星雲のガンマ線フレアを引き起こす電子の加速が、磁気リコネクションによって起こっている可能性が示されました。

20230117_3_2.png

図2. 磁気リコネクション
磁気リコネクションとはプラズマ中で磁力線(黒実線)が繋ぎ変わる現象。橙色の領域で、磁力線が繋ぎ変わり、大きく屈曲した磁力線が生まれる。この屈曲した磁力線はゴム紐のようにまっすぐに戻ろうとし、その際に周囲のプラズマを引きずり、加速を起こす。

研究の内容

大阪大学レーザー科学研究所の藤岡教授らの研究グループは、国内最大のレーザー装置である激光XII号レーザーを、キャパシター・コイル・ターゲットと呼ばれる磁場発生装置に当てることで、微小な空間と短い時間内に、キロ・テスラ級の磁場を発生できることを2013年に発表しています。この方法で発生した磁場の持続時間は極めて短時間ですが、非常に強い磁場を瞬間的に生成できます。

今回は、この強磁場発生法を磁気リコネクション用に改良し、プラズマの圧力よりも、磁場の圧力が大きい、磁場駆動型リコネクション(magnetically driven reconnection)を実験室で起こすことに成功し、その結果として、電子が高エネルギーにまで加速されることを発見しました。

磁気リコネクション中のプラズマの温度と密度の同時計測を行い、それらをコンピューターシミュレーションと比較することで、磁気リコネクションによる加速機構の中でも、直接電場加速(Direct electric field acceleration)が、最も有力な加速機構であることを示しました。

高強度レーザーを用いて宇宙の状態を再現し、その詳細を調べる科学をレーザー宇宙物理学と呼び、各国の高強度レーザー施設で研究が行われています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

宇宙は、極限環境下で物理学における人類の理解を試す舞台です。人類が加速することが到底できない高エネルギーの電子が宇宙で発見されており、その加速機構の解明は、物理学における挑戦の一つとなっています。6400光年も離れた、かに星雲での電子の加速機構をパワーレーザーで再現し、地上で詳細に調べるというレーザー宇宙物理は、この挑戦に取り組む上で強力な武器です。また、宇宙における加速機構を理解することは、宇宙の加速機構を用いた革新的な粒子加速器の発明に繋がる可能性があります。

特記事項

本研究成果は、2023年1月17日(日本時間)に英国科学誌「Nature Physics」誌に掲載されました。

タイトル:“Direct measurement of non-thermal electron acceleration from magnetically driven reconnection in a laboratory plasma”
著者名:Abraham Chien,1, a) Lan Gao,2 Shu Zhang,1 Hantao Ji,1, 2, b) Eric G。 Blackman,3 William Daughton,4 Adam Stanier,4 Ari Le,4 Fan Guo,4 Russ Follett,5 Hui Chen,6 Gennady Fiksel,7 Gabriel Bleotu,8, 9, 10 Robert C。 Cauble,6 Sophia N。 Chen,8 Alice Fazzini,10 Kirk Flippo,4 Omar French,11 Dustin H。 Froula,5 Julien Fuchs,10 Shinsuke Fujioka,12 Kenneth Hill,2 Sallee Klein,7 Carolyn Kuranz,7 Philip Nilson,5 Alexander Rasmus,4 and Ryunosuke Takizawa12
1)Department of Astrophysical Sciences, Princeton University, Princeton, New Jersey 08544 USA
2)Princeton Plasma Physics Laboratory, Princeton University, Princeton, New Jersey 08543 USA
3)Department of Physics and Astronomy, University of Rochester, Rochester, New York 14627 USA
4)Los Alamos National Laboratory, Los Alamos, New Mexico 87545 USA
5)Laboratory for Laser Energetics, University of Rochester, Rochester, New York 14623 USA
6)Lawrence Livermore National Laboratory, Livermore, California 94550 USA
7)University of Michigan, Ann Arbor, Michigan 48109 USA
8)ELI-NP, “Horia Hulubei” National Institute for Physics and Nuclear Engineering, 30 Reactorului Street, RO-077125, Bucharest-Magurele, Romania
9)University of Bucharest, Faculty of Physics, 077125 Bucharest-Magurele, Romania
10)LULI-CNRS, CEA, UPMC Univ Paris 06: Sorbonne Universite, Ecole Polytechnique, Institut Polytechnique de Paris, F-91128 Palaiseau Cedex, France
11)University of Maryland, Baltimore County, Baltimore, Maryland 21250 USA

12)大阪大学レーザー科学研究所
なお、本研究に関する日本側からの協力は、大阪大学レーザー科学研究所の共同利用・共同研究、日本学術振興会・科学研究費補助金、松尾学術振興財団、光科学技術研究振興財団等の助成を受けて実施いたしました。

参考URL

SDGsの目標

  • 04 質の高い教育をみんなに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

プラズマ

レーザーのように、短時間の内に大きなパワーが得られる装置を利用して、物質を加熱することで得られる物質の状態。宇宙に存在する観測可能な物質の99%はプラズマと考えられており、太陽などの星はプラズマの塊である。

レーザー宇宙物理学

レーザーを用いて、宇宙プラズマと同等の特性を有するプラズマを生成することで、実験室での実験・計測を通じて、宇宙プラズマの理解を深める新しい学問領域。大阪大学レーザー科学研究所の高部名誉教授らが提唱した。2020年には、レーザー宇宙物理学、特に無衝突衝撃波の実験的研究、の発展への貢献に対して、高部名誉教授、坂和准教授、と海外の共同研究者らがJohn Dawson Award for Excellence in Plasma Physics Researchを受賞した。