
ギガ電子ボルト級陽子ビームの生成に成功
革新的なレーザー加速法を世界初実証
研究成果のポイント
- マイクロノズル構造を利用した新しい粒子加速法により、1 GeVを超える高エネルギー陽子ビームを生成できることを発見
- 従来の平面ターゲット(TNSA)を用いた手法ではエネルギーの限界があったが、ノズル型ターゲットを利用することで陽子加速効率の大幅な向上が可能に
- がん治療においては「陽子線治療装置の小型化と高性能化」、エネルギー開発においてはレーザー核融合における高速点火方式の実現、さらには未解明の宇宙現象を探求するための高エネルギー密度物理実験など幅広い分野への応用に期待
概要
大阪大学レーザー科学研究所の村上匡且教授の研究グループは、マイクロノズル構造を有する特殊ターゲットに超高強度レーザーを照射することで、ギガ電子ボルト(GeV)級という極めて高エネルギーの陽子ビームを生成する新たな加速原理「マイクロノズル加速」を発見し、スーパーコンピューターを用いた数値シミュレーションにより、その原理の実証に世界で初めて成功しました。
この新技術により、従来のレーザー加速法に比べて3~4倍のエネルギーを持つ陽子ビームの生成がよりコンパクトかつ高効率で可能となり、レーザー核融合に代表される次世代エネルギー開発や、がん治療などの先端医療分野への応用が期待されます。
本研究成果は、2025年5月31日(土)に英国の学術誌「サイエンティフィック・リポーツ (Scientific Reports) 」(オンライン)に掲載されました。
図1. マイクロノズル加速(MNA)の概念図
照射されたレーザーはノズルの漏斗構造によって増倍されアルミ製のマイクロノズル内に導かれ、設置された水素ロッドに集中的にエネルギーが伝達される。その後、ノズル内部を予備加速されてきたプロトンはノズル出口付近に生成される高強電場によってさらに強力に加速される。
研究の背景
粒子加速技術は、がん治療に用いられる陽子線治療装置をはじめ、宇宙物理の探究やエネルギー開発に至るまで、現代社会を支える根幹技術のひとつです。とりわけ、200~300 MeV の陽子ビームが使われる医療分野では、より高エネルギー・高効率な加速技術への需要が高まっています。しかし、従来のレーザー粒子加速法では、平面ターゲットを用いる設計においてエネルギーの天井があり、GeV級の陽子加速は実現困難とされてきました。今回の研究は、この壁を特殊なマイクロ構造を活用して突破する可能性を初めて示したものです。
研究の内容
本研究では、内部に円筒状の固体水素化合物を設置し、その側面にアルミニウム製のミクロンスケール特殊ノズル構造(マイクロノズル)を付加したマイクロ構造体を設計しました。この構造体に超高強度レーザーを照射することで、内部に持続的かつ強力な電場が形成され、それにより陽子が段階的に加速されるという新たな加速原理を明らかにしました。
スーパーコンピューターを用いた詳細な数値シミュレーションにより、最終的に1 GeVを超える高エネルギー陽子ビームの生成が可能であることを、世界で初めて理論的に実証しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今回明らかになったマイクロノズル加速(Micro-Nozzle Acceleration, MNA)の新原理によって、これまでの技術では困難とされてきた、ギガ電子ボルト(GeV)級で、サブピコ秒(1兆分の1秒以下)、かつエネルギーのばらつきが少ない高品質な陽子ビームを、実験室レベルで安定的に生成する可能性があります。
この技術革新により、レーザー核融合の高速点火に必要な超高温の瞬時加熱、超強磁場環境下での素粒子構造の変化といった、これまで観測が困難だった物理現象の再現と検証が可能になります。これは基礎科学に対して極めて大きなインパクトをもたらします。
さらに、現在の医療用加速器で用いられる陽子ビーム(MeV級)をはるかに上回る、マルチGeV級のビームを高い繰り返し率で安定的に生成できるようになれば、レーザー核融合によるエネルギー開発はもちろん、重粒子線がん治療の高性能化、放射線化学の超高速リアクション解析、宇宙放射線防護材料の試験、非破壊検査技術の革新など、多様な分野での応用が、今後大きく進展すると期待されます。
今回の成果は、世界のレーザー駆動型粒子加速の研究に強力な追い風となり、より高出力で高性能な次世代レーザー施設の開発や、分野を超えた国際共同研究の促進にもつながる重要な転機となると期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年5月31日(土)に総合科学誌として世界トップの権威を持つネイチャーリサーチ社刊行するオープンアクセス学術誌「サイエンティフィック・リポーツ (Scientific Reports) 」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Generation of giga-electron-volt proton beams by micronozzle acceleration”
著者名:M. Murakami, D. Balusu, S. Maruyama, Y. Murakami and B. Ramakrishna
DOI: https://www.nature.com/articles/s41598-025-03385-x
オンライン版: https://rdcu.be/eoNo5
なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)並びに(株)関西電力株式会社の補助金のもと行われ、大阪大学 D3センターのスーパーコンピューター「SQUID」を使用して得られました。
参考URL
村上匡且教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/5cb35151612fa19e.html
YouTubeチャンネル日本語
https://www.youtube.com/watch?v=2mlavyy7V2I
YouTubeチャンネル英語
https://www.youtube.com/watch?v=eL4w1uGRk4U
用語説明
- ギガ電子ボルト(GeV)級
陽子(プロトン)が光速に近い速度まで加速されたエネルギーを示す単位で、医療用加速器で必要とされる陽子エネルギー(数百メガ電子ボルト(MeV))の数倍のエネルギーに相当します (1GeV=1000MeV)。GeV級のプロトンビームは、通常は大型の加速器施設でしか得られない非常に高いエネルギー水準です。