大型レーザー装置で 実験室に宇宙プラズマ衝撃波を生成

大型レーザー装置で 実験室に宇宙プラズマ衝撃波を生成

宇宙線の生成メカニズム解明に向け新たな研究手段を確立

2022-8-30自然科学系
レーザー科学研究所准教授坂和洋一

研究成果のポイント

  • 高エネルギーの宇宙線や大振幅波動の生成源として期待されている宇宙プラズマ衝撃波の物理には未解明な点が多い
  • 従来は人工衛星による観測が唯一の実証研究の手段であったが、大型レーザーを用いた「レーザー宇宙物理学実験」で実験室にこれを生成
  • 条件を能動的に制御でき、再現性も担保される実験が新たな研究ツールに加わることで、当該研究が大きく進展する可能性がある

概要

大阪大学レーザー科学研究所の坂和洋一准教授・蔵満康浩教授・佐野孝好助教、九州大学 松清修一准教授・森田太智助教・諌山翔伍助教、青山学院大学 山崎了教授・田中周太助教、富山大学 竹崎太智助教、北海道大学 富田健太郎准教授らの研究グループは、宇宙プラズマ衝撃波をレーザーを用いて実験室に生成しました。

宇宙空間を満たしているプラズマはさまざまな星や天体現象によって生成される超音速の流体です。宇宙プラズマ衝撃波は天体現象の膨大なエネルギーを変換するエネルギー変換器の役割を担うと考えられています。しかし、エネルギー変換のメカニズムは複雑で未解明です。これまでは、人工衛星による観測が宇宙プラズマ衝撃波の唯一の直接的な実証研究手段でした。

今回、本研究グループは、大阪大学レーザー科学研究所の激光XII号レーザーを用いて、宇宙プラズマ衝撃波を実験室に生成し、衝撃波の構造解明に取り組みました(図1)。実験では条件を制御でき、再現性も担保されます。これらは衛星観測にはない利点で、研究ツールとして実験が加わることで、この分野の研究が大きく進展する可能性があります。

宇宙線と呼ばれる極めてエネルギーの高い荷電粒子は、超新星残骸などに存在する宇宙プラズマ衝撃波で作られると考えられています(図2)。宇宙線は、人工衛星の故障や宇宙飛行士の被ばくの原因になることが知られているだけでなく、惑星の長期的な気候変動や生命進化にも影響を与える可能性が指摘されています。宇宙線が発見されたのは今から1世紀以上も前ですが、これがどのようなメカニズムで作られるのかを矛盾なく説明する理論は未だに確立されていません。宇宙プラズマ衝撃波のエネルギー変換過程の理解が進めば、宇宙線生成の謎の解明に向けて大きく前進すると期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review E」に、2本の論文として2022年8月26日と同年2月11日に公開されました。

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図1. a)太陽面爆発に伴って宇宙空間を伝播する宇宙プラズマ衝撃波(ESA/NASA 提供)。(b)激光 XII 号レーザー照射時の実験チャンバー。アルミターゲットとレーザーの相互作用で生じた放射光をとらえている。この放射光が周囲の窒素ガスを瞬時にプラズマ化する。(c)実験概略図。アルミ板ターゲットにレーザーを照射してアルミプラズマの爆風を生成。これが一様に磁場のかかった周囲の窒素プラズマを圧縮して衝撃波が生成される。(d) 衝撃波が生成され伝搬していく様子が観測された。

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図2. (上)天の川銀河と宇宙線軌道(黄色線)の想像図。(下)超新星残骸(Cas A)。

研究の背景

高効率のエネルギー変換器の役割を担う宇宙プラズマ衝撃波は、宇宙のいたるところで観測されます。宇宙プラズマ衝撃波のエネルギー変換機構の解明は長年の未解決問題です。宇宙プラズマ衝撃波の具体的な役割のひとつに宇宙線の生成があります。宇宙線がなぜ観測されているようなエネルギー分布を示すのかという重要な問題も、100年以上もの間未解明のままです。その最大の理由は、宇宙プラズマ衝撃波の複雑な構造にあります。時間的、空間的な変動が激しく、また変動の様子が周囲の宇宙環境によって大きく異なることから、統一的な理解が進んでいません。

宇宙プラズマ衝撃波の構造解明に向けて、従来実証研究に用いられてきたのは人工衛星データです。衛星観測に比べると、実験は条件(パラメータ)の制御性や現象の再現性に優れています。また一般に、衛星観測では現象の時間変動と空間変動を分離することが難しいのですが、実験では比較的容易です。衝撃波の場合、さまざまな異なるスケールの時空間変動が混在することも観測を難しくしますが、実験ではマクロなスケールとミクロなスケールを同時に計測することが可能です。そのため実験が可能になれば、宇宙プラズマ衝撃波の研究が飛躍的に進展する可能性があります。

研究の内容

本研究では、大阪大学レーザー科学研究所の激光XII号レーザー(図1(b))を用いて室内実験で宇宙プラズマ衝撃波を生成し、その構造解明に取り組みました。

宇宙と同様の状況を再現するため、十分広い検査領域を確保して、装置内に一様な窒素ガスを充填し、一様で強い磁場を印加します(図1(c))。この状態でターゲットのアルミ板にレーザーを照射すると、プラズマ化したアルミの爆風が広がります。この爆風が、プラズマ化した周囲の窒素ガス(窒素プラズマ)を圧縮することで衝撃波が形成されます。この衝撃波生成法は本研究グループ独自のもので、これまで提案されている衝撃波生成法に比べて、衝撃波のパラメータを精度よく測ることができる点で優れています。大阪大学の激光XII号レーザーを用いた一連の研究では、青山学院大学が主導する実験によって窒素プラズマが次第に圧縮されていく様子 [論文2] に加えて、九州大学が主導する実験によって十分な圧縮が起こり衝撃波が形成されていく様子(図1(d))を初めてとらえることに成功しました[論文1]。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

宇宙線がなぜ観測されているようなエネルギー分布を示すのか、最終的な宇宙線の生成効率は何によって決まっているのか、それを理解するためには、衝撃波近傍で宇宙線の種となる粒子がどのくらい作られるのかを理解することがカギだとされています。今後は、この種となる粒子の生成に関係する衝撃波の構造の解明に向けて世界で研究が進むと考えられます。

特記事項

[論文1]
本研究成果は、2022年8月26日(金)に米国科学誌「Physical Review E」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“High-power laser experiment on developing supercritical shock propagating in homogeneously magnetized plasma of ambient gas origin”
著者名:S. Matsukiyo, R. Yamazaki, T. Morita, K. Tomita, Y. Kuramitsu, T. Sano, S. J. Tanaka, T. Takezaki, S. Isayama, T. Higuchi, H. Murakami, Y. Horie, N. Katsuki, R. Hatsuyama, M. Edamoto, H. Nishioka, M. Takagi, T. Kojima, S. Tomita, N. Ishizaka, S. Kakuchi, S. Sei, K. Sugiyama, K. Aihara, S. Kambayashi, M. Ota, S. Egashira, T. Izumi, T. Minami, Y. Nakagawa, K. Sakai, M. Iwamoto, N. Ozaki, and Y. Sakawa
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevE.106.025205

なお、本研究は、大阪大学レーザー科学研究所の大出力レーザー「激光XII号」を用いた成果であり、九州大学、青山学院大学、大阪大学、富山大学、北海道大学、東北大学、東京大学との共同研究として、 住友財団環境研究助成(203099)、日本学術振興会 学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金 (JP18H01232, JP22H01251, JP17H18270, JP15H02154)、研究拠点形成事業 B アジア・アフリカ学術基盤形成型「アジアにおけるレーザー宇宙物理学国際研究教育拠点 (JPJSCCB20190003)」、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム (Q-LEAP)「光量子科学によるものづくり CPS 化拠点(JPMXS0118067246)」、および大阪大学レーザー科学研究所・共同利用研究などの支援のもと実施されました。

[論文2]
掲載誌:Physical Review E (2022年2月11日掲載)
タイトル:High-power laser experiment forming a supercritical collisionless shock in a magnetized uniform plasma at rest,
著者名:R. Yamazaki, S. Matsukiyo, T. Morita, S.J. Tanaka, T. Umeda, K. Aihara, M. Edamoto, S. Egashira, R. Hatsuyama, T. Higuchi, T. Hihara, Y. Horie, M. Hoshino, A. Ishii, N. Ishizaka, Y. Itadani, T. Izumi, S. Kambayashi, S. Kakuchi, N. Katsuki, R. Kawamura, Y. Kawamura, S. Kisaka, T. Kojima, A. Konuma, R. Kumar, T. Minami, I. Miyata, T. Moritaka, Y. Murakami, K. Nagashima, Y. Nakagawa, T. Nishimoto, Y. Nishioka, Y. Ohira, N. Ohnishi, M. Ota, N. Ozaki, T. Sano, K. Sakai, S. Sei, J. Shiota, Y. Shoji, K. Sugiyama, D. Suzuki, M. Takagi, H. Toda, S. Tomita, S. Tomiya, H. Yoneda, T. Takezaki, K. Tomita, Y. Kuramitsu, Y. Sakawa
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevE.105.025203

参考URL

坂和洋一准教授 研究者総覧 https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/a6ea7a1634002383.html

SDGs目標

  • 04 質の高い教育をみんなに
  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

プラズマ

物質を加熱することで得られる固体・液体・気体に次ぐ第4の物質状態。宇宙に存在する観測可能な物質の99%以上はプラズマと考えられている。また、レーザーを物質に照射することでもプラズマ状態が生成される。

超新星残骸

恒星が一生の最期に爆発現象(超新星爆発)を起こすものがある。超新星爆発によって周囲に向けて星のガスの破片が吹き飛ばされ、星の周囲に爆風波(衝撃波)で囲まれた高温プラズマでみたされた領域ができる。これを超新星残骸という。