10億気圧の光のエネルギーを 物質に閉じ込める物理機構を解明

10億気圧の光のエネルギーを 物質に閉じ込める物理機構を解明

高強度レーザーによる新しい物質機能創出や宇宙の謎の解明へ期待

2021-7-5自然科学系
高等共創研究院/レーザー科学研究所准教授/教授岩田夏弥/千徳靖彦

研究成果のポイント

  • 10億気圧級の高強度レーザー光のエネルギーを物質に高効率に閉じ込める物理機構を発見。
  • 継続的に強い光を照射することで、粒子がランダムウォークを開始しエネルギーの散逸が大幅に減少。
  • 形成される高エネルギー密度プラズマを利用して、基礎物性研究と応用技術の進展に期待。たとえば、コンパクトな高エネルギー粒子加速器や高輝度硬X線源など革新的技術への貢献や、星の成り立ちや重い天体からのプラズマジェット流・ガンマ線噴出など宇宙の謎の解明への寄与が考えられる。

概要

大阪大学高等共創研究院/レーザー科学研究所の岩田夏弥准教授、大阪大学レーザー科学研究所の千徳靖彦教授らの研究グループは、米国ローレンスリバモア国立研究所の研究グループとの国際共同研究により、高強度レーザー光のエネルギーを高効率に物質に閉じ込める物理機構を世界で初めて明らかにし、太陽中心近傍に匹敵するエネルギー密度のプラズマ状態を局所的に形成できることを示しました。本成果は、10億気圧を超える極限的な状態における光から物質へのエネルギー変換の基礎物理の1つを明らかにしたものです。

これまでは、物質を高い圧力状態にするために高強度の光をスポット照射すると、電離した物質(プラズマ)の表面で光のエネルギーを受け取った粒子はすぐにスポット領域外へと散逸してしまうと考えられていました。この散逸を抑えてエネルギーを高い密度で物質に閉じ込めるために、ターゲット形状を工夫するなどの研究が主に進められてきました。

今回、岩田准教授らの研究グループは、継続的に高強度光を照射すると、プラズマ粒子は自らが作る凹凸のある電磁場構造の中でランダムウォークを開始し(図1 (a))、スポット領域から容易に逃げられなくなることを理論的に解明しました。これにより、光のエネルギーを集積して局所的に100億気圧級の高エネルギー密度の物質状態(図1 (b))を作り出すことができ、新しい物質機能の発現とその応用展開が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Research」に、6月10日(水)0時(日本時間)に公開されました。

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図1. 固体の薄膜に光の圧力が10億気圧の高強度レーザー光を照射したシミュレーション。(a)プラズマが表面に自己生成する凸凹のある電磁場構造により電子がランダムウォークする。(b)その結果としてプラズマ中にエネルギーが蓄積され、100億気圧の物質状態が実現する。

研究の背景

高強度レーザー装置を用いて、1キロジュール(0.25キロカロリー)のエネルギーを持つ光を10分の1ミリメートルのサイズのスポットに集光し、1兆分の1秒(1ピコ秒)の時間に圧縮すると、約10億気圧という高いエネルギー密度(=高い圧力)を持つ光を生成することができます。高強度レーザー装置が作り出す光の圧力は、地上で実現できる最強の圧力です。

このような高強度の光を固体などの物質に照射すると、物質は一瞬のうちに電離し、プラズマ状態となります。表面では光は反射され、その運動量を受け取ったプラズマ中の電子が光速と同程度の速度に加速されて物質中に打ち込まれます。この高速電子が物質内部にエネルギーを運び、電磁場や衝突過程を介して物質内部のプラズマ粒子(電子とイオン)にエネルギーを受け渡していきます。その結果、物質は徐々に加熱され、高エネルギー密度状態になっていきます。高速電子がレーザースポット領域内に留まって物質と相互作用する時間が長いほど、高いエネルギー密度の物質状態を達成することができます。

高強度レーザーが生成する局所的に高いエネルギー密度を持つプラズマを利用して、様々な応用研究が進められています。例えば、高い加速勾配を利用したコンパクトなイオン加速とその医療応用を目指した研究や、ブラックホール周辺や太陽中心近傍に相当するエネルギー密度の実現による宇宙物理の研究などが世界的に進められています。このような応用のためには、レーザー光から物質へのエネルギー変換の効率を高める必要があります。特に、エネルギーの伝達役である高速電子をレーザースポット領域から逃がさないように閉じ込めて、物質内に高エネルギー密度状態を実現することが重要です。高速電子の閉じ込めを実現するため、従来はターゲット形状を工夫する研究や外から強い磁場を印加する研究が主に進められてきました。

研究の内容

岩田准教授らの国際研究グループは、継続的な光の照射下において、プラズマとなった物質が自ら凹凸のある電磁場構造に形成し、高速電子はこの構造に何度も散乱されてスポット内でランダムウォークをすることを発見しました。これまでは、高い圧力から低い圧力の領域に向かって(すなわちスポットの外側に向かって)高速電子が逃げていくと考えられていましたが、ランダムウォークになることで、高速電子の動きは外側一方向だけでなく、ランダムに内側にも動くようになります。これにより、平均的なスポット外への高速電子逃走速度は遅くなり、高速電子がスポット内に蓄積されていきます。本研究では、この様子をシミュレーションで捉え、蓄積密度を理論式で説明することに成功しました。

今回発見したランダムウォークによる閉じ込め効果は、高強度の光を継続的に照射する場合に現れるものです。従来の典型的な高強度レーザーは照射時間が短く、この効果は顕著に現れないために発見されていませんでした。近年、高強度レーザー装置の大エネルギー化が世界的に進められており、従来の2桁程度長い時間(10ピコ秒程度)、継続的に光を照射することが可能になってきました。ランダムウォーク閉じ込め効果は、今後の大エネルギーレーザーを用いた高エネルギー密度物質科学の進展に重要な知見です。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、レーザー光を使って100億気圧級の高エネルギー密度のプラズマを作り出す物理機構の1つが明らかになりました。このような高エネルギー密度プラズマの基礎物性は解明されておらず、レーザー生成プラズマをプラットフォームとして研究を進めることで、これまで知られていなかった物質の新しい性質や機能が発見される可能性があります。例えば、コンパクトな高エネルギー粒子加速器や高輝度硬X線源など革新的技術への貢献や、星の成り立ちや重い天体からのプラズマジェット流・ガンマ線噴出など宇宙の謎の解明への寄与が期待されます。また、電磁場中でランダムウォークする粒子の振る舞いは、宇宙における高エネルギー粒子生成機構との関連からも重要です。

特記事項

本研究成果は、2021年6月10日(水)0時(日本時間)に米国科学誌「Physical Review Research」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Lateral confinement of fast electrons and its impact on laser ion acceleration”
著者名:N. Iwata, A. J. Kemp, S. C. Wilks, K. Mima, D. Mariscal, T. Ma, and Y. Sentoku
掲載ページ:https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.3.023193

なお、本研究は、日本学術振興会・科研費(JP20K14439、JP20H00140、JP19KK0072)、木下記念事業団・学術研究活動助成事業、イオン工学振興財団・研究助成等の支援のもと実施されました。

参考URL

SDGs目標

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用語説明

ランダムウォーク

進む方向がランダムに決定される運動。酔っ払いがふらふらと歩く様子になぞらえ酔歩とも呼ばれる。統計的モデルによって、多数のランダムウォークする粒子で構成される集団がとる確率分布を求めることができ、人の経済活動など様々な現象のモデル化に応用されている。

エネルギー密度

単位体積あたりに含まれるエネルギーを表す単位で、圧力に等しい。物質の熱エネルギーと密度を掛け算するとエネルギー密度になり、地上の大気のエネルギー密度(圧力)は約1気圧である。光もエネルギーの一形態であるため、エネルギー密度(圧力)を持つ。地上における太陽光のエネルギー密度はおよそ100億分の1気圧である。最新の高強度レーザー装置が生成する光のエネルギー密度は10億気圧から1兆気圧に及ぶ。

プラズマ

固体、液体、気体に続く第4の物質状態(相)で電離気体とも呼ばれる。物質を構成する電子の一部または全部がイオンと電子に分離した状態。宇宙空間は低密度のプラズマに満たされている。太陽など核融合反応によって燃えている恒星の内部は高密度のプラズマ状態となっている。

高強度レーザー装置

短いパルスで高出力が得られるレーザー装置。一瞬(1兆分の1秒=1ピコ秒)ではあるが、世界中の総発電量をも上回る高い出力(2千兆ワット=2ペタワット)が得られる。これは、典型的な発電所(100万キロワット)が発生する電力の200万基分に相当する。大阪大学レーザー科学研究所の高強度レーザーLFEXは世界最大級の出力エネルギーを持つ装置である。高強度レーザー装置を使った高エネルギー密度科学の研究が世界的に展開されている。