2020年7月15日

発表のポイント

・量研関西研の高強度レーザー装置「J-KAREN」を使って、イオン線形加速器の1千万倍に相当する強烈な加速電場発生を実証し、銀イオンを光速の20まで加速することに世界で初めて成功した。
・レーザーパルスの形が、効率的なイオン加速を起こすポイントであることを明らかにした。
・実験室レベルの小型重イオン加速器や量研の進める量子メスの実現につながる成果である。

概要

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」)量子ビーム科学部門関西光科学研究所(以下「関西研」)の西内満美子上席研究員(JSTさきがけ研究者を兼任)、ドーバー・ニコラス博士研究員、榊泰直上席研究員(九州大学大学院総合理工学研究院連携講座教授を兼任)、国立大学法人大阪大学(総長 西尾章治郎)レーザー科学研究所の畑昌育特任研究員、岩田夏弥特任講師(常勤)、千徳靖彦教授、国立大学法人九州大学(総長 久保千春)大学院総合理工学研究院の渡辺幸信教授らの研究グループは、量研関西研の超高強度レーザー装置「J-KAREN(ジェイ カレン)」を用い銀標的に照射することで、既存技術のイオン加速器の1千万倍に相当する1mあたり83兆Vの電場※1が発生することを実証し、銀イオンを瞬間的に光速の20%(一秒間に地球を一周半できる速さ)に加速※2することに成功しました。

ピークパワーがペタワット※3に及ぶ超高強度のレーザー光※4を物質にあてることで、多価イオン※5を生成するのと同時に高エネルギーの加速を起こすレーザーイオン加速は、加速器の飛躍的な小型化につながる効率的な加速手法として注目されています。今回我々の研究チームは、J-KARENレーザーの世界最高品質の集光性能を上手く利用して、実験条件を最適化することにより、高強度のレーザー光による強烈な電場発生(世界最高値、雷雲の10億倍)、45価※5の銀イオン生成、及びこれまでで最大となる光速の20%までの加速を実証しました。さらに実験結果を詳細に解析した結果、高強度のレーザー光によるイオン生成や電場発生には、レーザーパルスの形状(パルスの立ち上がり方)が重要な役割を果たしていることを解明しました。この結果は、重元素の場合だけでなく低元素を対象としたレーザー加速に対しても有効であり、陽子線や低元素イオンの高エネルギー加速に向けた指標となることが分かりました。量研では、今回得られた知見を活用して量子メス※6(次世代小型高性能重粒子線がん治療装置)の早期実現を目指します。また、今後高強度レーザー装置が発展していくと、より重い元素を高エネルギーに加速することが出来るようになり、宇宙の謎に迫るような宇宙物理の研究や短寿命核種の生成などの原子核物理の実験研究が実験室レベルの施設で可能になると期待されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「極相対論的光電磁場における重元素低主量子数電子の電離機構の解明」(研究者:西内 満美子)(#)、および未来社会創造事業「レーザー駆動による量子ビーム加速器の開発と実証」($)の支援のもと行われました。
(#)https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/research_area/ongoing/bunyah27-1.html
($)https://www.jst.go.jp/mirai/jp/uploads/saitaku2017/JPMJMI17A1_kumagai.pdf

本研究成果はAmerical Physical Scoietyが発刊するオープンアクセス速報誌『Physical Review Research』(M.Nishiuchi,N. Dover,M. Hata et al.)に2020年7月16日(木)0:00(日本時間)に掲載されました。

研究の背景

宇宙創成時に迫るツールとして、通常は大型の重イオン加速器が用いられ、粒子を光速近くまで加速し衝突させることで、極限的に高密度なプラズマ※7状態を地球上で作り出す方法がとられています。重イオン加速器では、重い元素から電子を剥いで(電離させる)プラス電荷を帯びた状態にした後で、加速器内で作り出される電界によってプラス電荷を帯びた粒子を一定の方向に引っ張ることで加速します。このとき、原子核の周りの電子がたくさん削がれている状態ほど、高エネルギーまで加速することが簡単となります。しかし、現状の技術では原子核の周りの電子を急激に削ぐことが困難なため、最終的に光速に近い状態まで粒子を加速するのに長い距離が必要となります(例えばアメリカのブルックヘブン研究所にある相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)は全周3.8kmにも達します)。

もしも、初めから原子核の周りの電子を十分に削ぐ(多価電離させる)ことができれば、加速効率は一気に改善され、短い距離で一気に高エネルギーにまで加速することが可能となり、基礎物理探求や量子メスを目的とした重イオン加速器の飛躍的な小型化が期待できます。これを実現する技術として、瞬間的なパワーがペタワット(PW)に達すような超高強度のレーザー光によって粒子を加速する「レーザー駆動重イオン加速手法」が提案され、世界各国で研究がスタートしています。しかしながら、重い原子になればなるほど、電子を原子核の周りから剥いだ状態を作り出すために強烈な電場を作り出す必要があります。この達成のためにはレーザーの照射条件(パルスの時間波形など)の制約が非常に厳しいこと、また実験条件の不確かさによってシミュレーションでの精密な解析も困難となることが課題となっていました。

研究成果

レーザー駆動重イオン加速手法を応用することを考えた際には、軽い元素から重い元素に至るまで、起こり得るメカニズムを理解した上で、加速して取り出すイオンのエネルギーや電離状態を制御する必要があります。今回、私たちは、量研関西研にある世界最高クラス集光強度のレーザーシステムJ-KAREN(図1)を使って、レーザー光自身の波形形状を最適化しながら、銀薄膜に照射し、銀の多価イオンを加速して取り出すという実験を行いました。その結果、原子番号が47番の重元素である銀原子から、最高で45個の電子が剥がされた45価という非常に高い電離状態を実現し、光速の約20%に相当する2.7GeV(ギガエレクトロンボルト)という高エネルギーに加速できていることを実証しました。銀のように重い元素をこのように非常に高い電離状態にして加速したのは世界で初めての結果です(図2)

図1 量研関西研にあるペタワット級レーザーJ-KARENシステム。世界最高級の集光強度を誇る。

図2 高強度のレーザーを銀の薄膜ターゲットに照射し,加速された銀のイオンのエネルギースペクトルと価数を計測しました。その結果、最高で42価の銀イオンが15MeV/uのエネルギーにまで加速されていることが確認できました。

このメカニズムを正確に理解するため、シミュレーションや理論計算を用いて得られた実験結果を再現することが、実用化設計を行うためにも極めて重要です。しかしながらこれまでのシミュレーションや理論計算は以下に記すような問題点がありました。

超高強度のレーザー光は、図3右(計測結果)に示すような時間波形をしています。時間ゼロの部分がメインパルスと呼ばれる部分ですが、その立ち上がり部分はメインパルスの200ピコ秒程度前から徐々に立ち上がっていて、理想的に求められる0→1021W㎝-2というような急激な立ち上がりを持ちません。このパルスの立ち上がりの部分のことを、以下「急峻でない立ち上がり成分」(図3左の緑の点線で囲まれた部分)と呼ぶこととします。これまでのシミュレーションでは、計算時間や計算コストが大幅に増加するため、このような「急峻でない立ち上がり成分」については扱われていなかったことから、結果は決して正確に実際の物理過程を反映しているとは言い難いものでした。

そこで私たちは、レーザー光と標的(銀薄膜)の相互作用をより正確に理解するため、(図3右)に示すように超高強度のレーザー光が持つ時間波形を実験的に精密に計測し、そのデータを忠実に反映させたシミュレーションを行いました。具体的には、レーザー光のメインパルスのピークが銀薄膜に照射される500ピコ秒(レーザーのパルス幅である40フェムト秒に比べて一万倍以上長い時間に相当します)前より、レーザー光と銀薄膜の相互作用を流体シミュレーション※8を用いて再現し、その結果を今度は、メインパルスのピークの近傍の物理過程の再現を行うために用いられるParticle-in-cell(PIC)シミュレーション※9の初期状態として利用し、レーザー光と銀薄膜の相互作用状態を再現させました。同時に、大阪大学の共同研究グループが開発したPICシミュレーション内で、一般的なシミュレーションでは取り扱いしていない複雑な原子の電離過程を組み込み、実際のレーザー光の時間波形成分がプラズマ中でどのような物理現象を引き起こしているのかを調査しました。

図3 超高強度レーザーの持つ典型的な時間波形(左)。J-KARENレーザーのもつ時間波形(右)

その結果、銀薄膜の裏面より高エネルギーで加速される多価の銀イオンを生成する電離メカニズムが解明されました。シミュレーション結果より、「急峻でない立ち上がり成分」を持つレーザー光と銀薄膜の相互作用により、銀薄膜が固体密度状態を保ったまま、一瞬(わずか40フェムト秒)にして1億度(1万電子ボルト,10000eV)にまで加熱され、極限的なプラズマが生成されていることが分かりました(図4左下)。また、この超高温銀プラズマ中において電子が衝突することにより、効率的に多価電離が起こることも世界で初めて確認されました(図4左上)。同時に、銀薄膜と真空の境界面において、83TV/m(テラボルト/メートル=百万ボルト/ミクロンメートル)という、雷雲中に生じる電場の10億倍に相当する強烈な電場が生成され、多価電離された銀イオンがこの電場によって高エネルギーに加速されて飛び出すことが確認できました(図4右)。このような強烈な電場強度の生成が確認できたのも、世界で初めてのことです。

また同時に、超高強度レーザーのメインパルスが持つ「急峻でない立ち上がり成分」は、粒子加速にほとんど影響しないと考えられてきましたが、軽い粒子の加速に及ぼす影響が、今までの常識を覆すほど大きいことも分かりました。図4右に示すように、この「急峻でない立ち上がり成分」がターゲットと相互作用すると、ターゲットと真空の境界面において7TV/mの比較的弱い電場を形成していることが分かります。この電場は、最大電場強度に比べれば弱いといっても、ターゲットの表面不純物層内部の水素を電離したり、生成された1価の陽子を数十MeV(光速の約10%程度)に加速するには十分な強度です。本研究により、この弱い電場が、メインレーザーパルスがターゲットに強い電場を生成する時刻より前に、不純物層起因の陽子をターゲットから十分遠くに引き離してしまうことが分かりました(図5左)。つまり、本研究によって、メインパルスの時間波形の持つ「急峻でない立ち上がり成分」は、陽子や炭素などの軽い元素をメインパルスに先立ち、加速してターゲットから引き離し、メインパルス起因の強烈な加速電場に曝すことを妨げ、陽子や炭素が高エネルギーに加速されない原因となっていると、世界で初めて明らかとなりました。陽子や炭素の高エネルギー化にはこの「急峻でない立ち上がり成分」を十分急峻にする必要があります。

図4 (左)銀のターゲットにレーザーを照射(図面向かって左方向より)した際の、ターゲット中の銀の電離度(上)と電子温度(下)を示しています。レーザーのメインパルス照射によって、電子の温度が1億度以上になり、銀の電離度が平均で40価を超えていることが確認できます。(右)レーザーの照射によってターゲットと真空の境界面において形成された、強烈な電場を示します。時刻0がメインのレーザーパルスがターゲットに照射されたタイミングです。マイナス方向がレーザー照射前の時刻を示します。約300フェムト秒前に弱い電場が形成されているのが分かります。

図5 (左)銀のターゲットにレーザーを照射(図面向かって左方向より)した際、メインパルス照射直前における、ターゲット表面に存在していた不純物層起因の陽子の密度分布を示しています。白い線は、メインパルス照射によって、強い電場が立つ場所です。陽子は、メインパルスが到着する際には、すでにターゲットから遠く離れていることが分かります。(右)同じく、メインパルス照射直前の銀の密度分布を示しています。銀の密度が高いところにおいて、メインパルス起因の高強度電場が形成されていることが分かります。

結果のインパクト

今回、世界に先駆けてレーザー駆動重イオン加速の物理メカニズムを解明し、効率的なイオン加速の実現においてレーザー光の時間波形の「急峻でない立ち上がり成分」が重要な役割を果たし、最適条件下においては加速に必要な強烈な電場を形成することを明らかにしました。我々が、未来社会創造事業「レーザー駆動による量子ビーム加速器の開発と実証」で取り組んでいる、小型高効率の重イオン加速器実現においては、レーザー駆動イオン発生部および後段の加速器への伝送部分におけるイオンのさらなる高エネルギー化と増大が必要となりますが、本研究結果は、このレーザー駆動イオン発生部において礎となる重要な成果と位置付けられます。また、今回得られた知見を活用することで、加速エネルギーが頭打ちとなっているレーザー陽子線加速に対するブレークスルーや、量子メスへの技術貢献につながることが期待されます。

また、今回実現した、固体密度を保ったまま超高温に加熱された状態(プラズマ)は、地球上のどこにも存在しない特異な状態です。さらに、このプラズマと真空の境界面に生成された電場は、宇宙における中性子星の表面近くに匹敵する強烈な電場になっています。つまり、今回の研究は、このような極端な環境を実験室に作ることができるということを直接証明したことになり、今後、宇宙において起こっている現象を実験室で模擬する実験室宇宙物理学の発展にも寄与すると期待されます。

用語解説

※1 電場
電荷に力を及ぼす空間の性質をいいます。ここでは、イオンの速度を大きくする力を及ぼす空間の性質です。

※2 加速/加速器
ここでは、イオンの速度=運動エネルギーを大きくすることです。電荷粒子の加速には、電場を用います。電荷を持った粒子を電場の中に置くと、加速されエネルギーが高くなります。よく使われている二つの典型的な加速器は、1)たくさんの電極を直線上に並べ、荷電粒子を高いエネルギーまで加速する線形加速器と呼ばれる装置(リニアックとも呼ばれる)、2)電極は一対しかないが、磁石の中で荷電粒子をぐるぐる何度も回すことにより、何度も加速する円形加速器(サイクロトロンやシンクロトロンがこれに相当)、があります。より大きなエネルギーを得るためには、その装置の大きさ(線形加速器では長さ、円形加速器では半径)を大きくする必要があること、二次的に放射される電子線やX線の遮蔽のための防護壁をより厚くする必要があることが加速器全体が巨大化するという問題点を招いています。

※3 ペタワット
ペタ(peta)は、1千兆のこと。1ペタワットは、1兆kWになり、日本全国の総発電量の約500倍のパワーになります。

※4 レーザー、高強度レーザー
よく身の回りで見かけるレーザーポインタの出力は0.1mW程度ですが、ここで記述している高強度レーザーとは、これの10兆倍もの出力に相当します。

※5 多価イオン
原子核周りにまとっている電子を放出することで、正の電荷を帯びた原子のことをイオンといい、複数個の電子を放出したイオンを多価イオンといいます。多価の価数は放出された電子の数を表し、45価(の銀イオン)とは、本来なら47個の電子をまとっている銀の原子核より、45個の電子を放出した銀イオンの事です。一般に、価数を大きくする(より多くの電子を放出するため)にはより高い温度やより高い電場が必要となります。

※6 量子メス(次世代小型高性能重粒子線がん治療装置)
重粒子線がん治療は、がんの治療法の中の一つである放射線治療法の中の一つです。炭素イオンを加速器で、光速の約70%のエネルギーにまで加速し、がんの病巣に狙いを絞って照射することで、周りにある正常細胞を死滅させることなくがん細胞のみを死滅させる最先端の放射線治療法です。量子メスは、体育館サイズの大きな加速器を用いて高エネルギーのイオンを生成する重粒子線がん治療装置です。量子メスは、超伝導技術や高強度レーザーによる粒子加速技術を駆使し、加速器をバレーボールコートくらいの大きさまで小型化し、複数種のイオンの照射により治療の高性能化を目指す、次世代の重粒子線がん治療装置です。

※7 プラズマ
物質が電離し、イオンと電子に分離された状態。正負の荷電粒子からなり、それらが相互作用しながら集団的に運動している状態です。自然界では、蛍光灯の内部やキセノンランプ、オーロラなどでも見られます。幅広い分野で応用、研究され、工業用では、プラズマを用いた微細加工、プラズマディスプレイなどに応用され、研究用途としては、核融合で研究されたりしています。

※8 流体シミュレーション
水や空気などのような流体の動きを再現するシミュレーションのことです。流体の動きを記述する流体方程式を計算機を使って数値的に解くことで解が得られます。普段は固体として扱われる金属も、レーザーの照射によって溶けてしまうため、流体として取り扱うことになります。

※9 PICシミュレーション
物質は小さな粒子(原子、電子、イオンなど)が集まってできています。レーザーと物質の相互作用を考える際に、レーザーのエネルギーがある閾値を超えると、流体的な取り扱いが適当ではなくなり、各々の粒子の動きや、粒子同士の相互作用を取り扱う必要が出てきます。そのような場合には、各々の粒子の運動や粒子同士の相互作用、そしてレーザーと粒子の相互作用を記述する、マクスウェル方程式や運動方程式と呼ばれる方程式を、計算機によって数値的に解き、実際に起こっていることを再現します。

参考URL

非平衡輻射プラズマ理論グループHP
https://www.ile.osaka-u.ac.jp/research/thr/index.html

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