\100兆分の1秒のダイナミクスを初めて捉えた!/ 高強度レーザーで固体がプラズマへ瞬間的に遷移

\100兆分の1秒のダイナミクスを初めて捉えた!/ 高強度レーザーで固体がプラズマへ瞬間的に遷移

レーザー核融合や高エネルギー密度科学の発展に期待

2024-9-5自然科学系
レーザー科学研究所教授千徳靖彦

研究成果のポイント

  • 高強度レーザーで銅薄膜を加熱し、固体状態からプラズマへ瞬間的に相転移する過程を、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)を使った新たな計測法により、100兆分の1秒の精度で捉える高速撮影に成功。
  • この高速撮影により、プラズマの周辺には、固体とプラズマの中間のプラズマ遷移状態が存在することが明らかに。
  • この発見は、物質の4つの基本状態の1つであるプラズマ状態へどのように変化するのかを明らかにするものであり、レーザー核融合の燃料プラズマ形成などの理解促進に期待。

概要

大阪大学レーザー科学研究所の千徳靖彦教授と米国ネバダ大学リノ校の澤田寛准教授を中心とする高輝度光科学研究センター(日本)、理化学研究所放射光科学研究センター(日本)、SLAC国立加速器研究所(米国)、アルバータ大学(カナダ)、ローレンス・リバモア国立研究所(米国)、ロチェスター大学(米国)の国際共同研究チームは、X線自由電子レーザー施設「SACLA」による高速イメージングにより、高強度レーザーにより加熱された固体の銅薄膜内部のプラズマへの遷移過程を捉えることに成功しました。高強度レーザーパルスの加熱時間は100兆分の1(10-14)秒程度であり、加熱で生じる高速電子(ほぼ光速で移動)のダイナミクスが、プラズマ状態の発展を支配するため、その瞬間を捉える手法は存在しませんでした。本研究では、X線自由電子レーザー(XFEL)を用いた高空間・時間分解計測手法を開発し、加熱された銅薄膜内部のプラズマ状態への発展の様子を世界で初めて捉えることに成功しました(図1)。

高速電子による高密度プラズマの加熱物理は、レーザー科学研究所が進めるレーザーフュージョンエネルギー実現に不可欠な高効率核融合方式(高速点火方式)に関する重要な知見です。また、実験では銅薄膜が瞬時にプラズマへ変化する過程で、固体―プラズマ遷移状態(Warm Dense Matter)と呼ばれる、プラズマと金属の中間の状態に変化することが明らかになりました。この状態の物性情報は、惑星内部やレーザー核融合の燃料球の状態の解明に必要なものです。現状、高強度短パルスレーザーとX線自由電子レーザーを同時に利用できる実験施設は、日本のSACLAの他に米国SLAC国立加速器研究所とドイツのEuropean XFELのみであり、本研究はX線自由電子レーザーを、高強度レーザーによる加熱物理の解明に応用した初めての結果であり、さらなる高エネルギー密度科学、レーザーフュージョンエネルギーを目指した研究の応用が期待されます。

本研究成果は、シュプリンガー・ネイチャー社の科学誌「Nature Communications」に、9月5日(木)18時(日本時間)に公開されました。

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図1. (a)高強度短パルスレーザーにより加速された高速電子による銅薄膜の加熱の模式図 (b)固体から高温プラズマへの加熱過程と計測結果(c)レーザー照射された銅薄膜のX線撮影像の時間発展

研究の背景

高強度短パルスレーザーは、物質を100兆分の1秒(10フェムト秒)という短い時間で数百万度から一億度まで一気に加熱することが可能です。加熱時間が短いため、物質は固体密度を維持したままプラズマへ相転移し、太陽内部以上の高エネルギー密度状態になります。このような超高速加熱を等積加熱と呼び、既知の密度の値をもつ非平衡輻射プラズマを生成することができます。これらのプラズマは、状態方程式や熱伝導、X線吸収過程などの原子過程の研究やレーザー核融合の基礎研究のプラットフォームとして利用されています。

しかし、高強度短パルスレーザーによる加熱現象は、現象の時定数の短さと加熱領域がミリメートル以下と小さいため、現象の詳細を捉えることが難しく、その詳細は実験では明らかになっていませんでした。特に密度が高い固体や高密度プラズマの内部を診断するための高空間・時間分解計測手法の開発が求められていました。

研究の内容

本研究では、高強度短パルスレーザーにより生成された高速電子が、固体の銅薄膜を等積加熱する様子を、高空間・時間分解能を有するX線自由電子レーザーを用いて超高速撮影しました。レーザーが照射された銅薄膜を、100兆分の1秒のX線パルスで撮影すると、加熱された領域のX線の透過率の変化が観測されました(図1)。この加熱領域の時間変化は、2つのレーザーのタイミングを変えることで捉えられ、最終的に銅薄膜表面が変形することで現れる干渉縞も撮影されました。これらの結果は、銅薄膜が加熱され、平衡状態に至り、その後冷却される時間発展を詳細に捉えたものです。

さらに、X線の光子エネルギーを変化させて得られた実験データと、高強度レーザーと物質の相互作用をシミュレーションした結果を比較しました。衝突過程やイオン化過程を組み入れたプラズマ粒子シミュレーションによる解析により、レーザーが照射され高温・高イオン化された状態の領域と、高速電子が伝搬したレーザースポット周辺領域は異なる状態にあり、周辺部は低温でイオン化が進んだ縮退状態のプラズマ遷移状態であることが明らかになりました。

これらの結果は、「高速電子による加熱」=「電子温度の上昇」という従来の考え方と異なり、非平衡プラズマでは、温度とイオン化の上昇が異なり独立していることを示唆しています。この知見は、原子核物理計算のモデルの検証などに応用が期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究では、X線自由電子レーザーを用いた超高速撮影により、高強度短パルスレーザーで2種類の高温・高密度プラズマ状態が1兆分の1秒(1ピコ秒)以内に形成されることを明らかにしました。特に、高温プラズマの加熱過程は、レーザーフュージョンエネルギー達成に不可欠な高効率核融合点火を実現する上で、重要な基礎物理過程です。さらに、高強度・高エネルギーのレーザーを使用することで、高密度燃料の点火条件に近づくことが期待されます。また、本研究で開発した計測手法は、圧縮された燃料球のような高密度プラズマの診断に有効で、レーザー核融合や高エネルギー密度科学の一層の発展が期待されます。

特記事項

本研究成果は、シュプリンガー・ネイチャー社の科学誌「Nature Communications」に、9月5日(木)18時(日本時間)に公開されました。

タイトル:“Spatiotemporal Dynamics of Fast Electron Heating in Solid Density Matter via XFEL”
著者名:H. Sawada, T. Yabuuchi, N. Higashi, T. Iwasaki, K. Kawasaki, Y. Maeda, T. Izumi, Y. Nakagawa, K. Shigemori4, Y. Sakawa, C. B. Curry, M. Frost, N. Iwata, T. Ogitsu, K. Sueda, T. Togashi, S. X. Hu, S. H. Glenzer, A. J. Kemp, Y. Ping and Y. Sentoku
DOI:10.1038/s41467-024-51084-4

なお、本研究は、科研費(国際共同研究加速基金B, 基盤研究A, 特別研究員奨励費)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけの一環として行われ、大阪大学レーザー科学研究所、高輝度光科学研究センター、理化学研究所放射光科学研究センター、米国ネバダ大学リノ校、SLAC国立加速器研究所、ローレンス・リバモア国立研究所、ロチェスター大学、カナダアルバータ大学、の国際共同研究として行われました。

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用語説明

高強度レーザー

光のエネルギーを1兆分の1 (10-12) 秒程度に圧縮し、波長オーダーの空間スケールに集光することで、レーザー光のエネルギー密度(光子圧)を1億(108)気圧以上に増強したレーザー。

プラズマ

電子とイオンの集団状態をプラズマと呼ぶ。物質が加熱され液体から気体になり、さらに加熱されると原子の周りの電子が剥ぎ取られて、プラズマ状態になる。そのため、物質の第4状態とも呼ばれる。多数の電子とイオンが集団として動くことが特徴。

X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)

X線領域のパルス状のレーザー。従来の放射光源と比較して、非常に短い時間パルス幅と高い輝度を実現している。光子エネルギーが数keVから数十keVのような硬X線領域の場合は、その高い透過性能をいかして高密度の物質の内部の状態を見ることができる。

プラズマ遷移状態(Warm Dense Matter)

金属などの固体がプラズマ状態に遷移する過程で現れる中間状態で、プラズマとしての性質と固体としての性質を併せ持つ。惑星内部など超高圧下にある物質はプラズマ遷移状態にあり、実験室では、高強度レーザーを照射することで同等の状態が作り出される。