電子と陽電子の対生成、レーザー伝播過程のシミュレーションで発見

電子と陽電子の対生成、レーザー伝播過程のシミュレーションで発見

宇宙の物質創成の基礎過程をレーザー実験で解明へ

2023-8-17自然科学系
レーザー科学研究所教授千徳靖彦

研究成果のポイント

  • レーザーがプラズマ中を伝播する過程で、2光子衝突による電子・陽電子対生成が起こることを  シミュレーションで発見。
  • 光から粒子と反粒子の対が作り出されるこの過程は、およそ90年前に理論的に予言されたが、対生成の確率が小さいため、実験室で未だ実証されていなかった。
  • 宇宙における物質創成の基礎過程の1つを、既存のレーザーで実証できる可能性を示す成果であり、陽電子ビーム生成とその応用などへの発展も期待される。

概要

大阪大学レーザー科学研究所の杉本馨研究員(日本学術振興会特別研究員)、岩田夏弥准教授、千徳靖彦教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校Alexey Arefiev教授らの国際共同研究グループは、高強度レーザーがプラズマ中を伝播する過程で、レーザーエネルギーをガンマ線など光子に変換し、2光子衝突による電子・陽電子対生成を起こし、陽電子ビームが得られることを、世界で初めて明らかにしました。

これまで光子衝突による電子・陽電子対生成は、理論的に予言されていましたが、実験室で光子衝突により発生した陽電子は確認されていませんでした。電子・陽電子対生成の確率は非常に小さく、大量のガンマ線光子を衝突させ、観測に足る陽電子を発生させることが困難であったことが理由です。

今回、研究グループは、高強度レーザーがプラズマ中を伝播する過程で、レーザー光のエネルギーをガンマ線に変換し、局所的に光子衝突を実現し、電子・陽電子対生成が効率的に起こる条件を理論的に導きました。また、発生した陽電子が指向性の強いビームとして飛び出す特性を用いて、光子衝突による電子・陽電子対生成実証への道筋を提示しました。光から物質が作り出される過程は、宇宙における物質創成の基礎過程であり、陽電子ビームの応用などへの発展も期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に、2023年8月10日(水)(現地時間)に公開されました。

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図1. レーザーがプラズマ中を伝播する過程で光子衝突を引き起こし電子・陽電子対生成が起こるイメージ図

研究の背景

光子からの電子・陽電子対生成は、BreitとWheelerによって1934年に理論的に予言されました。2つの光子が衝突し対生成を起こす線形Breit-Wheeler過程では、電子・陽電子対生成の確率は非常に小さく、大量のガンマ線光子を衝突させる必要があります。そのため、観測に足る陽電子を発生させることが困難であり、これまで実験的に証明されていませんでした。

研究の内容

杉本研究員・千徳教授らの研究グループでは、高強度レーザーがプラズマ中を伝播する過程で、線形Breit-Wheeler過程による電子・陽電子対生成が起こること、さらに発生した陽電子が指向性の強いビームとして飛び出す特性を持つことを理論・シミュレーション研究によりに明らかにしました。

高強度レーザーを照射すると物質は瞬時に電離しプラズマ状態となります。レーザー光は生成されたプラズマ中を伝播し、プラズマ中の電子をレーザー伝播方向に高エネルギーに加速します。現在、電場振幅が100MV/ミクロンにのぼる高強度レーザーが利用可能となってきており、その場合、電子は10ミクロン程度の加速長でギガ電子ボルト(GeV)のエネルギーに加速され、前方にガンマ線を放出します。一方、プラズマ中のイオンは電子より重く電子に追随できないため、レーザー伝播の先端に荷電分離による電場が形成されます(図1)。この電場は電子の一部を引き戻し、その結果後方にX線が放出されます。このように、レーザー光がプラズマ中を伝播する際、多数のガンマ線光子とX線光子が正面衝突をする構造が自己生成されることが明らかになりました。その結果、2光子衝突による電子・陽電子対生成(線形Breit-Wheeler過程)がプラズマ中で効率的に起こり、さらに発生した陽電子は荷電分離電場に加速されて指向性の強いビームとして飛び出すことがわかりました。シミュレーションにより解明されたこの機構が効率的に起こるための条件を理論的に導き、高強度レーザーを用いた線形Breit-Wheeler過程実証への道筋を提示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、光子衝突による電子・陽電子対生成が実験的に実証されれば、宇宙における物質創生の基礎過程を実証する道筋が確立され、光から物質を作り出す様々な過程の検証も期待されます。また、発生する高エネルギー陽電子が指向性の強いビーム状で発生することから、バイオ技術や物性研究での陽電子を用いた応用研究の発展も期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年8月10日(水)(現地時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Positron generation and acceleration in a self-organized photon collider enabled by an ultra-intense laser pulse”
著者名:K. Sugimoto, Y. He, N. Iwata, I-L. Yeh, K. Tangtartharakul, A. Arefiev, and Y. Sentoku
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.131.065102

なお、本研究は、科研費(国際共同研究加速基金B, 基盤研究A, 特別研究員奨励費)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけの一環として行われ、大阪大学レーザー科学研究所と米国カリフォルニア大学サンディエゴ校の国際共同研究として行われました。

参考URL

用語説明

高強度レーザー

光のエネルギーを1兆分の1 (10-12) 秒程度に圧縮し、波長オーダーの空間スケールに集光することで、レーザー光のエネルギー密度(光子圧)を1億(108)気圧以上に増強したレーザー。

プラズマ

電子とイオンの集団状態をプラズマと呼ぶ。物質が加熱され液体から気体になり、さらに加熱されると原子の周りの電子が剥ぎ取られて、プラズマ状態になる。そのため、物質の第4状態とも呼ばれる。多数の電子とイオンが集団として動くことが特徴。

ガンマ線

エネルギーの高いX線の一種。光は電磁波としての特徴と、光子として粒子の特徴を合わせ持つ。光子エネルギーが電子の静止エネルギー(511keV)を超えるものを特にガンマ線と呼ぶ。

2光子衝突による電子・陽電子対生成

高エネルギーX線やガンマ線の光子が2つ衝突することで、電子と陽電子のペアが生成される過程。線形Breit-Wheeler過程と呼ばれる。