“血液1滴”から肺の生活習慣病を診断!

“血液1滴”から肺の生活習慣病を診断!

慢性閉塞性肺疾患の新規バイオマーカーを同定

2021-3-8生命科学・医学系
医学系研究科准教授武田吉人

研究成果のポイント

  • 21世紀の国民病とされる慢性閉塞性肺疾患(COPD)において、血中を流れる細胞外小胞(エクソソーム)の解析により、診断や病勢の有効なバイオマーカーを同定した。
  • COPDは、呼吸機能検査により診断されるが、未診断、未治療の状態で放置されるケースが多く、呼吸機能検査をしなくても診断できるような有用なバイオマーカーの開発が求められていた。
  • 今回同定したバイオマーカーにより、血液を用いた、より簡便な診断が可能になれば、病気に気づかれずに放置される機会が減少し、COPD治療薬により健康な生活を過ごすことが出来ると期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科 大学院生の木庭太郎さん(博士課程/医学部附属病院 医員)と武田吉人准教授(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、慢性閉塞性肺疾患COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease)において、血中を流れる細胞外小胞(エクソソーム)の蛋白網羅的解析により、肺の伸び縮みを担う弾性線維の成分ファイブリン-3(Fibulin-3)を新規バイオマーカーとして同定しました。

COPDは、喫煙や大気汚染が原因で発症する慢性炎症性肺疾患で、呼吸機能検査により診断されるものの、初期は無症状で、ゆっくりと進行するため、未受診・未診断のまま放置されるケースが多いのが現状です。しかしながら、一旦進行してしまうと、元通りには治らないため、早期に発見し、治療することが重要です。さらに、COPDは新型コロナ肺炎における重症化や死亡の危険因子と考えられているため、多くの隠れCOPD患者を診断する必要があります。

今回、研究グループは血中を流れるエクソソームが、細胞や組織間コミュニケーション手段として機能しており、がんの早期発見や治療への応用が注目されていたことから、血清中のエクソソームに着目し、新規COPDバイオマーカーとしてファイブリン-3を発見しました(図1)。本成果により、呼吸機能検査が必須であったCOPDの診断が、血液1滴で可能となることが期待されます。さらに、同様の手法を用いることで、バイオマーカーのない病気や難病にも応用可能であるだけでなく、最近注目されている個別化医療への応用も期待されます。

本研究成果は、欧州呼吸器学会誌「ERJ Open Research」に、3月8日(月)午後5時30分(日本時間)に公開されました。

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図1 血清エクソソームの解析により、COPDの新規バイオマーカーとして、ファイブリン-3が有用であることを同定

研究の背景

タバコ煙を主とする有害物質が原因で発症する慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)は世界の死因第3位と推定され、国内500万以上の患者が推計されているものの、病院で治療を受けている患者は22万人(5%)程度です(図2)。診断には呼吸機能検査(スパイロメトリー)が必須とされていますが、十分に実施されていないのが現状です。治療法として、長時間作用性の気管支拡張剤があるものの、未診断のまま放置されるケースも多くあります。COPDは肺炎や肺癌の危険因子であるのみならず、新型コロナウイルス肺炎の重症化因子であることも注目を浴びています。このような背景から、呼吸機能検査をしなくても診断できる有用なバイオマーカーの開発が喫緊の課題でした。

血液(血清)は最も簡単に診断や病勢を測定できるサンプルですが、アルブミンなど夾雑物が大量に含まれるために未知の分子を探索する網羅的解析には不利でした。最近、血中を流れるエクソソームが、細胞や組織間コミュニケーション手段として機能しており、がんの早期発見や治療への応用が注目されていました。とりわけ、脂質二重膜で囲まれたメッセージカプセルであるエクソソームは、タンパクの網羅的解析(プロテオミクス)に有利な理想的サンプル(リキッドバイオプシー)とみなされることから、研究グループは血清エクソソームに着目し、新規バイオマーカーの探索を試みました。

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図2 COPDの診断率及び世界における死亡原因の推移

本研究の成果

研究グループは、COPD患者及びCOPDマウスの血清エクソソームの解析から、共通のバイオマーカー20種類を絞り込み、最新の蛋白網羅的解析(プロテオミクス)を駆使したアプローチにより、新規バイオマーカーの同定に成功しました。特に、肺の弾性線維成分であるファイブリン-3は、COPD患者で増加するだけでなく、呼吸機能低下やCTで検出される肺気腫と相関することがわかりました。

さらに、ファイブリン-3を欠損させたマウスを作成し、解析しました。その結果、欠損マウスは、加齢とともにCOPDを自然発症することから、ファイブリン-3がCOPD発症における鍵分子であることが示唆されました(図3)。

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図3 ファイブリン-3欠損マウスの解析 (WT:野生型マウス、KO:遺伝子欠損マウス)
(左)KOマウスにおける皮膚弛緩
(中央)KOマウスにおける肺胞径拡大(肺気腫)
(右)電子顕微鏡下に肺の弾性線維の配列不正と断裂

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本成果により、取り残された21世紀の国民病 COPDの患者が、未診断のまま放置される機会が減少し、COPD治療薬により健康な生活を過ごすことが可能となります。また、新型コロナウイルス肺炎のリスクとされるCOPDを早期に発見し、COPD治療薬による恩恵を届けることが可能となります。さらに、本発見から見出された新規バイオマーカーは、COPD病態形成と密接に関わるため、新規治療薬開発に繋がることも期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年3月8日(月)午後5時30分(日本時間)〔3月8日(月)午前8時30分(グリニッジ標準時)〕に欧州呼吸器学会誌「ERJ Open Research」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “Proteomics of serum extracellular vesicles identifies a novel COPD biomarker, fibulin-3 from elastic fibres”
【著者名】 1Taro Koba, 1Yoshito Takeda*, 2Ryohei Narumi, 2Takashi Shiromizu, 3Yosui Nojima, 3Mari Ito, 1Muneyoshi Kuroyama, 1Yu Futami, 4Takayuki Takimoto, 1Takanori Matsuki, 1Ryuya Edahiro, 5Satoshi Nojima, 1Yoshitomo Hayama, 1Kiyoharu Fukushima, 1Haruhiko Hirata, 1Shohei Koyama, 1Kota Iwahori, 1Izumi Nagatomo, 1Mayumi Suzuki, 1Yuya Shirai, 1Teruaki Murakami, 1Kaori Nakanishi, 1Takeshi Nakatani, 1Yasuhiko Suga, 1Kotaro Miyake, 1Takayuki Shiroyama, 1Hiroshi Kida, 6Takako Sasaki, 7Koji Ueda, 3Kenji Mizuguchi, 2Jun Adachi, 2Takeshi Tomonaga, and 1Atsushi Kumanogoh (*責任著者)
【所属】
1.大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
2.国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 プロテオームリサーチプロジェクト
3.国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 バイオインフォマティクスプロジェクト
4.国立病院機構 近畿中央呼吸器センター 呼吸器内科
5.大阪大学大学院医学系研究科 病態病理学講座
6.大分大学医学部 マトリックス医学講座
7.公益財団法人がん研究所 がんプレシジョン医療研究センター

参考URL

武田吉人 准教授 研究者総覧
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?l=ja&u=7196

用語説明

慢性閉塞性肺疾患(COPD)

COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease)は、タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じた肺の炎症性疾患であり、喫煙を背景に中高年に発症する生活習慣病といえます。40歳以上の人口の8.6%、約530万人の患者が存在すると推定されていますが、大多数が未診断、未治療の状態であると考えられます(NICE study)。21世紀の国民病ともいわれ、世界に約2億人の患者が推定され、世界の死因第3位とされます。このような背景から、厚生労働省が「健康日本21(第2次)」において、疾患・生命損失と医療経済から看過できないCOPDを、循環器疾患、糖尿病と並んで対策を要する主要な生活習慣病に掲げました。COPDの「知識の普及」が目標とされ、現状の「認知率」を25%とし、10年後の目標値80%が定められました。COPDはタバコ煙に含まれる有害化学物質を長年吸い込むことで、気管支に慢性的な炎症が生じ、ガス交換をする肺胞(はいほう)が少しずつ破壊されていく病気です。歩行時や階段昇降など、身体を動かした時に息切れを感じる労作時呼吸困難や慢性のせきや痰が特徴的な症状です。疾患の進行とともに、咳や呼吸困難が出現し、呼吸不全から酸素投与が必要となります。この病気の恐ろしいのは「初期は無症状で、ゆっくりと進行し、しかも元通りには治らない」ということです。このように根本的な治療薬がないものの、気管支拡張剤による治療が、症状の改善だけでなく、長生きに繋がることも示されています(2018 COPDガイドライン)。

エクソソーム

エクソソーム(Exosome)は細胞から分泌される直径50-150 nmの細胞外小胞です。その表面は細胞膜由来の脂質、タンパク質を含み、内部には核酸、タンパク質や脂質などを含んでいます。細胞から分泌されたエクソソームは種々の体液(血液、尿など)に存在しており、体中を循環しています。エクソソームの重要な機能として、細胞間・組織間の情報伝達に使われているという点が注目されています。癌領域では早期癌の診断だけでなく、治療や薬剤輸送法として臨床応用が検討されています。とりわけ、癌、難病や感染症の診断バイオマーカーとして脚光を浴びており、理想的なリキッドバイオプシーと考えられます。(当科HP参照、エクソソームによる呼吸器疾患の新規BM探索|大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学 (osaka-u.ac.jp)

ファイブリン-3 (fibulin-3)

肺や動脈や皮膚は、伸び縮み(弾性)がこれら臓器の機能に必須であり、これら組織の弾性を担っているのが弾性線維です。弾性が低下すると、皮膚の皺、動脈硬化、肺気腫になり、いわゆる老化現象となります。喫煙は、肺内マクロファージの弾性線維分解酵素(エラスターゼ)発現を誘導することで肺気腫(COPD)に至るため、弾性線維の分解がCOPD本態とされます。その弾性線維の構成要素の一つが、fibulin-3(ファイブリンファミリー)です。従って、COPD患者における血清エクソソーム中fibulin-3増加は、弾性線維分解による肺胞破壊を反映していることが示唆されます。