肺が線維化する難病の進行性を“血液1滴”で予測
進行性予測のための新規バイオマーカー同定
研究成果のポイント
- 間質性肺炎は慢性経過で肺に線維化をきたす難病とされ、抗線維化薬を含む治療を行っても予後不良である。線維化の進行を抑えるために早期治療が望まれているものの、その進行を予測することは難しく、治療開始が遅れるケースも多いとされる。
- 血中を流れる細胞外小胞 (エクソソーム)について最新の網羅的解析を加えることにより、線維化進行を予測可能な新規バイオマーカーとして肺サーファクタント蛋白B (SP-B)を同定した。
- 血清細胞外小胞のSP-Bを測定することで、線維化進行のリスクがある患者を見出し、抗線維化薬などを早期から導入することにより、予後改善につながることが期待される。
概要
大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学の榎本貴俊さん(博士後期課程)、白井雄也 助教、武田吉人 准教授、熊ノ郷 淳 教授らの研究グループは、間質性肺炎において、進行性の予測に有用な新規バイオマーカーとして”肺サーファクタント蛋白B (SP-B)”を同定しました。
今回、研究グループは、内閣府主導プログラムであるPRISMの枠組みにおいて、新規メッセンジャーとして細胞・組織間コミュニケーション手段として機能することが注目されている血中の細胞外小胞(エクソソーム)に着目し、最新プロテオミクス(蛋白網羅的解析)とシングルセル解析を駆使することにより、間質性肺炎の進行を予測可能なバイオマーカーとしてSP-Bを同定しました(図1)。
血清細胞外小胞中のSP-Bは、従来のバイオマーカーである血清KL-6やSP-Dよりも間質性肺炎の病勢と強い相関を示し、進行性リスクの高い患者を早期に捉えることが可能でした。これにより、抗線維化薬などの早期治療介入につなげることで、予後を改善することが期待されます。
本研究成果は、世界的な生物医学研究の米国誌である「JCI insight」(オンライン)に6月11日(火)午前1時(日本時間)に公開されました。
図1. 血清細胞外小胞の最新プロテオミクスによる間質性肺炎の新規進行性予測バイオマーカー同定
研究の背景
間質性肺炎は肺に不可逆的な線維化を呈する難病で、2022年には本邦における死因第11位とも報告されています。近年、抗線維化薬の有効性が示されているものの、一度生じた肺線維化を正常に戻すことは難しく、進行を抑えるために早期治療介入が望まれています。一方で、線維化が進行する速度は個人差が大きく、進行の速い患者を早期に予測することは困難でした。さらに、進行性の肺線維化を伴う間質性肺炎を総称する新たな疾患概念としてProgressive pulmonary fibrosis (PPF)が提唱され、線維化進行を予測することが可能なバイオマーカー開発が喫緊の課題でした。
研究の内容
研究グループでは、新規メッセンジャーとして注目されている細胞外小胞(エクソソーム)の最新プロテオミクス(蛋白網羅的解析)により、血液中の細胞外小胞から2000種類以上に及ぶ膨大な蛋白を捉え、肺線維化の病態や進行と密接に関わるバイオマーカーを世界で初めて同定することに成功しました。とりわけ、細胞外小胞中のSP-Bは従来のバイオマーカーである血清KL-6やSP-Dよりも間質性肺炎の病勢と強く相関を示し、進行性リスクの高い患者を早期に捉えることが可能でした。さらに、シングルセル解析などを駆使することで、SP-Bの体内動態の検討からSP-B産生細胞を同定し、SP-Bがリキッドバイオプシー (液体生検)として肺線維化を反映していることを示しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
従来、少なくとも半年から1年程度の経過観察にて、間質性肺炎の進行速度を見極めてから、実際に進行が速い患者にのみ抗線維化薬を投与する例がほとんどでした。血清細胞外小胞中SP-Bを測定することにより、進行性の間質性肺炎患者(とりわけPPF)を早期に同定可能となり、抗線維化薬などの早期治療によって予後を改善することが期待されます。
特記事項
本研究成果は、世界的な生物医学研究の米国誌である「JCI insight」(オンライン)に、6月11日(火) 午前1時(日本時間)に公開されました。
タイトル:“SFTPB in serum extracellular vesicles as a biomarker of progressive pulmonary fibrosis”
著者名:Takatoshi Enomoto1,†, Yuya Shirai1,2,†, Yoshito Takeda1*, Ryuya Edahiro1,2, Shigeyuki Shichino3, Mana Nakayama1, Miho Takahashi-Itoh1, Yoshimi Noda1, Yuichi Adachi1, Takahiro Kawasaki1, Taro Koba1, Yu Futami1,4, Moto Yaga1, Yuki Hosono1, Hanako Yoshimura1, Saori Amiya1, Reina Hara1, Makoto Yamamoto1, Daisuke Nakatsubo1, Yasuhiko Suga1, Maiko Naito1, Kentaro Masuhiro1, Haruhiko Hirata1, Kota Iwahori1, Izumi Nagatomo1, Kotaro Miyake1, Shohei Koyama1, Kiyoharu Fukushima1, Takayuki Shiroyama1, Yujiro Naito1, Shinji Futami1, Yayoi Natsume-Kitatani5,6, Satoshi Nojima7, Masahiro Yanagawa8, Yasushi Shintani9, Mari Nogami-Itoh5, Kenji Mizuguchi5,10, Jun Adachi11, Takeshi Tomonaga11,12, Yoshikazu Inoue13,14, and Atsushi Kumanogoh1,15,16,17,18* (†筆頭著者, *責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
3. 東京理科大学 生命医科学研究所 炎症・免疫難病制御部門
4. 公立学校教職員共済組合近畿中央病院呼吸器内科
5. 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 AI健康・医薬研究センター
6. 徳島大学 先端酵素学研究所
7. 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学
8. 大阪大学 大学院医学系研究科 放射線統合医学講座 放射線医学教室
9. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器外科学
10. 大阪大学蛋白質研究所 計算生物学
11. 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬標的プロテオミクスプロジェクト
12. 株式会社プロテオバイオロジクス
13. 独立行政法人 国立病院機構 近畿中央呼吸器センター
14. 一般財団法人 大阪府結核予防会 大阪複十字病院
15. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
16. 大阪大学 先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
17. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC)
18. 日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業 AMED-CREST
DOI:https://doi.org/10.1172/jci.insight.177937
本研究は、日本医療研究開発機構・戦略的創造研究推進事業(AMED-CREST)[助成番号JP21gm6210025]、厚生労働省[助成番号JPMH20AC5001、19AC5001]、内閣府官民研究開発投資戦略的拡大事業(PRISM)、日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究)[助成番号 22H05064、JP18H05282、JP19K08650、および22K08283]、上原記念財団助成金、日本呼吸器財団助成金、日本財団・大阪大学感染症予防プロジェクトの一環として行われました。
参考URL
用語説明
- 間質性肺炎
肺に不可逆的な線維化をきたし、咳嗽や呼吸困難感などの症状を呈する。特に特発性肺線維症(IPF)やProgressive pulmonary fibrosis(PPF)は進行性の肺線維化を示し、予後不良である。一部ステロイドや免疫抑制剤による治療が奏功する症例があるものの、慢性的に進行する症例も多い。近年抗線維化薬の有用性が示されているが、線維化を可逆的に改善するというよりは進行を抑制することを期待した治療であることから早期からの治療導入が望まれる。しかしながら、事前に肺線維化の進行を予測することは依然として困難であり、間質性肺炎の進行性予測バイオマーカー開発が求められている。
- 細胞外小胞(エクソソーム)
細胞外小胞であるエクソソームは、あらゆる細胞から分泌される直径50-150 nmの小胞体で、その内部には核酸、タンパク質や脂質などを含んでいる。分泌されたエクソソームは種々の体液(血液、尿など)に存在しており、体中を循環している。エクソソームの重要な機能として、細胞間・組織間の情報伝達に使われているという点が注目されており、とりわけ、癌、難病や感染症の診断バイオマーカーとして脚光を浴び、理想的なリキッドバイオプシーと考えられる。(当科HP参照、エクソソームによる呼吸器疾患の新規BM開発・病態解明と治療法開発|大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学 (osaka-u.ac.jp)
- 肺サーファクタント蛋白B(SP-B)
リン脂質とともに肺サーファクタント(表面活性物質)を構成する肺サーファクタント蛋白ファミリーの一つ。間質性肺炎のバイオマーカーとして従来から使用されていたSP-A,Dと比較し、SP-Bに関する研究報告は非常に限られており、バイオマーカーとしての有用性や機能面についても十分明らかにされていない。
- PRISM
官民研究開発投資拡大プログラム。高い民間研究開発投資誘発効果が見込まれる領域に各府省庁の研究開発施策を誘導し、官民の研究開発投資の拡大、財政支出の効率化等を目的とした内閣府主導制度である。研究グループでは、「新薬創出を加速する人工知能の開発」を目指し、PRISMの枠組みとして省庁連携研究プロジェクトに取り組んでいる。(当科HP参照、人工知能AIによる肺線維症の解明|大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学 (osaka-u.ac.jp))
- プロテオミクス(蛋白網羅的解析)
質量分析などの手法により、網羅的に蛋白を分離検出し、定性、定量する解析。本研究では、次世代プロテオミクスと呼ばれるデータ非依存的取得法 (Data-independent acquisition, DIA)を活用し、血液(血清)そのものの解析では同定できない大量の蛋白を同定することに成功した。
- シングルセル解析
従来の組織レベルの解析ではなく、単一細胞レベルで各々の遺伝子発現量などを網羅的に解析することを可能とする次世代技術。病態解明などへのアプローチとして、様々な疾患への応用が試みられている。
- Progressive pulmonary fibrosis(PPF)
間質性肺炎の中でも、特発性肺線維症(IPF)は進行性の線維化を伴い予後不良とされるが、近年IPF以外の間質性肺炎でも進行性の線維化を伴うものを総称してProgressive pulmonary fibrosis (PPF)と捉える新たな疾患概念が提唱された。抗線維化薬の適応拡大もあり、注目を集めている (図2)。
- リキッドバイオプシー (液体生検)
従来の生体組織診断では、病変組織を採取してその分析を行っていた。リキッドバイオプシーは、より低侵襲な方法として、血液や尿などの少量の体液を採取して分析することで、従来と同等に病変の評価を可能とする診断手法である。