気管支喘息と慢性閉塞性肺疾患(COPD)の診断に役立つ新規バイオマーカーを呼気中エクソソームから発見

気管支喘息と慢性閉塞性肺疾患(COPD)の診断に役立つ新規バイオマーカーを呼気中エクソソームから発見

2025-2-25生命科学・医学系
医学系研究科教授熊ノ郷 淳

研究成果のポイント

  • 気管支喘息の診断に有用な5つのタンパク質、およびCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の診断に有用な2つのタンパク質を特定
  • これらのタンパク質は呼気凝縮液中に含まれており、非侵襲的かつ簡便に測定可能
  • 呼吸機能や血液の指標(好酸球数、IgE)と相関があるため、診断精度の向上が期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学の原伶奈さん(博士後期課程)、武田吉人 准教授、熊ノ郷 淳 教授らの研究グループは、気管支喘息とCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の診断に役立つ新しいバイオマーカーを発見しました。

具体的には、気管支喘息の診断および病気の詳細な分析に有用な新規の呼気中バイオマーカーとして、 “S100 プロテインP” (S100P)をはじめとする5つのタンパクを同定しました。また、 COPD(慢性閉塞性肺疾患)の診断に有用な新規の呼気中バイオマーカーとして、 “ガレクチン関連タンパク” (LGALSL)を含む2つのタンパクを同定しました。

今回、研究グループは、 細胞外小胞(エクソソーム)という細胞同士のコミュニケーションに使われる新規メッセンジャーに着目しました。そして、最新プロテオミクス(蛋白網羅的解析)を駆使することで、喘息およびCOPDバイオマーカーとなるタンパク質を呼気凝縮液中から発見しました(図1)。これらの呼気中のバイオマーカーは、診断に有用なだけでなく、 呼吸機能や血液の指標(好酸球数または血清Ig E)と相関を示しました。これらの非侵襲的かつ簡便なバイオマーカーを用いることで、喘息およびCOPDの診断率の向上が期待されます。

本研究成果は、” Journal of Allergy and Clinical Immunology: Global”(オンライン)に1月30日(木)に公開されました。

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図1. 呼気凝縮液中細胞外小胞の最新プロテオミクスによる気管支喘息の新規バイオマーカー同定.

研究の背景

気管支喘息は、 全世界で患者数が約3億人と推測され、 その増加が社会的・経済的負担となっています。 日本でも有病率が5%と高い一方で、その診断は容易ではなく、未診断例や誤診が多いとされます。これは、喘息には明確な診断基準が存在せず、症状や専門的検査を組み合わせて総合的に診断する必要があるためです。気管支喘息の診断には、 呼気中の一酸化窒素濃度(FENO)、 血液中の好酸球数等のマーカーが活用されていますが、これらは主に好酸球性の気道炎症を反映しており、気管支喘息の一部しか評価できません。

そのため、 侵襲の少ない呼気の検査で、 好酸球性の気道炎症だけでなくアレルギーや呼吸機能を複合的に評価することができれば、 臨床的に非常に有用性が高いと考えられます。

そしてCOPDは、 呼吸困難、 咳、 痰などを特徴とし、進⾏すると呼吸不全に至る慢性肺疾患です。世界で2億⼈(国内530万⼈)が罹患し、 世界死亡原因の第3位とされています。COPDの診断には、呼吸機能を確認する必要がありますが、 専門的機関以外では呼吸機能検査が行われず、臨床的な診断・治療が行われることが多いとされています。そのため、誤診や未診断例が数多く存在すると考えられており、 より簡便な検査が必要とされています。

本グループは以前より、今まで慢性閉塞性肺疾患(COPD)、肺線維症、新型コロナウイルス肺炎、 喘息において、血清エクソソームの網羅的解析により、新規バイオマーカーを同定するだけでなく、病態解明や創薬にも役立ててきました。

研究の内容

研究グループでは、新規メッセンジャーとして注目されている細胞外小胞(エクソソーム)の最新プロテオミクス(蛋白網羅的解析)により、細胞外小胞を単離することで呼気凝縮液中由来としては最多の2000種類以上に及ぶ膨大な数の蛋白を捉え、喘息およびCOPDの診断的バイオマーカーを同定することに成功しました。なかでもS100 protein P (S100P)は、喘息において呼吸機能と逆相関、 Ribosomal protein S10 (RPS10)は末梢血好酸球数と逆相関、 Peptidase D (PEPD)、 Polypyrimidine tract-binding protein 1 (PTBP1) およびClathrin heavy chain 2 (CLTC)はそれぞれ血清IgEと相関を示し、これらのバイオマーカーが診断のみならず喘息の臨床的特徴の推定にも有用であることを確認しました。 また、 COPDにおいてGalectin-related protein (LGALSL)およびTyrosine 3-monooxygenase/tryptophan 5-monooxygenase activation protein theta (YWHAQ)はCOPDの診断に有用であり、 これらはそれぞれ呼吸機能と相関を示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

呼気という簡便かつ非侵襲的に採取可能な検体から同定されたバイオマーカーの測定系の確立ができれば、簡便かつ非侵襲的な呼気採取による喘息、 COPDの診断が可能となり、非専門機関を含め広く臨床現場での診断率の向上が期待されます。

今後、これらのバイオマーカーと既存の検査である呼気一酸化窒素との組み合わせにより、 喘息の診断精度の改善も期待されます。 さらに、 他の患者データや血清などの検体と組み合わせて評価することで、個別化医療や病態解明への活用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、 Journal of Allergy and Clinical Immunology: Global” (オンライン)に、1月30日(木)に公開されました。

タイトル:“Potential asthma biomarkers identified by non-targeted proteomics of extracellular vesicles in exhaled breath condensate”
著者名: Reina Hara, MD,a, † Yoshito Takeda, MD, PhD,a, * Takatoshi Enomoto, MD,a Hanako Yoshimura, MD, PhD,a Makoto Yamamoto, MD,a Satoshi Tanizaki, MD, a Yuya Shirai, MD, PhD, b Takahiro Kawasaki MD, PhD, a Mana Nakayama, a Saori Amiya, MD,a Yuichi Adachi, MD,a Yoshimi Noda, MD,a Takayuki Niitsu, MD,a Ryuya Edahiro, MD,PhD, b Moto Yaga, MD, PhD,a Yuki Hosono, MD, PhD,a Maiko Naito, MD, PhD,a Kentaro Masuhiro, MD, PhD,a Yujiro Naito, MD, PhD,a Takayuki Shiroyama, MD, PhD,a Kotaro Miyake, MD, PhD,a Kiyoharu Fukushima, MD, PhD,a Shohei Koyama, MD, PhD,a Kota Iwahori, MD, PhD,a Haruhiko Hirata, MD, a Izumi Nagatomo, MD, PhD,a Yusuke Kawashima, PhD,c Mari Nogami-Itoh, PhD,d and Atsushi Kumanogoh, MD, PhD,a,e-i (†筆頭著者, *責任著者)
【所属】
a 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
b 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
c 公益財団法人かずさ DNA 研究所 ゲノム事業推進部
d 大阪大学 大学院薬学研究科 化合物ライブラリー・スクリーニングセンター
e 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
f 大阪大学 先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
g 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC)
h 日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業 AMED-CREST
i 大阪大学 ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jacig.2025.100432

本研究は、日本医療研究開発機構・戦略的創造研究推進事業(AMED-CREST)[助成番号JP21gm6210025]、厚生労働省[助成番号JPMH20AC5001、19AC5001]、内閣府官民研究開発投資戦略的拡大事業(PRISM)、日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究)[助成番号 22H05064、JP18H05282、JP19K08650、および22K08283]、上原記念財団助成金、日本呼吸器財団助成金、日本財団・大阪大学感染症予防プロジェクトの一環として行われました。

参考URL

武田吉人 准教授 研究者総覧
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?l=ja&u=7196

呼吸器・免疫内科学
http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/index.html

用語説明

気管支喘息

喘息の診断には診断基準は存在せず、その診断には症状や背景からの総合的な判断が必要とされる。

発作性の呼吸困難、喘鳴、胸苦しさおよび咳、可逆性気流制限および気道過敏性亢進を評価し、またアトピー素因や気道炎症の所見を参考にする。診断補助マーカーとして、末梢血好酸球数、呼気中一酸化窒素濃度(FeNO)や血清IgEが活用されているが、 多くの場合専門的医療機関でしか実施されていないという課題がある。また、 喘息において呼吸機能検査はコントロールの状態や気道リモデリングの評価に重要であるが、 測定に患者の努力や検査者の技術を要する。

COPD

COPD (慢性閉塞性肺疾患)は主に喫煙によって引き起こされる閉塞性換気障害をきたす肺疾患であり、 息切れや喀痰、 咳嗽などのQOLを低下させる症状を呈し、 慢性的に進行し呼吸不全をきたしうる。 COPDの診断には、 呼吸機能検査によって可逆性の乏しい閉塞性換気障害を確認することが必須とされる。 また、 COPDの早期の診断と治療介入によってその後の増悪や緊急受診の割合が低下することが示されており、 早期の適切な診断は非常に重要である。 しかし、 専門病院以外の多くの医療機関では十分に呼吸機能検査が実施されていないという課題がある。

呼気凝縮液

呼気凝縮液は、 安静呼吸により簡便かつ非侵襲的に採取でき、肺の炎症を反映する化合物を含む生体液である。 EBCは長年BM研究の対象とされてきたが、含有化合物の濃度が低いことなどが課題であった。 近年、高感度で網羅的な解析が可能となり、呼気中のmiRNAやメタボライトについては呼吸器疾患バイオマーカーの報告が散見されているが、未だ実用的なものは同定されていない。 さらに、 タンパク質については、 喘息、 COPDを含めた呼吸器疾患について、臨床的に有用な呼気中のバイオマーカーは報告されていない。

細胞外小胞(エクソソーム)

細胞外小胞であるエクソソームは、あらゆる細胞から分泌される直径50-150 nmの小胞体で、その内部には核酸、タンパク質や脂質などを含んでいる。分泌されたエクソソームは種々の体液(血液、尿、 呼気凝縮液など)に存在しており、体中を循環している。 エクソソームの重要な機能として、細胞間・組織間の情報伝達に関与する点が注目されており、とりわけ、癌、難病や感染症の診断バイオマーカーとして脚光を浴びている。(当科HP参照:エクソソームによる呼吸器疾患の新規BM開発・病態解明と治療法開発|大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学 (osaka-u.ac.jp)

プロテオミクス(蛋白網羅的解析)

質量分析などの手法により、網羅的に蛋白を分離検出し、定性、定量する解析。本研究では、次世代プロテオミクスと呼ばれるデータ非依存的取得法 (Data-independent acquisition、 DIA)を活用し、化合物濃度が低いため同定が難しいとされていた呼気凝縮液中のタンパクを多数同定することに成功した。