
未来考究 CROSS TALK ― つながりの一歩手前にある、“ユニークさ”という研究価値。
大阪大学がめざす「生きがいを育む社会の実現」のために
重要性を増す、大学とステークホルダーとの強固で多様なつながりづくり。
今回も気鋭の研究者とつながりの大切さを考えつつ、
つながりが生まれるための前提となる、研究の本質的な価値、
ユニークな研究活動の重要性についても、語り合いました。
○座談会参加者
金田安史 理事・副学長(共創)(医学)
滝川幸司 教授(古典和歌・漢詩文)
藤田克昌 教授(光工学)
福嶋葉子 特任准教授(常勤)(眼科学)
有川安信 准教授(中性子ビーム)
小野田風子 特任助教(常勤)(スワヒリ語文学)
協働や共創を生みだすのは、 自然で気軽な、人同士の縁。
金田:本日は文理関係なく、特徴的な研究に取り組まれている先生方に集まっていただきました。私から見ると、先生方の研究はとてもユニークでニッチ。各々の領域で第一人者として活躍されているみなさんであっても、やはり他分野とのつながり、外部との連携は必要不可欠なものなのでしょうか?
有川:私が取り組んでいるのは、指向性をもった中性子ビームの開発。確かに同じような研究を行っている方は非常に少なく、専門家は片手で数えられるほどです。ですが、やはりそれでも、他分野の方々との連携がなければ、研究を完成させることはできないですね。
小野田:どういった点で、他分野とのつながりが必要になるのでしょうか?
有川:仮に私が単独で研究を完成させたとしても、それは「中性子ビームが出る装置を造りました」というアウトプットにしかなりません。そのビームを何に使うのか、どんな対象に当て、どのように作用させていくのか、という活用のフェーズに関しては、医学分野などとの連携が必ず必要になります。
福嶋:他分野や外部とのつながりがなかったら自分の研究はどうなるんだろう?と、逆説的に考えてみたのですが、おそらく、自分なりのゴールにある程度近づくことはできると思います。ただ、有川先生がおっしゃったように、それを社会に届け、患者さんの治療に使用していくことは、ひとりきりでは不可能だと思います。
金田:医学の研究は、患者さんありきで行われることがほとんど。その時点で、他者とのつながりがゴールに含まれていますね。
福嶋:そうなんです。また、私は未熟児網膜症を研究対象としているので、研究にあたっては赤ちゃんの存在が必要不可欠。しかし、大阪大学医学部附属病院には新生児が少ないため、阪大だけでは十分なデータを集めることができないんです。
滝川:では、大学外にリサーチに行かれることも多いのでしょうか?
福嶋:現場が困っているポイントを見つけ出したり、赤ちゃんの発達過程を見たりするために、各地のNICUがある病院を巡っています。現場に出て、人を診ることで研究を進めているので、私にとってつながりは絶対に必要なものですね。
藤田:私は、他分野とのつながりはごくごく自然なものだと捉えています。「つながろう!」と力むものではないというか。自然につながりを得られる状況に自ら身を置くことで、他分野すらも自分の範疇に取り込んでいく、という感覚が近いですね。
金田:藤田先生は光学顕微鏡の開発をご専門とされていますが、医学部に所属されていたこともあるんですよね?
藤田:はい。私が専門としている光学顕微鏡へのニーズが高い病理の世界を知るため、医学部に在籍していました。医学部の研究室に自席を持って、文字通りその場に身を置く。すると自然と人とのつながりは生まれてきます。
有川:分野が異なる場所に物理的にアプローチしていくことが、意外と大事だったりしますよね。
藤田:そうなんです。つながりが生まれるきっかけは大抵くだらない雑談であり、「共同研究しましょう!」「アドバイスが欲しいです!」といった前のめりなものではありません。まずは話して、笑い合って、お互いの人となりを知る。そうすることで、何かに行き詰まった際に「あの人に話してみよう」と思いつくようになるんです。
金田:研究分野でつながるのではなく、人としてつながる。信頼関係ありきで関係を結ぶからこそ、それが共同研究に発展した際にもスムーズにことが進むわけですね。
有川:異分野の方々と、「私はこんなことをやっています」という話だけをしても、まず盛り上がりません。そうではなくて、「私はこんなことをおもしろいと思って研究に取り組んでいるんですよ」と、自分のモチベーションである根源的な興味や、研究・技術の醍醐味を伝え合うことが重要。そうやって仲が深まる内に、「あ、それ協力できますよ」といった発展的な会話が生まれてくるものです。
藤田:その通りだと思いますね。「これをやってほしい!」っていきなり来られても、防衛本能が働くと言いますか。下心は抜きにして、まずは人としてつながることが、私も大切だと思っています。
福嶋:私はもともと、異分野の方々とのつながりづくりに苦手意識があって。もっと熱量高く、積極的にならなければいけないのだろうか……と悩むこともあったのですが、先生方の意見を聞いていると真逆のスタンスを取られていますね。自然体でいればいいんだなと、少し安心感を得られた気がします。
研究対象や社会ともつながって領域を開拓し、光を当てる。それがいつか、後世の道標に。
金田:文学を研究されているお二方は、つながりという概念に対してどのようなお考えを持っていらっしゃいますか?
小野田:文学研究は、基本的にひとりで行うもの。文学とのみ向き合う時間が長いので、人とのつながりはそこまでないと言えるでしょう。ただ、研究対象を深く掘り下げていくためには作者を知り、その作品を取り巻く社会を知る必要があります。そういった意味で、「研究対象とつながること」を、私たちは大事にしているのかもしれません。
金田:小野田先生が取り組まれているスワヒリ語文学の研究は、日本では他に同領域を研究されている方はほとんどいないとうかがいました。
小野田:そうですね。アフリカ文学、しかもスワヒリ語という領域にフォーカスしている研究者はほぼいません。ただ、だから研究しなくていいというものでもなくて。「ニッチな言語、地域であっても、文化活動は確実に存在しているんだ」ということを、日本社会や世界に向けて提示したい、しなければならない、という想いで研究に取り組んでいます。
滝川:私も「漢文で書かれた公文書や詩」という古典文学研究の中でも、なかなか他に取り組む人がいない領域を専門としているので、小野田先生にはすごく共感します。自分が研究を行うことで、誰も光を当てていなかった領域にスポットライトが当たる。それは、確かに存在している多様性を世界に向けて示すことにつながると思います。
小野田:同感です。幸いなことに、最近は講演会やエッセイといったかたちで、研究分野について発信する機会も増えてきました。小さな接点ではあるかもしれませんが、世界のもつ多様性の深さを発信することで、私の研究も社会とのつながりを得ているのではないかと思います。
金田:滝川先生、小野田先生が行われているような研究は、「時間軸としてのつながり」も生み出すのではないか、という気がしてきました。
小野田:研究者がたった1であっても、0ではない。確かにそれは、そのニッチな研究領域のもつ可能性を未来につなぐことになると思います。
金田:光の当たっていなかった研究分野を、先生方のような先人が開拓する。そこで灯された光というのは、これから先の未来において同様の研究分野に興味を持つ人々にとっての道標になり得ると思います。
滝川:現在活動している我々と未来の研究者たちが、研究を通して結ばれていく。確かにこれも一種のつながりの創出だと言えますね。
研究が、ユニークかどうか。それが、連携・共創の大前提。
金田:お話の中で、お互いの取り組みや知見を「おもしろい」と感じることがつながりづくりのきっかけになる、というご意見がありました。このことから考えると、異分野連携、産学共創の大前提として、研究がそもそもユニークであること、研究者がそのテーマを突き詰められていることが大切なのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか?
有川:研究そのものがユニーク、興味深いものであることはもちろん、研究者自身がそれをおもしろがっているかどうかも、とても大事だと思います。
金田:確かに、そういったピュアな原動力はとても大切だと思います。
有川:私なんかは、中性子をはじめとした原子力の研究に、すごくかっこいいイメージをもっていて。学生時代に分野を選ぶときも、「かっこいいから」という憧れを持ってこの世界に飛び込んでいるんです。だからこそ飽きずに研究を続けられますし、結果として連携や共創をしたい、と思っていただけるような研究価値も生み出していけるのかなと思います。
福嶋:そういった初期衝動は、研究のモチベーションになりますよね。私自身、網膜血管の写真を初めて見たときに、「なんてきれいなんだ」と思ったことが今の研究を始めたきっかけのひとつになっています。「この対象が好きだな」「自分に合っていそうだな」という直感や勢いは、いい研究を行う一番のエネルギーになると思いますね。
藤田:私が光学顕微鏡の世界に魅せられたのも、そもそもは絵を描くことが好きだったから。顕微鏡を使って観測対象を画像化する工程が、絵を描くようで楽しいんです。そんな風にワクワクと取り組む研究が「ユニークであること」は、私にとって結果ではなく大目的。ユニークであることを意識して、研究の方向性を考えるようにしています。
金田:「ユニークであること」の優先順位が高いということでしょうか?
藤田:そうですね。やはり研究者であるからには、世界をあっと驚かせたい、という強い想いがあります。その方法は、新発見をするということだけではなく、例えば、昔から手法としてはあったけれども「社会の役には立たないよね」と言われていた技術が、時代の変化に伴って必要とされるようになり、使い方や見方を変えるだけで、すごく社会に貢献できるものになったりすることもあるのです。
滝川:同一のものであっても、光の当て方を変えるということですね。
藤田:役に立たないとされていたものを生かす方法を、ぱっと世間に見せてあげる。そこに大きな驚きが生まれるわけです。だからこそ、研究にあたっては「こういう技術をつくります」だけではなく、「こういう技術をこのように使うと、こんな結果が得られるんです」というところまで考え抜くことを大切にしていますね。
有川:考え方ひとつで、イノベーションを起こせるのも研究活動の醍醐味ですよね。ただ、私たちのような物理の世界にいる研究者の場合、その切り口が周囲に伝わってしまうと誰かにその研究を真似されてしまう、ということもありませんか?
藤田:そこにジレンマがありますよね。ここまで他分野との連携やつながりについて話してきましたが、有川先生のおっしゃる通りで、研究の方向性が伝わってしまうと 、他の人にもそれを実現する方法が物理的に想像できてしまうので ……。ある意味、ユニークさを突き詰めるためには、研究者が孤独に耐える時間も必要なのかもしれません。
ゴールに到達する日をめざし、ポジティブに、楽観的に、あらゆるルートを辿っていく。
金田:ユニークな研究、価値のある研究を行うにあたって必要なことや、心がけていらっしゃることはありますか?
滝川:みんなが取り組んでいない、手垢のついていない研究には、自分がさまざまなシーンで第一発見者になれる、というおもしろさもありますよね。それと同時に日々感じるのは、自分の考えのみで研究を完結させないことの重要性です。
福嶋:それはどういった姿勢なのでしょうか?
滝川:私たちが取り組んでいるような研究テーマは比較対象があまりないので、簡単に自分に引きつけた解釈を行えてしまうんです。でもそれでは事実の探究や、研究価値の向上にはつながりません。自分を律しながら、突き詰めつつも考えを広げ続ける、という研究スタイルをとっています。
小野田:「自分に引きつけすぎない」という姿勢は、私も大切にしていますね。自分を含めて、研究を「おもしろい」と感じるために、アフリカ文学やスワヒリ語文学に「共感」を求めすぎてはいけないなと思っていて。
滝川:共感というのは自分の中にある種の期待や答えがあって、それに対して思い通りのものが見えてきたときに感じるもの。予想通りだと心が躍るものなんですが、「本当だろうか」と、もう一度資料を当たり直すと、どこかで掛け違えていたりしますよね。
小野田:日本とスワヒリ語圏では、文化や歴史が大きくかけ離れています。そのためスワヒリ語文学というものは安易に共感できるものではなく、私たちとは「つながり」より「断絶」の方が多いはず。そういった違いを捻じ曲げることなく、「違う」と受け止めることが大切だなと思います。
有川:「予想通りを疑う」というスタンスは、私たちが身を置く理系の研究分野と同じですね。
藤田:私もそう思いました。「たぶんこうだろうな」「こういうものが出てくるはず」と思って研究を進めていると、ときたま期待通りの答えが出てくることがあります。でもそれって、途中までは良くても、最終的には間違っていることが多いんです。
有川:そうやって、「ああ、違ったな」「なんでうまくいかなんだろう」となったときこそ、楽観的であることも大事ですよね。私たちが取り組んでいるような研究は、同じことをやっている人が少ないからこそ、出会った壁は必ず自分で越えないといけません。その時に、ただ悩んでいても事態は変わらない。ポジティブに挑戦し続けるしかないんです。
福嶋:そうそう。私も「勇気ある撤退」が必要な時もあると思っています。これは、ゴールを諦めるということではなくて、別の道からゴールをめざすということ。「このやり方はだめだったか。じゃあこっちはどうだろう?」と、角度を変えて挑戦していくと、道はひらけていくものです。
有川:私はそれを「休戦」と呼んでいます。一点のゴールは見据えつつ、諦めずにルートを変え続けていく感覚ですね。
滝川:それは文学研究でも同じです。ずっと考え続けながら迂回路を探って、検討するフィールドをどんどん広げていく。すると、新しいデータや知識が自分の中に蓄積されて、あるときぱっと問題が解決していく。その瞬間、なにものにも変え難い研究の喜びを得られますよね。
金田:突き詰めつつも考えを広げ続ける。人や研究対象、ゴールに向かうための道のり、すべてにおいて、オープンマインドに外に開いていく。それがつながりも生み出すし、正しい結果、価値の高い研究成果を叶えていく、ということなのですね。今日は先生方とお話しして、つながりの多様性や、ユニークな研究への向き合い方も垣間見ることができました。ありがとうございました。