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究みのStoryZ

赤ちゃんの「見える」を守り誰にとっても優しい医療を。未熟児網膜症の根治をめざして

眼科学/大学院医学系研究科 眼免疫再生医学共同研究講座 特任准教授(常勤) 福嶋葉子

赤ちゃんの「見える」を守り誰にとっても優しい医療を。未熟児網膜症の根治をめざして


臨床医として出会った、未熟児網膜症の赤ちゃんの姿が研究を始めるきっかけに。

みなさんは「未熟児網膜症」という疾患をご存知でしょうか。赤ちゃんは通常、お母さんのお腹の中で臓器や骨格など、外の世界で生きていくために必要な器官を約10ヶ月間かけてつくりあげていきます。そのため何らかの原因で出産が早まり、未熟児となってしまった赤ちゃんたちは、身体の器官が十分に発達しきっていないことも。未熟児網膜症は、そういった早産児に起こりやすい眼の疾患です。網膜とは、光を感知するための神経組織。多くの神経細胞を養うために、網膜にはたくさんの血管が張り巡らされています。この血管が新しくつくられる様子は、植物の成長に似ています。網膜の中央から血管が枝分かれしながら伸びていき、生まれる直前に網膜の端まで到達します。つまり、早産児では網膜血管はまだ完成していません。早産によって急に環境が変わると、血管の成長がうまくいかず、網膜から飛び出すように異常な方向に向かって成長することも。この状態を未熟児網膜症と呼びます。異常な向きに伸びた血管は、網膜を引っぱる力があり、ひどくなると網膜が眼の外側の壁からはがれる網膜剥離となって、失明します。

私が大阪大学医学部を卒業後、眼科医として働く中で強く印象に残ったのが、この未熟児網膜症の赤ちゃん達です。未熟児網膜症は自然に治癒することもありますが、急激に症状が悪化した場合は、レーザーなどを使って網膜を凝固破壊して異常血管を抑える治療が行われてきました。そのため、治療を受けた赤ちゃんは、失明を免れても視力が極端に低いままなどの後遺症を抱えることも。未熟児網膜症で失明してしまった子、治療の後遺症が残ってしまった子。そんな子たちを見て、組織を破壊すようなアプローチに変わる根本的な治療方法、赤ちゃんに負担をかけずに行える治療を生み出せないかと思ったことが、未熟児網膜症の研究に取り組み始めたきっかけです。

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マウス網膜の発生期網膜血管の伸長の様子

人にとって大切な、「見えること」を守っていく。

人は五感を使って外界を認識します。そのなかでも最も割合が多いと言われているのが、視覚から得る情報です。会社や学校から帰る時、耳栓やイヤホンをして聴覚を遮断したとしても、ほとんどの人は問題なく家に帰りつけるはず。しかし、目隠しをされたらどうでしょうか。自分ひとりの力で家に帰ることが、途端に難しくなると思います。それほどに、「見える」ということは、人間にとって重要な情報収集手段。だからこそ、赤ちゃんの「見える」を守る研究に、大きな意義を感じています。

未熟児網膜症の根本的な治療をめざして、私がまず行ったのはなぜ、早く生まれただけで血管が変な方向に伸びるのか?を明らかにすること。血管の成長方向を決めるガイダンス分子に注目して、血管が異常な方向に成長する理由を探っていました。その研究に取り組んでいた最中、網膜症の新たな治療方法が登場。異常血管を抑える薬が開発され、手術をしなくても治療が可能になったのです。当時の私は「この薬があればもう大丈夫かもしれない」と感じ、研究を続けるか悩みました。しかし結局私は、今日まで研究を続けています。それは臨床の現場で、新たな治療法の問題点に気づいたからです。

課題を感じたのは、登場した新たな治療法が血管を正しく伸ばす治療ではなく、治療後に血管の成長が妨げられてしまう場合があるということ。やはり、異常を抑えるだけでなく適切な方向に育ててやることが根本的な治療となり、ひいては赤ちゃんの視力、そして人生の質を守ることにつながっていく。この気づきが、研究を続ける原動力になっています。すでに実験的には、おかしな方向に成長した血管を元の向きに戻していくような薬物の候補を発見済み。現在は実際に患者さんに届けられるような検証研究を進めています。こうした薬は成人の網膜血管の病気、たとえば糖尿病網膜症や加齢黄斑変性にも応用ができるはずです。

「共通言語」を探ることが、異分野との協働の第一歩。

治療法の研究開発と並行して、バイタルデータから未熟児網膜症の重症化リスクを予測する研究にも取り組んでいます。赤ちゃんは大人と違って、自ら不調を訴えること、こちらの指示に従って検査を受けることができません。そのため未熟児の診察は、医師の経験や直感に判断が委ねられる、「職人技の世界」になっています。この問題を解決するために取り組んでいるのが、AIを用いた未熟児の診断支援ソフトの開発。赤ちゃんのバイタルデータから未熟児網膜症になるリスクが高いのか低いのかを判断し、必要に応じて早期に治療に取り組める環境づくりをめざしています。

未熟児網膜症の治療法研究で薬学分野の方々とコラボすることはありましたが、ソフトの開発は、私にとって完全に未知の世界。情報系の先生方と足並みを揃えることに、最初はとても苦労しました。その原因は分野を横断できる「共通言語」が無いこと。相手の言っていることにピンとくる、こちらの意図がストレートに伝わる。その状態になるまで1年ほどを要したと思います。未熟児網膜症の治療法開発に向けては薬学領域の方々と、診断支援ソフトの開発にあたっては情報系の方々と。医学の領域から外に飛び出して人とつながらなければ、人を治療することなどできないということを、近年特に痛感しています。異分野協働の重要性がますます高まっている現代において、必要なのは両分野の間を取り持つ「通訳」のような人材。この通訳たる人物が、今後多く登場することで、今より早く、より大きなイノベーションが、多分野で生まれていくのではないかと考えています。



- 2050未来考究 -

AIと医学のコラボで、「楽に治す」が当たり前に。

近年めざましい進歩を遂げているAI技術や機械学習。患者さんの身体データや血液の数値を分析して治療を進めていく医療分野とAIは、相性のいい間柄だと言われています。AIと医学を掛け合わせることで、治らなかった病気が治せるようになることはもちろん、私は、今ある治療がより楽なものになっていくことを期待しています。乳幼児は、大人よりずっとデリケートな存在。目薬を差すだけで心肺が停止したり、検査のために目に光を当てるだけで呼吸が止まってしまったりすることもあります。赤ちゃんに負担をかけない医療=誰にとっても優しい医療。そういったかたちで医学が発展していくことを、願っています。


先生にとって研究とは?

目の前にあるおもしろそうなテーマに、知的好奇心のままに取り組む。それが、私にとっての研究です。臨床医として患者さんのためになりたいと強く思う一方で、網膜の血管画像を見て「きれいだな」「おもしろそうだな」とも感じます。そんなシンプルな想いも、研究の原動力のひとつです。

● 福嶋葉子 (ふくしま ようこ)
2003年大阪大学医学部医学科卒業。12年同大医学系研究科博士課程修了。医学博士。その間、大阪大学医学部附属病院、淀川キリスト教病院で、眼科医師として働く。12年神戸大学大学院医学研究科研究員、14年大阪大学大学院医学系研究科寄附講座助教、16年助教、20年特任講師、23年4月から現職。臨床医として働きながら、研究活動を展開。

(2024年2月取材)