/ja/files/pc_resou_main_jp.jpg/@@images/image
究みのStoryZ

核物理学の常識を打ち破る、超指向性をもった「中性子ビーム」実現をめざして。

中性子ビーム/レーザー科学研究所 准教授 有川安信

核物理学の常識を打ち破る、超指向性をもった「中性子ビーム」実現をめざして。


世界的に見てもニッチな、中性子の制御に挑戦。

私が日々研究で向き合っているのは、「中性子」と呼ばれる粒子。中性子は陽子とともに原子核を構成する物質で、物理に興味があればピンとくる方も多いでしょう。核物理学の世界では頻繁に用いられている中性子ですが、目には見えませんし、日常生活の中で活躍している場面は、まだあまりありません。

中性子は、重水素などに原子核反応を起こすことで生成できます。原子核内にあった中性子が原子核反応によって、外に飛び出してくるようなイメージです。このときの運動をコントロールすることは非常に難しく、なにもしなければ中性子は四方八方に飛び散り、10分ほどで半減期を迎えて崩壊してしまいます。実は中性子には世の中に役立つ性質がたくさんあるのですが、この「思った通りに飛ばない性質」が壁となり、社会で活躍する機会を得られずにいるのが現状。だからこそ私は、中性子を思った通りの場所に向けてまっすぐと飛ばせる、超指向性をもった「中性子ビーム」を研究し、中性子を社会に役立つ粒子に変えていくことに挑戦しています。実は中性子の指向性を研究している研究者は、世界的に見てもごくわずか。先行研究や同分野の仲間が少ないからこそ、基本的にひとりで研究を進める必要はありますが、自分が実現したことの多くが“世界初”となっていくため、達成感も大きい研究領域だと考えています。

中性子ビームが切り拓く、がん治療の可能性。

まだあまり一般社会で活躍できていない中性子ですが、医学の分野では少しずつその活用方法が見出され始めています。中でも特に注目が集まっているのは、がん治療の分野。2020年に、BNCT(ホウ素中性子捕獲療法)という治療法が日本でも承認され、全国各地に治療センターが設立されつつあります。BNCTはホウ素に反応する中性子の特性を生かした治療法。がん患者の方がホウ素を摂取すると、がん細胞にホウ素が溜まります。そこに中性子を当ててホウ素と中性子を反応させ、がん細胞だけ破壊する。これがBNCTのメカニズムです。手術を要しない治療方法なので、脳など手術が難しい部位にあるがん、体力が低下している患者さんのがんなど、より多くの方の治療を叶える医療技術だと言えます。

ただ、先ほども述べたように、中性子はコントロールが難しい粒子。そのため現在のBNCTは、巨大な装置を使って中性子を大量に生成し、トンネルを用いて一部の中性子のみを患部まで誘導する、という手法をとっています。しかし、生成後ランダムに飛び出す中性子のほとんどは、トンネルに向かいません。そのため、患部に当てることができているのは、全発生数のうちわずか10億分の1のみ。つまり現状の技術では、がん細胞を破壊するために必要な中性子を10億倍のスケールで生成しなくてはならない、ということなのです。当然、大量に中性子を発生させられる装置は巨大で、建設費用も超高額。このような背景から、現時点でBNCTは各地の病院が気軽に導入できる治療法にはなっていません。

こういった問題を解決するのが、指向性の高い中性子ビームです。ビームで直接患部を狙い撃つことができれば、患者さんの被曝量を抑えながら、的確にがんを消滅させることができるようになります。また使用する中性子の量も必要最低限で済むため、中性子発生装置を小さくすることが可能に。中性子ビームの存在は、病院の一室に収まるようなサイズ感、手軽に導入することができる費用感で、BNCTを普及させる助けになるはずです。

原子力って、かっこいい。ピュアな気持ちがあるから、苦労も楽しさに変わる。

私が取り組む中性子ビームは、全く同じことをやっている人が少ないニッチな研究分野です。しかし、孤独を感じることはありません。それは研究成果を社会に役立つものとしていくために、中性子ビームを活用したいと願う他分野の方々と、日々協働しているから。BNCTの第一人者はもちろん、中性子の透過性を生かして薬剤の分子分析をめざす製剤業界の方々、インフラの非破壊検査に挑戦する方々など、さまざまな分野の方と、「どういうビームなら使いやすいか」「どういうビームを求めているのか」といった対話を繰り返しています。アイデアを集め、実際の現場で生きるかたちに技術を整えていくことは、最終的に社会に役立つアウトプットを出していくために必要不可欠な過程です。

一方で、ニッチな研究分野だからこそ、実際の開発工程は自分との戦い。なぜうまくいかないのか、次の一手をどうするか。自問自答する毎日です。端から見ると大変そうに映るかもしれませんが、私にとってはこれが楽しくて仕方がない時間。そう思えているのは、「原子力ってロマンがある」「レーザー機器ってかっこいい」というピュアな気持ちで、この分野に進んだ背景があるから。研究が好きだという気持ちを持ち続けたことで、近年は大阪大学が誇るレーザー「GEKKO XII」の運用リーダーも任せていただけるようになりました。「GEKKO XII」は、レーザー核融合などの実現に大きな貢献を果たす機器。原子力研究の最前線に立つことで、他分野の研究者とのつながりも広がっています。

中性子は、目には見えない粒子です。ただ適切な計算を行い、適切な装置を用いると、そこにあると理解できる。ビーム化することで、人の命を助け、社会を進歩させることができる。これからも、自身の研究に対する熱い想いを絶やすことなく、目に見えないこの粒子を正しく導いていきたいと考えています。

_74A1871.jpg

大阪大学が誇るレーザー「激光XII号」



- 2050未来考究 -

原子力を正しく理解し、むやみに恐れない社会へ。

私自身は原子力の世界に子どもの頃から心を惹かれ、研究者になりましたが、原爆投下や原発事故といった歴史から、世間一般には「原子力=恐いもの」というイメージが根付いていると感じます。原子力が与える健康や環境に対するネガティブな影響をなくし、人がその恩恵だけを受け取れる社会を実現することが、私の大きな目標。実は中性子は、原子力発電に伴って発生する放射線廃棄物を無毒化する力も持っています。目に見えない粒子を使って、目に見えない恐怖を取り除く。2050年に向けて、そういった夢のある技術開発を進めることで、原子力に対して社会が持っているイメージそのものを変えていきたいです。


有川准教授にとって研究とは?

「一生続けられる遊び」だと思っています。人間、ずっと同じことをしていると飽きが来るものですが、研究は上手くいったり、上手くいかなかったりの連続。休みがあっても気付けば考えていて、なぜかずっと取り組んでいたくなる。それが私にとっての研究です。

● 有川安信 (ありかわ やすのぶ)
2010年大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。11年同大学レーザーエネルギー学研究センター(現・レーザー科学研究所)助教、12年講師を経て22年から現職。

(2024年2月取材)