心不全におけるミトコンドリア分解の重要性と その活性化機構を解明

心不全におけるミトコンドリア分解の重要性と その活性化機構を解明

新たな心不全治療の開発に期待

2024-12-18生命科学・医学系
医学系研究科教授坂田泰史

研究成果のポイント

  • 心不全状態の心臓において、Bcl2-L-13がマイトファジーを誘導し障害ミトコンドリアの除去を促進することで、心機能の維持に貢献していることを解明。
  • Bcl2-L-13は哺乳類の細胞内においてマイトファジーを促進する因子として知られていたが、心臓においてどのような役割を果たしているかは不明だった。
  • マイトファジーの誘導にはAMPKa2によるBcl2-L-13のリン酸化が重要であることを明らかに。
  • 今回見出したマイトファジー活性化機構を標的とした新たな心不全治療の開発が期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の村川智一助教、坂田泰史教授(循環器内科学)らの研究グループは、英国キングス・カレッジ・ロンドン、愛媛大学との共同研究において、Bcl2-L-13によるマイトファジーの誘導が負荷のかかっている心臓の機能維持に重要な役割を果たしていること、マイトファジーの誘導にはAMPKa2によるBcl2-L-13のリン酸化が重要であることを明らかにしました(図1)。

心不全患者数は増加の一途をたどっていますが、心不全は未だに予後不良の疾患であり、新規治療法の開発が望まれています。心不全では、心臓の心筋細胞に機能の低下した障害ミトコンドリアが蓄積していることが知られています。

今回、研究グループは、心不全発症メカニズムにおけるマイトファジーによる障害ミトコンドリアの分解・除去の役割について検討するため、遺伝子改変マウスを用いて高血圧による心負荷モデルマウスを作製し、解析しました。その結果、Bcl2-L-13と呼ばれるマイトファジー関連分子のリン酸化による活性化が、心臓機能の維持に重要な役割を持つことを解明しました。さらに、AMPKa2というリン酸化キナーゼがそのリン酸化に関わることを発見しました。

この活性化機構を標的とすることで、心不全における障害ミトコンドリアの蓄積を阻害し心機能を維持するという、既存の治療薬とは異なるメカニズムによる心不全治療薬の開発が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Cell Reports」(オンライン)に、2024年11月23日(土)に公開されました。

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図1. Bcl2-L-13の活性化によりマイトファジー誘導され、障害ミトコンドリアが除去される結果、心機能が維持される。

研究の背景

心不全は日本を含む先進国において主要な死亡要因の一つです。心不全を発症した患者の5年生存率は約50%と、全がん患者の平均よりも低い状態が続いています。その理由として、劇的に治療効果を発揮する薬剤が不足していることが挙げられ、新たな治療戦略の開発が望まれています。

ミトコンドリアは、細胞内でのエネルギー産生を担う細胞内小器官です。心臓は、エネルギーを大量に消費するため、ミトコンドリアを大量に含んでいます。そのため、心機能の維持には、ミトコンドリアの機能を正常に保つことが重要です。

研究グループは、心不全状態の心臓において機能の低下した障害ミトコンドリアが蓄積していることに着目し、これらを効率よく分解・除去することができれば心臓の機能を維持できるのではないかと考えました。障害ミトコンドリアの分解・除去機構にはマイトファジーと呼ばれる仕組みが働いています。研究グループはこれまでに、酵母においてマイトファジーに必須の分子であることが知られているAtg32と同様の機能を持つ分子として、Bcl2-L-13を同定しました(Murakawa et al. Nat. Commun 2015)。Bcl2-L-13は哺乳類細胞においてマイトファジーを誘導することを見出していましたが、その生体内、特に心臓における役割は不明でした。

研究の内容

研究グループは、「心不全が起こるメカニズムにおいてBcl2-L-13がどのような役割を果たしているのか」について検討するため、Bcl2-L-13を欠損した遺伝子改変マウス及び、Bcl2-L-13を活性化できない遺伝子改変マウスを作製し、大動脈を狭窄させる手術(TAC手術)を施すことで心臓を高血圧状態に置きました。

その結果、対照群(Bcl2-L-13が機能するマウス)では左心室の収縮能が低下しない程度の軽い負荷でも、遺伝子改変マウスでは心機能の低下が見られました。また、対照群で見られた負荷によるマイトファジーの増加は遺伝子改変マウスでは抑制されており、ミトコンドリアの機能も低下していました。さらに、種々のリン酸化キナーゼをノックダウンしてスクリーニングを行うことで、AMPKa2というリン酸化キナーゼがBcl2-L-13をリン酸化し、活性化させることを見出しました。

これらの結果より、Bcl2-L-13によるマイトファジーの誘導が圧負荷状態にある心臓の機能維持に重要な役割を果たしていること、マイトファジーの誘導にはAMPKa2によるBcl2-L-13のリン酸化が重要であることが明らかとなりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、AMPKa2の活性を高め、ミトコンドリア分解を担うマイトファジーを亢進させることで、ミトコンドリアの機能を維持し、心不全の発症を抑制できる可能性が示唆されました。マイトファジーを制御する心不全治療薬は現時点で存在しませんが、この成果をもとに新しい心不全治療薬が開発されれば、心不全患者さんを減らしたり、生存率を改善させたりすることが期待されます。

特記事項

本研究成果は2024年11月23日(土)に米国科学誌「Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“AMPK regulates Bcl2-L-13-mediated mitophagy induction for cardioprotection”
著者名:Tomokazu Murakawa1,2, Jumpei Ito2,3, Mara-Camelia Rusu2, Manabu Taneike1,2, Shigemiki Omiya2,3, Javier Moncayo-Arlandi2, Chiaki Nakanishi2,3, Ryuta Sugihara1, Hiroki Nishida1, Kentaro Mine1, Roland Fleck2, Min Zhang2, Kazuhiko Nishida2, Ajay M. Shah2, Osamu Yamaguchi3,4, Yasushi Sakata1 and Kinya Otsu2,3,*(*責任著者)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 循環器内科学
2. 英国キングス・カレッジ・ロンドン
3. 国立循環器病研究センター心不全病態制御部
4. 愛媛大学 大学院医学系研究科 循環器・呼吸器・腎高血圧内科学
DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2024.115001

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(科研費)、英国心臓財団、欧州研究評議会の一環として行われました。

参考URL

用語説明

マイトファジー

オートファジーは、細胞内の変性タンパク質や不良な細胞小器官を分解することで、細胞を正常な状態に保つ仕組みです。その中で、特にミトコンドリアを選択的に標的とする機構をマイトファジーと呼びます。

障害ミトコンドリア

ミトコンドリアは、細胞の中にある小器官でエネルギーを作り出す小さな「発電所」のようなものです。障害を受けたミトコンドリア(障害ミトコンドリア)は、エネルギーの産生能が低下することに加え、生体に有害な活性酸素種を産生します。心筋細胞は、絶えず拍動する必要があるため、通常の細胞よりも多くのミトコンドリアを含みます。

リン酸化キナーゼ

リン酸化キナーゼは、体の中で行われる化学反応を助ける酵素の一種です。リン酸化キナーゼは、その中でも特にリン酸をほかの分子につける役割を持ちます。この反応によって、その分子が活性化されたり、逆に活性が低下したりします。