\素粒子の謎に量子コンピュータで迫る!/ 量子コンピュータによるシュウィンガー模型の 効率的シミュレーション方法を開発
必要な計算プロセスや量子ビット規模も明らかに
研究成果のポイント
概要
図1. 本研究の概要。(左上)シュウィンガー模型の模式図。1次元に並んだサイト上を、サイト間の相互作用を介して粒子が行き来する様子を示している。(背景色付きの図)本研究でシュウィンガー模型のシミュレーションのために提案した量子アルゴリズムの量子回路図
大阪大学大学院基礎工学研究科の大学院生の坂本一樹さん(博士前期課程)、森崎颯太さん(博士前期課程)、御手洗光祐准教授、藤井啓祐教授、大阪大学量子情報・量子生命研究センターの春名純一特任研究員(常勤)、京都大学基礎物理学研究所の伊藤悦子准教授らの研究グループは、ミクロの世界の物理法則を記述するモデルを、量子コンピュータで効率よくシミュレートする方法を開発し、この計算にどのような規模の量子コンピュータが必要なのか明らかにしました。具体的には、空間が1次元のミクロ電磁気学の模型である「シュウィンガー模型」を調べました。これまでも同様の模型を量子コンピュータ上でシミュレートするための手法は様々提案されてきましたが、実際に予測を行いたい物理量に必要となる、全ての計算プロセスを明らかにしたのは本研究が初めてです。
今回、研究グループは、シュウィンガー模型の真空が持続する確率に着目し、これを効率的に計算するアルゴリズムを開発しました。ミクロの世界では、最初に何もない真空を用意できたとしても、時間経過とともにこれが変化する(揺らいでいる)ことが知られています。これは確率的に起こるランダムな過程であり、この真空揺らぎの確率は宇宙の始まりの理解にも関連した重要な量です。本研究では、最新の量子アルゴリズムを駆使し、それら適切に組み合わせることによって、将来に実現が期待される 100万量子ビット級の量子コンピュータを使えば、この量を計算できることを示しました。
本研究成果は、科学誌「Quantum」に、9月17日(火)に公開されました。
研究の背景
私たちの世界を構成する基本的な粒子や力を理解するために、物理学者はさまざまな理論を研究してきました。しかし、これらの理論を使って現実世界をコンピュータ上でシミュレートしようとすると、従来の通常のコンピュータ(古典コンピュータ)では「符号問題」と呼ばれる大きな壁に突き当たります。これは、ミクロの世界を記述する物理法則である量子力学の原理から、計算の過程でプラスとマイナスの数値が複雑に絡み合い、正確な結果を得るのが非常に難しくなる問題です。一方、量子力学の原理をフルに活用する量子コンピュータを使えば、この問題を回避して計算できることがかねてより知られていました。このようなミクロの世界のシミュレーションは、量子コンピュータの有望な応用先の一つです。
研究の内容
坂本さんらの研究グループは、ミクロな電磁気学を空間3次元から1次元に簡単化したモデルである「シュウィンガー模型」に着目しました。特にシュウィンガー模型の真空が持続する確率に着目し、これを効率的にシミュレーションするアルゴリズムを開発しました。具体的には、最新の量子アルゴリズムをシュウィンガー模型に特化した形に設計しなおすことでこれを達成しました。ミクロの世界では、最初に何もない真空を用意できたとしても、時間経過とともにこれが変化する(揺らいでいる)ことが知られています。これは確率的に起こるランダムな過程であり、この真空揺らぎの確率は宇宙の始まりの理解にも関連した重要な量です。
さらに、このアルゴリズムに必要となる量子コンピュータ上での基本演算操作の回数を完全に特定し、将来に実現が期待される 100万量子ビット級の量子コンピュータを使用した場合、様々な仮定のもとで、数日~数十日の実行時間で計算可能であることを初めて明らかにしました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、より現実に近い物理シミュレーションを行うための礎となる研究であり、「自然界の基本法則の正当性を検証するためのマシン」としての量子コンピュータを現実に近づける成果です。また、現在最新の量子アルゴリズムが必要とするハードウェア要件を明らかにしたことにより、量子コンピュータ開発の指針となることも期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年9月17日(火)に科学誌「Quantum」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“End-to-end complexity for simulating the Schwinger model on quantum computers”
著者名:Kazuki Sakamoto, Hayata Morisaki, Junichi Haruna, Etsuko Itou, Keisuke Fujii, Kosuke Mitarai
DOI:https://doi.org/10.22331/q-2024-09-17-1474
なお、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ研究JPMJPR2019, JPMJPR2113、JSPS科研費23H03819, 23H05439, JP21H05190、文部科学省Q-LEAP JPMXS0118067394, 文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラムJPMXS0120319794、JST共創の場形成支援プログラムJPMJPF2221, JPMJPF2014の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- シュウィンガー模型
自然界の物理法則を記述するのに使われるゲージ理論の中で最も単純な模型の一つで、空間1次元、時間1次元の量子電磁力学を表現する。非常に単純化されたモデルでありながらも、いくつかの重要な物理現象を再現できることが知られる。
- 量子コンピュータ
従来のコンピュータとは異なり、量子力学の原理を活用して計算を行うコンピュータです。量子重ね合わせの原理をうまく利用することにより、特定の計算を従来のコンピュータよりも高速に解ける可能性があるとされ、世界中でその実現に向けた研究開発が進んでいます。
- 量子アルゴリズム
従来のコンピュータにおいてアルゴリズムとは、ある計算を実行するために必要な手続きや操作の列を指す。量子アルゴリズムは、量子コンピュータに特化して設計されたアルゴリズムのことを指す。
- 量子回路図
量子アルゴリズムに必要な演算操作を図的にあらわしたもの。従来のコンピュータにおける論理回路図に相当する。
- 量子ビット
従来のコンピュータにおいて情報の基本単位となっているのは0か1の値を取ることのできる「ビット」であるが、量子コンピュータでは、0と1に加えて0と1の重ね合わせ状態を取ることのできる「量子ビット」が情報の基本単位となる。本研究のような大規模な量子アルゴリズムを動作させるためには、多くの量子ビットを備えたハードウェアが必須となる。