
TISと大阪大学 量子情報・量子生命研究センター、 新量子アルゴリズム「FQAOA」を開発
環境負荷の低減への第一歩として、電力需要の資源配分の最適化における 計算精度を約10倍に向上させることに成功
概要
TISインテックグループのTIS株式会社(本社:東京都新宿区、代表取締役社長:岡本 安史、以下:TIS)と国立大学法人大阪大学 量子情報・量子生命研究センター(所在地:大阪府豊中市、センター長:北川 勝浩、以下:大阪大学)は、組合せ最適化問題に対する新量子アルゴリズム「フェルミオン型量子近似最適化アルゴリズム」(以下:「FQAOA」)を共同で開発し、これを電力需要ポートフォリオ最適化問題に適用した成果を発表します。
「FQAOA」は、従来の量子最適化アルゴリズム「XY-QAOA」と比較し、電力需要の資源配分の最適化における計算精度を約10倍改善することに成功しました。本研究成果は、量子計算分野のトップカンファレンスである「IEEE Quantum Week 2024」で口頭発表および論文発表され、量子計算の実問題への適用可能性を広げ、国内外で大きな注目を集めました。「FQAOA」の技術は量子最適化技術の社会実装に向けた重要なステップとなり、将来的には金融やエネルギー、ヘルスケアなど多岐にわたる産業の最適化に寄与することが期待されています。
研究の背景
再生可能エネルギーの普及により、従来の大規模発電所による集中型供給から、分散型エネルギーリソースを活用するモデルへの転換が進んでいます。これに伴い、分散型リソースを束ねて需給調整を行うリソースアグリゲーションビジネスが注目されています。この分野では、仮想発電所(VPP)を構築し、需給バランスを最適化する「アグリゲーション・コーディネーター」と、需要抑制を通じて所望の電力量を供給する「リソース・アグリゲーター」という二つの主体が重要な役割を担います。
特にリソース・アグリゲーターは、複数の需要家から提供される需要抑制量を適切に組合せることで、変動の大きい環境下でも安定的な電力調達を実現する必要があります。このようなリソースアグリゲーションビジネスにおける電力需要ポートフォリオ最適化には、量子最適化アルゴリズムの導入が重要な役割を果たすことが期待されています。
しかし、調達量の確保と安定性の両立を求められるこの問題については、従来の量子最適化アルゴリズム「XY-QAOA」では調達計画を満たすことが困難であり、計算精度の限界により実際の需要抑制量と期待される電力量との間に乖離が生じることが課題となっていました。
そこでTISと大阪大学は、共同で開発したアルゴリズム「FQAOA」を改良し、電力需要ポートフォリオ最適化問題に適用しました。この「FQAOA」は、所望の調達量に適合した需要抑制量を集約するためのバランス条件を適切に考慮した新しい最適化アプローチを採用することで、従来手法と比較して大幅な計算精度の向上を実現しました。
研究の内容
「FQAOA」は、TISと大阪大学の共同研究において、最新の量子技術に関する幅広い情報共有と専門的な議論を重ねる中で開発されました。本研究では、フェルミ粒子の挙動を記述する理論を応用し、量子回路の改良を行いました。特に、フェルミ粒子間の相互作用を近似的に扱う手法であるハートリー・フォック近似を取り入れることで、計算精度の向上を図りました。
本アルゴリズムの評価では、20軒の需要家を対象に、24時間を3時間単位に分割した時間帯ごとに希望する調達電力量に対して、需要家の組合せ最適化を行いました。また、量子回路の「近似レベル0」(最も簡略化された状態)を含む複数の近似レベルで、「FQAOA」と従来手法「XY-QAOA」の比較検証を実施しています。ここでの「近似レベル」とは、一連のQAOA手法において使用する量子回路の深さを示す指標であり、数値が高いほど高精度な解を得ることができます。
本アルゴリズムをユースケースに適用することで得られる具体的な効果は以下の通りです。
1. 計算精度が約10倍に向上
従来手法では、特に近似レベルが0の場合に最適解との誤差が27.6%に達していたが、「FQAOA」を導入することによって、その誤差は2.5%にまで改善された(図1の強調表示)。
さらに、全ての近似レベルにおいても従来手法より「FQAOA」の誤差が一貫して小さい。この精度向上により、最適化プロセスが飛躍的に効率化され、計算結果の信頼性も著しく向上した。
2. 需要抑制量の予測性能の向上
所望の調達電力を全時間帯で1 kWh~2 kWhとした場合の計算結果(近似レベル10における出力)において、18:00から21:00の時間帯では従来手法では電力の獲得量が2.23±0.858 kWhだったのに対し、「FQAOA」を用いた場合は1.57±0.604 kWhという、より精度の高い電力調達が可能になった(図2の強調表示)。これにより、期待される調達量と実際の需要抑制量との乖離を抑えることができ、安定的な電力調達に貢献することが期待される。
図1. 「FQAOA」による計算精度の飛躍的向上
図2. 「FQAOA」による需要抑制量の高精度予測
今後について
量子最適化アルゴリズムはエネルギー分野におけるエネルギー効率の向上に加え、環境負荷の低減への応用が期待されています。「FQAOA」の実証により、これらのアルゴリズムが実際の問題に対して有効であることが示され、さらにその可能性が広がっています。社会実装が可能になると考えています。今後においては、TISのエネルギービジネスとの連携可能性についても視野に入れ、「FQAOA」を含む量子最適化アルゴリズムの効果検証を継続していきます。
また電力分野に限らず、さまざまな業界の最適化問題にも適用が可能です。例えば、金融分野のポートフォリオ最適化においては、リスクとリターンを最適にバランスさせるための計算を効率化し、従来の量子アルゴリズムでは扱いきれなかった複雑な問題にも対応できます。特に量子コンピューターハードウェアの進展に伴って大規模な問題への適用が現実のものとなることで、エネルギー業界におけるさらなる大規模最適化が実現し、持続可能なエネルギー社会の実現に大きく寄与する重要なステップとなることが期待されます。
TISと大阪大学は、これまでの取り組みに加え、新たな量子最適化アルゴリズムを開発し、具体的なユースケースへの適用を推進していきます。これにより、実際の業務における有効性を確認し、より広範な導入に向けた基盤を構築することが可能となります。さらに、実証実験(PoC)を通じて、技術の実世界での適用可能性を実証し、持続可能なエネルギーの提供に向けた具体的なステップを踏み出していきます。
特記事項
本研究開発は、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「量子ソフトウェア研究拠点(研究代表者:北川勝浩)」(Grant No.JPMJPF2014)、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「知的量子設計による量子ソフトウェア研究開発と応用」(課題番号:JPMXS0120319794)によって実施されました。
【論文情報】
雑誌名:2024 IEEE International Conference on Quantum Computing and Engineering (QCE)
題名:Electric Power Demand Portfolio Optimization by Fermionic QAOA with Self-Consistent Local Field Modulation
著者名:Takuya Yoshioka, Keita Sasada, Yuichiro Nakano, Keisuke Fujii
DOI:10.1109/QCE60285.2024.00061
URL:https://ieeexplore.ieee.org/abstract/document/10821328
用語説明
- 組合せ最適化問題
多数の選択肢の中から、与えられた条件のもとで最も良い組合せを見つける問題。例えば、限られた資源をどう分配すれば最も効率よく使えるかを考えるような場面で使用される。
- 「XY-QAOA」
量子コンピューターを用いて組合せ最適化問題を解くアルゴリズム「QAOA(Quantum Approximate Optimization Algorithm)」の一種で、特に量子ビット同士の相互作用(XY型相互作用)に基づいて設計された手法。解の精度や計算効率の向上を目指して研究されている。
- フェルミ粒子
量子力学においてパウリの排他原理に従う粒子のことを指し、これらの粒子は同じ量子状態を複数の粒子が占めることができない。「FQAOA」においては、フェルミ粒子の状態が量子ビットで表現され、粒子の「有無」がそれぞれ「1」または「0」として対応する。この特性は、組合せ最適化問題において大規模な探索空間を効率よく探索するために重要な役割を果たす。
- ハートリー・フォック近似
量子化学や物性物理学における計算手法の一つで、分子内の電子の相互作用を近似的に扱う方法。この近似では、各電子がほかの電子から受ける平均的な影響を考慮し、複雑な相互作用を簡素化することで計算の効率化を図る。特に、電子の相互作用を厳密に解くことが難しい場合に有用な手法であり、量子アルゴリズムの開発においてもその活用が進んでいる。