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オルガノイドを応用した肝細胞モデルの開発に成功

オルガノイドを応用した肝細胞モデルの開発に成功

安全かつ安価な医薬品の創出へ貢献

2024-8-30生命科学・医学系
薬学研究科教授水口裕之

研究成果のポイント

  • ヒト肝臓オルガノイドから肝細胞様の細胞(Org-HEPs)を作製可能な技術を開発。
  • これまでのヒト肝臓オルガノイドは、肝機能が低いために医薬品開発過程への応用は実現していなかった。
  • 作製したOrg-HEPsは、ヒト初代肝細胞に匹敵する高い肝機能を有しており、新たな肝細胞モデルとして、安全で効率的な医薬品開発等への活用に期待。

概要

大阪大学大学院薬学研究科の水口裕之教授(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 招へいプロジェクトリーダー併任)や植山(鳥羽) 由希子助教らの研究グループは、ヒト肝臓オルガノイドから高機能な肝細胞様の細胞(Org-HEPs)を作製しました。また、Org-HEPsが医薬品開発過程における薬物動態評価試験や肝毒性評価試験などへ有用であることを示しました。

多くの医薬品は肝臓において代謝されるため、ヒト肝細胞を用いた薬物動態評価や毒性評価などの非臨床試験は医薬品開発に必要不可欠な試験です。近年、これらの試験にヒト肝臓オルガノイドを応用することが期待されてきましたが、従来のヒト肝臓オルガノイドは肝機能が十分に高くないことが課題でした。

今回、研究グループは、ヒト肝臓オルガノイドから、単純な二次元培養下にて高機能な肝細胞様の細胞を作製する技術を開発し、これを薬物動態評価や肝毒性試験へ応用可能か検討しました。その結果、汎用されているヒト初代肝細胞と同等の精度で薬物動態評価試験や肝毒性評価、薬物代謝酵素誘導試験が可能であることを実証しました。この結果は、開発したOrg-HEPsが、十分な肝機能と汎用性を兼ね備えた新たな肝細胞モデルであることを示しており、より安全な医薬品の効率的な開発に資するだけでなく、様々な分野の研究を加速することが期待されます。

本研究成果は、科学誌「iScience」(オンライン)に、8月29日(木)(米国時間)に公開されました。

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図1. 本研究の概要

研究の背景

多くの医薬品は肝臓において代謝されるため、ヒト肝細胞を用いた薬物動態評価や毒性評価などの非臨床試験は医薬品開発に必要不可欠な試験です。しかし、汎用されているヒト初代凍結肝細胞はロット間差や価格、培養に伴う肝機能低下などの課題を有するため、大規模な薬物動態評価や毒性評価を実施することは困難とされてきました。医薬品開発過程の低コスト化・効率化の実現のためには、均質かつヒトの生体に近い性質を有した肝細胞を供給できる基盤技術の開発が求められています。特に、細胞増殖性を有したヒト肝臓オルガノイドは、分化・成熟化を経ることによりヒト肝細胞を均質かつ大量に供給可能な細胞であり、医薬品開発過程への実装が期待されています。しかし、従来のヒト肝臓オルガノイドの分化・成熟化技術では、肝機能が十分に高くないことが課題でした。

研究の内容

今回、研究グループは、ヒト肝臓オルガノイドから高機能なヒト肝細胞を得るための分化・成熟化技術の開発を行いました。この方法の特徴は、オルガノイド培養に必須のマトリゲル(基底膜マトリクス製品)から細胞を取り出し、単純な二次元培養での分化・成熟化を可能にした点にあります。

ヒト肝臓オルガノイドを単細胞化し、プレートへと播種した状態で化合物やサイトカインを用いたスクリーニングを行い、特定の条件を決定しました。この条件下でヒト肝臓オルガノイドから分化・成熟化された肝細胞様細胞(Org-HEPs)は、肝細胞特有の敷石状の形態を示しました(図1右写真)。また、薬物動態に関与する主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4の活性は、ヒト初代肝細胞と同等の高い値を示しました(図2A)。CYP1A2、CYP2C8、CYP2C19、CYP2E1の活性も、ヒト初代肝細胞に匹敵する水準を示しました。これらの結果から、Org-HEPsは薬物動態評価へ応用可能な細胞であることが示唆されました。また、肝毒性評価試験が可能か検討しました。肝細胞への毒性が知られるアセトアミノフェン(Acetaminophen)を作用させた後に細胞生存率を測定した結果、Org-HEPsの細胞生存率は薬剤の濃度依存的に低下し、その減少の度合いはヒト初代肝細胞と同程度でした(図2B)。さらに、薬物代謝酵素は特定の薬剤を作用させることにより、その発現が誘導されることが知られています。医薬品相互作用を正確に把握するために、それぞれの医薬品が薬物代謝酵素の誘導作用を有しているかを評価する試験が行われています。そこで、CYP3A4の誘導剤として知られるリファンピシン(Rifampicin; RF)を用いて、Org-HEPsが薬物代謝酵素誘導試験へ応用可能か検討しました。その結果、RFを作用していない群(DMSO)と比較して、RFを作用したOrg-HEPsではCYP3A4の遺伝子発現量が28.6倍まで増加しました。なお、ヒト初代肝細胞では、RFの作用によりCYP3A4遺伝子発現量が8.7倍まで増加しました(図2C)。これらの結果から、独自に開発したOrg-HEPsは、ヒト初代肝細胞と同程度の精度で肝毒性評価試験や薬物代謝酵素誘導試験が実施可能であることが示唆されました。

開発したOrg-HEPsは、ヒト初代肝細胞に近い機能を有していることに加え、単純な二次元培養で作成可能であることから汎用性を兼ね備えていると考えられます。

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図2. 本研究で得られた結果

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、医薬品開発過程における肝細胞を用いた薬物動態評価や肝毒性評価が正確かつ簡便・迅速に実施できるようになることが期待されます。これにより、臨床試験等の成功率が高まることが期待され、医薬品の研究・開発にかかる金銭的・時間的コストが抑えられ、より安全な医薬品の効率的な新薬創出に繋がると考えられます。また、本研究成果のような新たな肝細胞供給源は、医薬品開発だけでなく、肝疾患や再生医療などの研究分野においても有用な細胞源になります。今後、肝細胞の培養技術やその分化技術がより一層発展し、幅広い研究分野へ応用され、社会へ貢献することを期待します。

特記事項

本研究成果は、2024年8月29日(木)(米国時間)に科学誌「iScience」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Development of a two-dimensional hepatic differentiation method from primary human hepatocyte-derived organoids for pharmaceutical research”
著者名:Yukiko Ueyama-Toba, Yanran Tong, Jumpei Yokota, Kazuhiro Murai, Hayato Hikita, Hidetoshi Eguchi, Tetsuo Takehara, Hiroyuki Mizuguchi
DOI:10.1016/j.isci.2024.110778

なお、本研究は、独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号21K18247、 21K20717)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム事業(BINDS)(課題番号JP23ama121052, JP23ama121054)、同機構 肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業(課題番号JP23fk0210088)、同機構 肝炎等克服実用化研究事業 B型肝炎創薬実用化等研究事業(課題番号JP24fk0310512)、公益財団法人 鈴木謙三記念医科学応用研究財団研究助成金の一環として行われました。

参考URL

水口 裕之教授の研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/cf8981a0a54bbfb9.html

植山(鳥羽) 由希子助教の研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/042f4563a45040f2.html

用語説明

ヒト肝臓オルガノイド

ヒト初代肝細胞をゲル中に包埋・浮遊させ、各種液性因子(サイトカインや増殖因子、低分子化合物など)を加えた培地で培養することにより樹立される3次元培養体。