試験管内におけるヒト腸管の再現へ!

試験管内におけるヒト腸管の再現へ!

ヒト腸管オルガノイドを用いた医薬品開発プラットフォーム

2021-5-20生命科学・医学系
薬学研究科教授水口裕之

研究成果のポイント

  • ヒト組織由来腸管オルガノイドから作製した単層膜(オルガノイド単層膜)を薬物動態に応用
  • オルガノイドは、生体組織から採取した細胞を材料として、臓器・器官を模して再構成された組織で、試験管内で形成する3次元培養体。今回はヒト組織由来の腸管オルガノイドを作成し、それを単層膜化した
  • 作成したオルガノイド単層膜は従来系と比較して高機能であり、ヒト生体に近い性質を有していた
  • 吸収・代謝・排泄の正確な予測を可能とし、医薬品の効率的な開発を加速すると期待

概要

大阪大学大学院薬学研究科の水口裕之教授(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 招へいプロジェクトリーダー併任)らの研究グループは、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所、札幌医科大学の仲瀬裕志教授、および日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社と共同で、ヒト組織由来腸管オルガノイドを世界で初めて薬物動態評価系として応用し、その有用性を示すことに成功しました。

経口投与医薬品は最初に腸管において吸収・代謝・排泄を受けますが、こうした一連の反応は医薬品の体内動態に大きな影響を及ぼすことが知られています。そのため、創薬研究の前臨床段階において、医薬品候補化合物の吸収・代謝・排泄を試験管内で評価し、体内でのふるまいを予測した上で、投与量等を策定することが不可欠です。これまで、そうした予測にはがん細胞株や実験動物等が用いられてきましたが、機能不足や種差が原因で正確な予測が困難であるとされてきました。

今回水口教授らの研究グループは、ヒト小腸(十二指腸)組織から回収した組織片からオルガノイド(ヒト組織由来腸管オルガノイド)を作成し、本オルガノイドを単層膜化した上で世界で初めて薬物動態評価系に応用しました。その結果、従来系より高い機能や生体類似性を示しました。この結果は、ヒト組織由来腸管オルガノイドから作製された単層膜(オルガノイド単層膜)が、次世代型の薬物動態評価系として有用であることを示唆しており、従来系と比べて体内動態予測精度が向上することにより、医薬品の安全で効率的な開発を加速することが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Molecular Therapy - Methods & Clinical Development」に、5月19日(水)に公開されました。

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図1. 本研究の概要

研究の背景と内容

錠剤やカプセル剤などの経口投与医薬品は、腸管(小腸)で吸収されると同時に代謝・排泄されます。そのため、医薬品候補化合物の腸管における吸収・代謝・排泄の程度を評価することは、創薬研究において重要な検討項目です。現在、ヒト生体由来小腸上皮細胞はその入手、および長期に渡る培養が困難であるため、Caco-2細胞などのがん細胞株や、マウス、ラットなどの実験動物を用いて、医薬品候補化合物の腸管における吸収・代謝・排泄を評価しています。しかし、がん細胞株では薬物代謝能が低いこと、実験動物ではヒトとの種差があること等が原因で、正確に医薬品候補化合物の吸収・代謝・排泄を評価・予測することは困難とされてきました。

近年、ヒト組織由来腸管オルガノイドが疾患基礎研究や発生学的研究、生理学的研究において広く応用されており、基盤技術として生物学医学関連の各分野に大きなインパクトを与えています。しかしながら、これまで生検由来ヒト腸管オルガノイドを薬物動態評価系として応用し、その機能や実装の可能性を詳細に評価した研究はありませんでした。

今回、水口教授らの研究グループはヒト十二指腸サンプルから作成したヒト腸管オルガノイド(図2A)を単層膜化することで(図2B, オルガノイド単層膜)、各種薬物動態学的評価への汎用性を高めた上で、その機能等を評価しました。その結果、オルガノイド単層膜は微絨毛構造(図2C白矢印)やタイトジャンクション構造(図2C黒矢印)といった、生体の腸管にも見られる特徴が観察されました。また、腸管に発現する主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4やCES2の遺伝子発現レベルは成人十二指腸と同程度であり(図2D)、その活性はCaco-2細胞と比較して非常に高いことが分かりました。さらに、遺伝子発現全体の傾向を解析したところ、オルガノイド単層膜は成人十二指腸に近い性質を有していることが示唆されました(図2E)。こうした結果により、オルガノイド単層膜は従来系と比較して十分高い機能を有していることに加え、ヒト生体に近い性質を保持していると考えられます。以上のことから、今後、オルガノイド単層膜を使用した医薬品の吸収・代謝・排泄試験が加速していくことが期待されます。

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図2. 本研究で得られた結果

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、医薬品候補化合物のヒト腸管における吸収・代謝・排泄を試験管内の実験によって正確かつ簡便に予測できるようになり、臨床試験等の成功率が高まる可能性があります。これにより、医薬品の研究・開発にかかる金銭的・時間的コストが抑えられ、効率的な新薬創出に繋がると考えられます。また、今回開発されたオルガノイド単層膜に関連する技術は、各種の実験基盤として腸内細菌との相互作用や炎症性腸疾患の再現など、関連分野への応用が期待されます。さらに、マウス、ラットなどの実験動物を用いた試験の代替法となるため、動物実験の「4Rの原則」を強力に推進できると期待します。

特記事項

本研究成果は、2021年5月19日(水)に米国科学誌「Molecular Therapy - Methods & Clinical Development」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Monolayer platform using human biopsy-derived duodenal organoids for pharmaceutical research”
著者名:Tomoki Yamashita, Tatsuya Inui, Jumpei Yokota, Kentaro Kawakami, Gaku Morinaga, Masahito Takatani, Daisuke Hirayama, Ryuga Nomoto, Kohei Ito, Yunhai Cui, Stephanie Ruez, Kazuo Harada, Wataru Kishimoto, Hiroshi Nakase, Hiroyuki Mizuguchi

なお、本研究は、独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)挑戦的研究(開拓)(課題番号20K20381)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム事業(BINDS)(課題番号JP21am0101084)の一環として行われました。

参考URL

水口 裕之教授の研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/cf8981a0a54bbfb9.html

用語説明

ヒト腸管オルガノイド

ヒト腸管組織をゲル中に包埋・浮遊させ、各種液性因子を加えた培地で培養することにより樹立される3次元培養体。従来不可能とされてきたヒト腸管上皮細胞の長期にわたる継代維持培養を可能とし、各分野に大きなインパクトを与えている。なお、出発材料としてiPS細胞を用いるものも知られているが、本報告ではヒト組織由来の腸管オルガノイドを特に扱っている。

薬物動態

投与された薬物がどのように吸収され、分布し、代謝され、排泄されるのかについて、濃度と速度過程等により解析する学問領域。

Caco-2細胞

ヒト結腸癌由来の細胞株。Caco-2細胞における薬物透過の度合いは、ヒト生体における腸管吸収と相関するとされており、薬物の消化管膜透過性の評価に広く使用されてきた。その一方で、主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4の発現が低い等の課題が指摘されている。

4Rの原則

動物福祉・愛護の観点から適正な動物実験の実施を推進するための原則。Replacement:代替法の利用、Refinement:苦痛の軽減、Reduction:動物数の削減、Responsibility:実験者の責任、から成る。